SS第9話 自律

第9-1話 決断の時

「終わりましたな」

 副官の言葉に私は頷いた。

 目の前で展開されていた反乱軍への掃討作戦は、大量の艦船だったものをこの空間にばらまいていた。艦船の構造物が、漂っている。

 もしかしたら、その中に機雷が紛れているかもしれない、という理由で、掃海艇が発進していた。

 私はちらりと時計を見やり、それからこの帝国軍所属の高速艦マリアージュの状況を示すモニターへ視線を移した。

 フィールドが一部、弱体化しているが、大きな損傷ではない。

 機関出力は問題ない。

 砲塔も全て健在だった。

 そもそも反乱軍の軍勢は、軍勢とも呼べないものだった。

 うるさい機動戦闘艇はいたものの、帝国軍の物量を前に、撤退していった。

 私は艦長席から立ち上がり、副官に命じた。

「ヘイブン・オー少佐を私の執務室へ呼んでくれ」

「了解しました、艦長」

 この艦では誰も、私を階級で呼ばず、役職で呼ぶ。

 私、ユーリ・オクスフォードの階級は少佐である。少佐で艦長職につく士官は少ない。たぶん、帝国軍の全てを見回しても、二百人程度だろう。ちなみに帝国軍の艦と呼ばれる船舶の数は百万を超える。

 とっさに計算できないほどの、少なさだ。

 私は執務室に移動すると、すぐにオー少佐がやってきた。彼は海兵隊少佐で、この艦が接舷して白兵戦を行う時、やっと仕事が与えられる。

 砲撃戦の間は、控室でカードでもしているのだろう。

「いよいよですな」

 敬礼もそこそこに、オー少佐が私にニヤリと笑ってみせる。

「うまくいくように、神に祈りましょうか、艦長」

「悪魔に魂を売るようなものを、神が見守るとも思えないね」

 そう応じつつ、私は強く頷いてみせた。

「作戦を開始してくれ」


 この計画を最初に口にしたのは、士官ではなく、下士官だった。

 一人の曹長が、ある時、私の執務室へやってきた。普段だったら招き入れないはずが、私が彼を招き入れたのは、彼の上官である少尉を呼んできてもらおうと思ったからだ。

 艦内通信を使えばすぐだが、変に無精をしてしまった。

 やってきた曹長は思い詰めた顔で言った。

「軍を抜けたいのですが、どうしたらいいですか?」

 脱走したい、と暗に言っているとすぐに察することができた。

「良いだろう」私は自然と言っていた。「任意除隊の手続きもできるが、急ぎなら、何かの病気をでっち上げて、それで除隊にしても良い」

 曹長の表情は晴れなかった。

「それが、私だけではないのです」

 そうして私は私が預かる艦であるマリアージュの船内で、集団脱走の計画があるのを知った。

 普通、艦長にこんなことは打ち明けないだろう。いや、絶対に打ち明けない。

 それが私に伝わったのは、自分で言うのもおかしいが、私に人望があるかららしかった。

 私は私なりに苦労して、兵の気持ちを分かろうとしてきたけれど、まさかそれがこんな展開に結びつくとは思わなかった。

 何にせよ、私は信用できる士官と協議を始めた。

 意外にも、士官の中にも脱走を希望する者がいる。

 それだけ軍隊生活が厳しいということの表れとも取れるが、もう一つの側面があることに、私の理解は及んだ。

 今、帝国軍がやっている、反乱軍との戦闘は、はっきり言って、虐殺に近い。

 古びた装備、貧弱な装備で、しかも数の揃っていない反乱軍を、数でも装備でも勝る帝国軍が追い掛け回し、徹底的に叩いているのだ

 士官をやっているために、私は兵の中に精神を病む者が大勢いるのを知っている。

 それもそうだろう。

 戦闘が終われば、宇宙を漂うのは何も艦船の残骸だけではない。

 どちらを向いても、人間だったものが浮遊しているのだ。

 そんなものを頻繁に見せつけられ、しかもその行為に自分が関わっているとなれば、他人事と割り切れという方が無理である。

 こうして高速艦マリアージュの内部で、脱走計画は熟成されていった。

 私の意志がどこにあったのかは、今、口にしても遅い。

 私は自分が帝国軍人であることに誇りを持っていた。反乱軍には少なくない戦友を殺された。

 ただ、帝国が第一ではなかったし、反乱軍を滅ぼしたいとも考えていない。

 こんな心の持ち主が、よく少佐で艦長の座に着いたものだと、自分で呆れる。

 自分を律する心があれば、脱走などしないかもしれない。

 では、私は心を乱し、正気を失っているのか?

