第9-3話 敵
民間の輸送船と出会ったのはそんな時だった。
私は彼らと連絡を取り、輸送中の物資をどうにかこうにか、手に入れた。
物資の中身は小麦粉で、水はなかった。小麦粉も些細な量である。
しかしまともな食事が、久しぶりに口に入った。
物資と交換したのは、必死に乗員からかき集めた少額の現金と、鉱物燃料だった。
鉱物燃料は帝国軍の艦に載せられているだけあり、質の高いものである。
だいぶ量は減っていたが、食料と比べれば何の問題でもない。こうして二隻の船の鉱物燃料は、ごっそりと減り、いよいよ事態の逼迫は避けられなくなってきた。
「もはや、これまででは?」
そう言ったのは、ファブスン少佐だった。執務室で、オー少佐も同席している。
三人とも帝国軍の制服を着ているが、どこかシワが目立つ気がした。三人ともがやせ細っていて、ひげが伸びていた。
ファブスン少佐の瞳は静かだった。
「決定的に物資不足を解消するより、ありません」
「何か、方法があるのか?」
オー少佐が身を乗り出すと、ファブスン少佐が頷いた。
「民間の宇宙母艦を襲撃します」
「馬鹿な!」
姿からは想像できないほど、大きく強い声がオー少佐の口から出た。
「それでは宇宙海賊じゃないか」
「しかしこのままでは全員が死んでしまいます」
そう言ってファブスン少佐は私を見る。オー少佐の視線もこちらに向いた。
「民間人を襲うことはない」
私の言葉に、オー少佐が息を漏らした。逆に、ファブスン少佐は息を止めていた。
「反乱軍に合流するより、あるまい」
二人がかすかに俯いた。
「彼らに我々の情報が伝わっているか、どうにかして確認したいのだが、案はあるか?」
「我々、二隻の高速艦は、反乱軍も欲しがるはずですが、どうして動きがないのか、不思議です」オー少佐が顎を撫でて言う。「足がつくことを恐れているのか。我々の存在を知らないということはないと思うのですが」
その時、ファブスン少佐が言った。
「兵の中に入って、情報を集めましょう。反乱軍と接点のあるものがいるかもしれない」
藁をも掴む、と言わんばかりに、我々は行動を開始し、またも無為な一ヶ月を過ごした。
食料は残りわずかであり、鉱物燃料も少ない。
その時、私は執務室にいて、端末で艦に残っている兵士の個人情報を確認していた。
誰かのどこかに、生き延びる光明を探していたのだ。
突然の衝撃に椅子から吹っ飛ばされた時、やけに冷静な自分がいた。
起き上がり、艦橋へ走る間にも、揺れは続いている。
「帝国軍か!」
艦橋に飛び込んだ私は、唖然とした。
モニターに映されている艦は、エンガだった。
エンガが、マリアージュを攻撃している!
「馬鹿な……」
私に少し遅れて、オー少佐もやってきた。
その時にはフィールドが最大出力で展開され、エンガが発砲する粒子ビームを弾いている。
エンガからは、搭載されている全機である八機の機動戦闘艇が飛び出してくる。
「機動戦闘艇を近づけさせるな! 魚雷攻撃を受けるぞ!」
私は指示を出しつつ、通信担当士官に歩み寄った。
「エンガに通信をつなげ! 早く!」
「無理です!」士官はほとんど泣いていた。「受け付けません!」
「繋がるまで繰り返せ!」
私は次に砲撃担当士官の席に駆け寄った。
「対空砲はどうなっている?」
「人員不足で稼働率は六割です! 機動戦闘艇に対処しきれません!」
「整備士でも機関士でもいい! 手が空いているものを砲座につかせろ!」
その時、また艦が激しく揺れた。
「エネルギー魚雷、直撃! 第三推進器、停止しました!」
「第二十、第二十六、第二十九の各砲座、エネルギーが送れません!」
「艦長!」
肩を掴んできたのは、オー少佐だった。
「こちらからも機動戦闘艇を出すべきです」
その言葉の意味するところは、はっきりしている。
エネルギー魚雷攻撃で、エンガを沈めろ。
そういうことなのだ。
「信じられない……」
私は無意識に呟いていた。
「このままでは一方的に沈められます!」
「しかし……」
「こちらオー少佐だ!」目の前でマイクに向かって怒鳴る彼を私はただ、見ていた。「機動戦闘艇を全機発進させろ! エンガにエネルギー魚雷での攻撃を行え!」
