第7-4話 巡礼

 私は三度、四度と会合に参加し、彼らと意見を交換した。

 反乱軍は世間に流布されている情報に比べると、平和的な集団であり、帝国軍の方こそ強引な手法を取っているのがわかる。

 そもそも、帝国による帝国国民への情報統制や、規律を厳密に守らせようとする姿勢、普遍的なその政策は、反乱軍の自由とは正逆で、反乱軍を理解してしまうと、帝国こそが、人間が基本的に持っているはずの自由を抑え込んでいる、と言える。

 私は自然と、その思想が理解できた。

 帝国を疑ったことは今までなかった。

 今でも、帝国が絶対に悪だとは思えない。

 私の心にあるのは、二つの思想であり、それは一長一短なのだ。

 片方は思想としてはやや劣るかもしれないが、実際の世界を支配している。

 片方の思想は高い理想を掲げているが、実際の世界では弱い力しか持っていない。

 私は時に反乱軍に同意し、時に帝国軍を支持し、会合で議論を展開した。

 反乱軍の後援集団から、私は妙なあだ名で呼ばれ始めた。

「審判」

 という、あだ名だ。

 どうやら私は中立だと見られている。しかし別に構いはしない。

 会合に参加し始めて、一年が過ぎ、私は会社を辞めた。

 理由は単純で、一度、反乱軍の本隊の様子を見たかったからだ。会社を休職することもできたが、それはしなかった。

 決断をちゃんと自分自身に示したかった。

 ダーグが私の前に現れ、我々は旅に出た。

 四日ほどの旅の後、一隻の宇宙母艦と合流した。母艦と言っても、輸送船が入港できる格納庫はなく、接舷する形で乗り移る。

「おや、珍しい。新顔ですか」

 リビングに行くと、初老の男が紙の本を読んでいた。

「反乱軍基地への観光旅行の最中でね、大尉。反乱軍の面白さを聞かせてやってくれ」

 そう言ってダーグはどこかへ行ってしまった。

 私は目の前の男をよく観察した。反乱軍の軍服は、実物は初めて見た。しかしかなり着崩されているし、よく見るとボロボロだ。

 階級章は大尉だった。

「ダーグは」私は尋ねる気になった「佐官なのかな」

「佐官?」

 初老の男はぽかんとした後、笑い出した。

「あの風来坊が、佐官なわけ、ないだろう!」

 私は何も言えなかった。

 目の前の大尉にあんなに軽い調子で話しかけるんだから、佐官だろうと思ったのだが、違うらしい。

 その後、その大尉は僕に思い出話をし始めた。

 帝国軍に嫌気がさして、そこを飛び出し、反乱軍に走った。要点をまとめれば、そういう話だ。想像していたパターンの一つで私は納得する思いだった。

 ただ、最後に、男はこういった。

「妻と娘には悪いことをしたと思っている。累が及ばないように、離縁したが、今も心残りだ」

 こういうものもいるのだ。

 私は胸に迫ってくるものを感じた。

 そのうちにダーグが戻ってきて、次の場所へ行くと言い出した。大尉は私と握手をして「幸運を」とどこかの宗教の印を手で切った。

「あんたの階級を聞いていない」

 輸送船に移り、宇宙母艦を分離してから、私はダーグに聞いた。

「軍曹だよ」

「軍曹? それが大尉にあんな態度をとっていいのか?」

「反乱軍だからな。帝国軍とは違う。気にしない方がいい」

 意外というか、本当に隊規があるのか怪しいな、というのが私の考えたことだった。

 それから三ヶ月をかけて、私は主に帝国の辺境を旅して回った。

 どこかの有人観測衛星に行ったり、巨大な宇宙母艦へ行ったり、どこぞの惑星へ降りて鉱物燃料の採掘施設を見学し、高重力惑星の歩兵訓練施設を見物したり。

 密輸船に同乗したこともあった。

 密輸船の連中は亜空間航法で長距離を移動するが為に、おしゃべり好きだと聞いていたが、実際にその通りだった。

 狭い船内で、二人なり三人が、何週間も、どこへも行かずに顔を合わせているのだ。

 私とダーグも加えて、四人で過ごした二週間は、私の中に大きな影響を及ぼした。

 二人の密輸船の乗組員は、帝国の運送企業に勤めていた二人だった。片方は上司の不興を買って左遷され、仕事を辞めた。もう一人は内部告発をしたがために辞めざるを得なかった。

 そんな事情を二人は平然と語っている。まるで物語の話をするように、生き生きと、楽しそうに語るのだ。

 会社や上司への憎しみは、少しも見えない。

「まぁ、生きているだけマシなんでしょうね。とか言いながら、こうして密輸なんかをしていると、その生きていることさえも放り出しているようなものですが」

「俺たちには船の操縦以外、何もないしな」

 彼らが反乱軍に加わった理由は、その程度の他愛ないことで、つまり大義や理想は二の次なのだ。

 似たような反乱軍兵士には数多く出会った。

 彼らにとっては反乱が生活であり、反乱軍は自分が生きる社会で、戦いは、まあ、必要悪か、さもなければ、ギャンブルなのだ。

 指導者は何人もいるとダーグに聞かされていた。一人や二人が欠けても全体が生き残るように、そういう多頭制の組織になっているという。

 その指導者のうちの三人と顔を合わせた。

 全員が既に老人で、一人は寝たきりだった。

 彼らは三人ともが優しい瞳をしていて、私を問い詰めることも、疑うこともしなかった。

 静かな時間の中で、私が言葉を口にするのを待ち、丁寧に答えてくれた。

「罪を憎んで人を憎まず」

 指導者の一人が私に言った。

「罪を憎む、というのは、どういうことなのか、未だに理解できないのだ。帝国に罪があるとして、では帝国とは何なのか。帝国軍なのか、帝国国民なのか、それとも皇帝や貴族、華族の連中なのか」

 私にもその答えは出ない。

 旅が終わった場所は、私が旅に出たまさにその惑星だった。

「ここでお別れになる、ドグムントさん」

 宇宙空港で輸送船を降りた私に、ダーグが言った。

「良い旅だった。ありがとう、ダーグさん」

「こちらこそ。あとはそちらの意志に任せる」

 その言葉の意味はよくわかった。

 つまり、今度は、仕事を辞める程度の決断ではなく、きっちり身辺を整理しろ、と言っているのだ。

 旅のまま私を連れ出すのを、彼らは不義理と考えているのだ。

 つくづくお人好しの集団である。

 でも私は、それが好きになっていた。

「また会いましょう」

 私はダーグの手を握りしめた。


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