 答えは、出ない。出ないまま、ここまで来てしまったのだ。

 何にせよ、我々の他に、同型の高速艦エンガと、巡航戦艦のベルキンスンが、脱走に加わることになった。

 様々な問題があったが、オー少佐の部隊がごっそり、脱走に加わったため、おおよその問題はクリアできる見当がついた。

 そして今、まさに脱走計画は始まろうとしている。

 それを前にすれば、私の迷いは、そよ風のようなものだ。

 大きな流れの前では、消えるしかない。


 最初は秘密裏にやるしかない。

 予定時刻に全てが同時に行われる。

 まず艦橋が制圧され、通信室も押さえる。艦内には緊急事態の訓練を示すアナウンスが流れ、何も知らない兵士たちは戦闘直後ということもあり、うんざりしながら、持ち場へ着く。

 緊急事態の訓練はさらに続き、艦を脱出する事態を想定したものに変わり、兵士たちは規律に従い、脱出ポットの前に集合する。

 ここでやっと、彼らは艦がおかしいことに気づく。

 脱出ポットの並ぶフロアを、海兵隊の兵士がエネルギー小銃を持って取り囲んだ。

 私はその時、完全に掌握されたマリアージュの艦橋の、艦長席にいた。

「あー」

 なんと言えばいいのか、事前に考えていたが、瞬間で忘れていた。思いつくままにしゃべる。

「こちら、オクスフォード艦長だ。この艦はこれより、帝国軍から離れ、独自に行動することとなった。何も知らないものには、すぐには判断がつきかねるだろう。しかし時間は残されていない」

 私は少し間をおいた。

「諸君の前に脱出ポットがあるはずだ。帝国軍に残りたいものは、脱出ポットに乗ってくれ。我々と行動を共にするものは、第一格納庫まで、海兵隊の指示に従い、移動しろ。与えられる時間は五分しかない。君たちを不条理に傷つけることはない。安心して脱出ポットに乗ってくれ。以上だ」

 通信を切る私の横に、オー少佐が立っていた。

「どれくらいが残るでしょうね」

 私はゆっくりと立ち上がると、彼に肩をすくめて見せた。

「少ないほうがいい」

「それもそうですな。物資には限りがある」

「そういうことだ」

 私は航海士の少尉に亜空間航法の事前計算を頼み、第一格納庫へ向かった。

 そこに着いてみると、私は何かに納得していた。

 第一格納庫にいるのは、百人ほどだった。全体の三分の一だ。

 ほとんどは事前に脱走に同意していると知っていて、この五分で脱走を決めたものは少ない。

「脱出ポットは」私は待ち構えていた海兵隊少尉に尋ねた。「切り離したかな?」

「はい。問題ありません」

「彼は?」

「拘束してあります」

 悪くない展開だった。

 私を見て不安そうな百名ほどの兵士を前に、私は宣言した。

「これより、我々には名称がなくなるが、気にすることはない。やることは同じだ。総員、持ち場についてくれ。人手不足なら、即座に報告するように」

「我々は」

 兵士の一人が声を上げた。

「反乱軍ではないのですか?」

「まだ、反乱軍ではない」

 この冗談に気づいたものが四、五人、小さく笑った。

「さ! 忙しくなるぞ! 行け!」

 兵士たちは音がしそうなほどに素早く敬礼をすると、格納庫を出て行った。

 私にはもう一つ、やることが残っている。

 海兵隊少尉に連れられて、その部屋へ行くと、かすかに血の匂いがした。

「何をしているオクスフォード少佐!」

 そこにいる士官、ウォール・ファブスン少佐は、鼻から血がどくどくと流れているため、顔の下半分は真っ赤になり、声を発するたびに血飛沫が飛んだ。彼は手首と備え付けの寝台を手錠で繋がれていた。

 私は彼を見据えて、宣言した。

「我々は帝国軍を離脱します」

「離脱? 正気か!」

「正気に見えるでしょう?」

 ファブスン少佐は、普通の士官と少し違う。

 帝国軍の艦には、帝国に否定的な兵士や士官を取り締まる、管理士官と呼ばれるものが一人は乗り込む。

 この管理士官にはいくつかの権限があり、その中に、艦内における簡易裁判の裁判官を務められる、というものがあるほどだ。

 簡易裁判の裁判官は、基本的に艦長の仕事で、つまり、その点では艦長と同列なのだ。

 もちろん、脱走兵の取り締まりや断罪は、彼の考え次第になる。

 今頃、他の二つの艦でも、管理士官は拘束されているだろう。そういう計画なのだ。

 ファブスン少佐は黙り込み、何かを考えているようだった。

 しかし私にはそれに付き合っている暇がない。早急に、現宙域、すなわち他の帝国軍艦艇の群れから、離脱しなくてはならない。

「少佐、後で話し合いましょう。ともかく、君の身の安全は保障する」

 返事を待たずに、私は部屋を出て、艦橋に戻った。

「報告があります」

 待ち構えていたオー少佐が顔をしかめる。

「エンガの管理士官は拘束されましたが、ベルキンスンの管理士官は銃撃戦の末、射殺されました。我々の不手際です」

「仕方ない」

 わずかに計画は狂ったが、まだ修正できる。

「艦の掌握は完璧だな?」

「三隻とも、そこは完全です。」

「よかろう。亜空間航法は起動できるか?」

「万全です。跳躍先の座標も共有済みです」

 私は操艦担当の士官に指示を出した。

「亜空間航法を起動。跳躍せよ」

「了解!」

 一瞬で環境のモニターが真っ暗になり、青空の映像が代わりに映った。

「二時間後、座標に到達します」

 士官の声に頷き、私は艦内放送のスイッチを入れた。

「諸君、二時間ほど、自由時間だ。もう誰も拘束しないぞ。久方ぶりの自由を満喫せよ。ただし、艦の外には出られないがな」

 艦橋に静かな笑いが満ちた気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る