了解を告げる通信が艦橋に響き、私はモニターを注視した。
同型の機動戦闘艇十六機が飛び回り、一機、また一機と、光に変わっていく。
どれほどの時間が過ぎたのか、目の前に巨大な光が炸裂し、それを見て、自分が艦長席に座っていることにやっと気づけた。
爆発しているのは、エンガだった。
艦体が二つに割れ、連鎖的な爆発の中で、バラバラになった。
「機動戦闘艇の残機は?」
オー少佐が冷静に問い合わせている。
「三機です! エンガ所属機は全滅です」
「収容し、離脱するぞ」
私はどうしたらいいのか、わからなかった。
どうしてこんな事態になったのか。
考えても、答えは出なかった。
重度の損傷を受け、大勢の負傷者を抱えた航海は、意外に早く終わった。
見るからに旧式の大型輸送船がすぐ近くに亜空間航法で跳躍してくると、通信を受信した。
『こちら、輸送船ハンプティ。所属は帝国軍ではない』
帝国軍ではない。
帝国軍でなければ、反乱軍だ。
しかし艦橋には歓声の一つも上がらなかったらしい。
『重度の損傷を受けているようだが、航行は可能か? 医者は必要か?』
「ええ、はい」
通信士官がぼんやりと答えた。
「補給は、必要です」
『了解した。接舷する。運動を同期させるための許可をくれ』
許可を出すと、輸送船はすぐに近づいてきて、その旧型の様子からは想像もつかない早業で接舷した。
私はその話を執務室で聞き、重い足を引きずって、輸送船が接舷したハッチに向かった。
そこには生き残っている士官が勢ぞろいしていた。オー少佐も、ファブスン少佐もいる。
ハッチが開き、映像で見たことのある反乱軍の制服を着た男がやってくる。部下を四人ほど、連れていて、四人ともがエネルギー小銃を持っている。
我らがオー少佐の海兵隊に負けず劣らずな練度に見えるが、残念ながら、今のオー少佐の部下は、全力を出せる状態ではない。
反乱軍の男は、私たちを見回し、少し混乱したようだったが、すぐに私を見た。
「艦長はあなたですね?」
「ユーリ・オクスフォード少佐です」
「初めまして。まずは水と食料ですな。最低限は行き渡るでしょう。そのあとは、我々の基地へご案内します」
「感謝します、えっと……」
相手は自分の襟章を見せて、笑った。
「ルシア大尉です」
「よろしく頼む、大尉」
それから反乱軍の船から、マリアージュに補給が行われた。
その間に、私たち三人の少佐は、私の執務室で顔を合わせていた。
「なんだって? ファブスン少佐?」
オー少佐が殺気立った目でファブスン少佐を問い詰める。
「もう一度言います。反乱軍の基地がわかったら、そこを通報し、帝国軍に復帰するのです」
「そんな馬鹿な。何を言っているか、わかっているのか?」
私が黙っていたのは力が出なかったからで、オー少佐も似た様子だった。
それはファブスン少佐も同じはずだが、彼には不思議と気力があるようだった。
「もはや我らの兵の中には、反乱軍への希望はありません。誰もが望んでいるのは、不自由のない生活です」
「帝国に戻れば、処刑されるぞ」
「反乱軍を手土産にします」
どうやらファブスン少佐は変な妄想に取り付かれたらしい。私はそう判断した。
「出て行きたまえ、少佐」
私はどうにか彼を指差すことに成功した。
「ここに至って、君は真っ当な判断力を失った。オー少佐、彼を拘束しろ」
ゆっくりと立ち上がったオー少佐だったが、こちらは跳ねるように体を起こしたファブスン少佐の勢いには勝てなかった。
よろめくオー少佐を他所に、ファブスン少佐は部屋を飛び出していく。
私もオー少佐も立ち上がり、後を追った。
こんなに息が苦しく、体が思い通りにならないのは、初めての経験だった。
まるでぶっ通しで何時間も泳いだような、そんな疲労だった。
『こちらは艦長代理のファブスン少佐だ』
艦内放送が流れ始める。
『我々は反乱軍を撃滅し、帝国に戻るぞ! もはやそれ以外に我々が生き延びる余地はない! 目の前の反乱軍兵士を、一人でも多く確保し、処刑せよ!』
「なんてことを……」
驚くべきことに、走っている通路に、兵士たちの声が聞こえてきた。
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