第7-5話 ギャンブル

 宇宙空港から自宅に戻り、私は手続きを始めた。

 借りていた集合住宅の部屋を引き払い、銀行口座からあるだけの額を現金に換えた。

 治安の悪い辺境の惑星へ飛び、少しの間生活し、姿を消す。

 長期宿泊していた小さなホテルが異変に気付き、私を探し始めるまで、一週間の余地がある。

 その一週間の間に、私は身分を偽装し、辺境域を移動し、輸送船に相乗りさせてもらった。

「どこへ行くんだね、おっさん」

 輸送船の船員である若者は、声をかけてくる。

「ちょっとしたギャンブルですよ」

 私の言葉の意味を、彼は理解できなかった。

 身分偽装を重ね、ヒッチハイクを続け、最終的に私は密輸する物資を積み込もうとする、反乱軍の密輸船に接触した。

「乗りなよ、大歓迎だ。審判さん」

 三週間の旅行の間、私は船員の一人に三次元チェスを教わった。基礎的な知識はあったが、戦略や戦術には詳しくなく、二週間は一方的に負け続けた。

 しかし最後の一週間は五回に一回は勝てる程度になった。船員はそれが気にくわないようだったが、

「公爵と呼ばれているプレイヤーが反乱軍にはいるんだ」

 と、言い出した。

「正体不明のプレイヤーでね、俺も一回しかやっていないんだが」

「強いのか?」

「あれは化け物さ。いつか、あんたも運があれば相手ができる」

 その機会は、まだ訪れていない。

 辿り着いた宇宙母艦で密輸船を降りた私は、すぐに艦長室に呼ばれた。

「初めまして、ドグムントさん。艦長のリオット大佐です」

 初老の男は私と握手をして、一度、自分の執務机に戻ると、そこで一通の書状を持って戻ってきた。

「あなたの行動は帝国の秘密警察が追っていましてね、ややこしい事態になるかと思いましたが、あなたの徹底的な身分偽装の方が勝りました」

「秘密警察?」

「彼らは強力ですよ。これから、痛いほどわかるはずです」

 そんなことを言いながら、書状を受け取る。

 封筒には何も書かれていない。中の便箋を開くと、綺麗な文字で辞令が書かれていた。

 私は大佐を見た。

「冗談でしょう?」

「冗談ではありませんよ、ジャン・ドグムント少佐」

「いきなり少佐ですか。どういう組織ですか、ここは」

 大佐は微笑んで、どこか不敵さも匂わせて応じた。

「あなたは人事担当の少将の副官として、働くことになります。最適な人事だと思いますが、どうでしょう?」

「ここでもスカウトマンをやれ、と?」

「お嫌ですか?」

 やれやれ。

 それも、悪くない、か。

「良いでしょう。では、輸送船ででも、このカーツラフ少将の元まで送ってくださいますか?」

 大佐が頷いて、執務机の端末でどこかと話し始めた。

 反乱軍でも、結局は人事担当とは。

 しかし、やりがいは段違いだろう。

 有望な人材を選ぶにしても、能力だけではなく思想や人間性を判断する必要がある。

 能力でさえ、見えない能力を買う必要もあるだろう。

 こうなってみると、ダーグは私の全てを把握していたのかもしれない。

 あの三ヶ月は、私のこれからの仕事の礎を作る、そういう意図があったとしか、今になってみると感じられない。

 いいじゃないか、やってやろう。

 私はもう帝国国民ではなく、一人の人間であり、反乱勢力の一人だ。

 仕事ももはや、こうなっては仕事ではない。

 生き方だ。

 宇宙母艦を離れ、輸送船は一度、小さな中継基地で補給を受けた。

 そこで、思わぬ人物と出会った。

「ダーグ!」

 基地に接舷しているもう一隻に輸送船から降りてきたのは、ダーグだった。

 彼はニヤリと笑うと、

「その反乱軍の制服、よく似合うよ」

 などという。彼は今も私服だった。彼が制服を着ていることは見たことがない。

「悪いがあまり時間もないんでね、立ち話しかできん」

 二人で基地の司令室へ向かいつつ、早口にお互いの事情を話した。司令室の用が済むと、元来た道をまた話しながら戻る。

 ダーグは私が少佐になったのを知っていて、驚きもしない。

 一方の私は、今も彼がそこここを飛び回って勧誘活動をしていることに驚いた。

「秘密警察は大丈夫なのか?」

「もちろん。十分に気をつけているよ」

 そういえば、と彼が意地の悪い顔になった。

「どこかの誰かは、秘密警察のことを教えてやったのに、信じようとしなかったな」

 あの電話はダーグだったのだ。

 その話になった時、彼は彼の輸送船へ、私は私の輸送船へ向かう、通路の分岐だった。

 話はもう終わりである。

「まだ話し足りないんだ、また会ってくれ、ダーグ」

「こちらこそ、少佐殿」

「階級で呼ぶのは止めてほしい」

「そうか」

 ダーグは微笑むと、軽く敬礼のようなことをして、言った。

「良い旅を、ドグムントさん」

「ダーグも、気をつけて」

 私たちは別れた。

 余談になる。

 人事担当のカーツラフ少将は有能な人で、私はのびのびと仕事をすることができた。

 ダーグの名前はたまに報告書の中にあり、彼が無事なことはそれでわかった。

 しかし彼と私はあれ以来、まだ一度も、顔を合わせていない。

 話したいことは山ほどある。

 私の心では、彼との旅の思い出が、きっと死ぬまで輝き続けるだろう。





(第7話 了)

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