第8-5話 教育

 私、ファクロ・ニクスンの仕事は塾講師だ。

 私立大学を卒業して、二年が過ぎ、この仕事にも慣れてきた。

 準軍学校の試験を受ける生徒を受け持っていて、辺境の惑星であることもあり、なかなか苦労する。

 私が最も気を使うのは、帝国への忠誠を表現する小論文だ。

 これには模範解答がいくつもあり、講師の側はそれを把握している。

 その模範回答をもとに、各塾生の個性を文章に乗せるのだ。

 その日の小論文の授業の最初で、私は一枚の答案用紙をひらひらとさせて見せた。

「ヴァック、君の解答が前回の試験の最優秀賞だ」

 そういうと、教室にいた十名がざわついた。

 ヴァックという少年は一番、成績が悪く、素行も悪い。親が金持ちだから、ここにいるようなものだ。

 彼自身が、驚いてこちらを見ている。

「参考になるから、読み上げてみよう」

 慌てるヴァックをよそに、私は読み始める。

「帝国はくそったれの集まりです。

 反乱軍にいいようにやられて、優秀な軍人がどんどん死にます。

 ものの値段は高上りして、会社員の給料は安すぎる。

 金持ちの子供だけがいい教育を受ける。

 そんな奴らはコネでいい学校へ行く。

 そんなことをしているから、帝国の真ん中がくそったれになるし、そのくそったれの塊に、どんどん新しいくそったれが集まっていきます。

 反乱軍は馬鹿にされて、みんな笑っているけど、あいつらこそが正義だと思う。

 帝国みたいなくそったれだけが力を持ってるのはおかしい。

 反乱軍の考えだけが、帝国のクソを綺麗に便器の奥に流せるんじゃないかと思います。

 くそったれな帝国がまだまだ続くとなると、そのうち、俺の周りもくそったれだらけになりそう。

 そんな世界は、御免被る」

 読み始めた最初は塾生たちも面白そうな顔で聞いていたが、最後は、血の気が失せていた。

「なんだ、みんな、そんな顔をして」

 私は子ども達を見回した。

「優れているのは、書き方だな。実に鋭い観察と、明確な思想が見て取れる」

 しかし、と私は笑ってみせる。

「こんなものを公の場で口にすれば、あっという間に秘密警察が来て、お縄だな」

 やっと塾生の二、三人が小さく笑った。

「だからみんなも、これは秘密にしてくれよ。できるね? これはお願いというか、まあ、ともすると先生の方が捕まる」

 全員が頷いた。

「みんなを信じることにするよ」

 それから授業をして、塾生の書いた小論文を回収し、彼らが帰った後、その小論文を添削していく。

 その中に、例の小論文を書いた少年、ヴァックの小論文もある。

 本文は前回とはガラッと違って真面目だが、最後に追伸がある。

 読んでいると、思わず頬が緩んだ。

「帝国国民は気にくわない奴らが多い。

 どいつもこいつも、周りの顔色を伺って、窮屈に生きているのに、誰もそれに気づかない。

 でもそんな中でも、バカみたいな大人がいる。

 しかも塾で講師をしていたりする。

 そういう奴がいるってことは、帝国もまだ捨てたもんじゃない」

 いい奴だが、もっと言葉を飾るようにしないと、生きづらいだろうな。

 私はその旨を赤いペンで書き添えた。

 しかし生きづらかろうと、こいつはこいつで、楽しく生きていけそうでもある。

 仕事を全部終えて、同僚に挨拶をしてから塾を出た。

 少しずつ空気が冷えているのは、秋が終わろうとしているからだろう。

 家に戻ると、玄関にも料理の匂いが漂っている。年老いてきたローリーが出てきて、撫でてやる。

 ちょうどリビングに向かおうとする父が出てきて、顔を合わせた。

「おかえり、ファクロ。遅くまでご苦労様」

「ただいま。先に食べてて良かったのに」

 父はにっこり笑うと、

「三人で食べた方が美味いからね」

 そんなことを言いながら、リビングへ行った。

 僕は自分の部屋で服を着替えると、リビングに向かう。

 そこには、父と、

「おかえり、ファクロ」

「ただいま、母さん」

 母が、微笑んでした。

 暖かい家族、理想の家族が、僕の目の前にあった。

 僕が切り捨てようとして、しかし留まった世界。

 ここにいて良かったと、心の底から思えた。

 優しい言葉が、料理の上で、紡がれ始める。




(第8話 了)

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