第6-2話 意外な来客

 あっと言う間に二時間が過ぎ、おおよその料理が出来てきた。自動調理機も修理が終わり、デフは帰って行った。

 私は二級品の果物を皮をむいて、種を取り出し、ジューサーに放り込み、刃を回転させた。

「おばちゃん!」

 食堂の方から呼ぶ声がする。私はジューサーを止めて、手をエプロンで拭いながら調理場から食堂に通じるドアを開ける。

 顔見知りの輸送船の船員が二人、そこにいる。

「なんだい? まだ店は開いちゃいないよ」

「あと十分で出発なんだけど、保存食じゃないものが食いたいんだ」

 相手の階級を見ると、二人とも伍長だ。

 階級は私が上だ。彼らを叱責しても変ではない。

 でも、まぁ、私はそういう気持ちになることはない。

「待ってな。三分で作ってやる」

 私は厨房に戻り、すでに焼き上がっているパンに切れ込みを入れ、出来上がったばかりのハンバーグと、キャベツの千切りを挟む。オーロラソースをすぐに作って、かけてやる。もう一つ、ポテトサラダのサンドイッチも用意した。

 きっちり三分で、私は外で待っている彼らに二つずつ、包みを渡した。

「簡単で悪いね。行っといで」

「ありがとう、おばちゃん!」

「無事に帰ってくるんだよ」

 二人は満面の笑みで頷くと、小走りに食堂を出て行った。

 無事に帰ってくるんだよ、か。

 自分で口にしておきながら、不自然な言葉だな。彼らがまるで、帰ってこないと思っているようなものじゃないか。

 私は彼らとまた会いたいのに、その意志を伝える言葉は、未だに見つからない。

 私は厨房に戻り、作業を再開した。

 それから三十分ほどで食堂が開く時間になり、最初はちらほら、すぐに大勢がやってくる。

 私たちはいよいよてんてこ舞いだ。

 カウンターに料理が並べてあるので、兵士たちはそれを好きなように皿に取っていく。

 だから、人気のあるものはすぐに品切れになる。

「おばちゃん! ハンバーグ、もうないの!」

「唐揚げ、品切れです!」

「スムージー終わりました!」

 いつも通りのとんでもない忙しさが来る。

 自動調理機が挽肉を出してきたのを、玉ねぎの千切りやらパン粉やら卵やら、とにかくもう頭に染み付いたレシピをもとに練り上げて、焼いていく。

 部下の一人が唐揚げをひたすら用意し、揚げていくのを横目に、私はハンバーグの面倒を見つつ、スムージーを作っていた。

 部下の一人が出来上がったものをどんどん、食堂へ持って行ったり、使用済みの食器を回収してくる。

 忙しいキリキリ舞いの戦いは三時間ほど続き、最後はヘトヘトになって、それでもどうにか食堂を片付けることにする。

 連中も、反乱軍だが、軍人だけあって礼儀はある。机が汚れていることもないし、床だってほとんど汚れていない。

 机を全部拭ってから、椅子を持ち上げようとすると、一人の初老の男がやってきた。

「おや、これはすまないな」

 私はうろんげに声の相手を見たが、すぐに敬礼した。相手は手振りでそれを止める。

「ロゼさん、何か余っているかね?」

「いえ、その……司令官閣下、お部屋でお運びしたはずですが」

「今日はいつもより空腹でね。軽く何かをもらえたら、と思ったのだ」

 その方、ヴァリガンド少将、この宇宙母艦グロリダンの艦長は、穏やかな顔でこちらを見ている。

 軽く何か、か。

「とりあえずは、こちらへ」

 私は席の一つに案内し、厨房に戻った。

 ほとんどすべての用意された料理が、兵士たちに食べつくされている。

 何かあるかな、と思いつつ、紅茶を用意する。迷うけれど、待たせるわけにもいかない。

 閃いたのは一瞬で、すぐに用意して、紅茶と一緒にお盆に乗せて運んで行った。

「お口に合えばいいのですが」

 机の上のお盆を見て、ヴァリガンド少将は相好を崩した。

「果物か。久しく食べていないな」

 私が用意したのは料理ではなく、新鮮な果物の盛り合わせだった。量は少なめで、そこは少将に変に気を使わせている、と思わせないためだったけど、どうだろうか。

 少将は紅茶を少し飲んでから、果物を口へ運ぶ。ちなみに私が先に一口大に切っておいた。

「この果物は、どこから仕入れいるのかな」

 控えている私に、声をかけてくる。私は産地をはっきりと答えた。少将は嬉しそうである。

「安くはないのだろうな」

「値段に関しては、ある程度は交渉できます」

「担当者は?」

「ダンストン曹長です」

 ふむ、と少将が頷く。

「彼の交渉力はよく知っている。任せられる男だ」

 意外な返事だった。

「閣下は、曹長とお知り合いなのですか?」

 思わず尋ねると、少将はこちらに笑みを見せる。

「この船に所属するものは、把握しておるよ。ロゼ・マイスタ曹長」

 さすがに私はびっくりした。

 そんな私を置き去りに、少将は果物をゆっくりと食べ終えると、紅茶のお代わりを求めてくる。慌てて、私はカップに紅茶を注いだ。

「食料品に関する経費については、私も苦慮している」

 こちらから何も言わないのに、少将が話し始めた。

「食事は兵士の生活の中でも、数少ない穏やかな時間だし、満たされる時間でもある。私の方から、どうにかして予算が増えるように、指示してみよう」

「いえ、閣下」

「この程度の口出しは許してくれ。私は君たちを評価している」

 半ば呆然とする私の前で、少将は紅茶を飲み干してカップを置くと立ち上がった。

「藪から棒だが」

 食堂を出て行くのを見送りに行く私に、少将が振り返った。

「一度くらい、ご主人に会った方がいいのではないか? 曹長」

「はっ、閣下。了解しました」

「命令ではないよ。では、また」

 少将はゆっくりとした歩調で去って行った。

 ご主人に会った方がいい?

 本当に彼はこの船の乗員のことを把握しているんだ。

 私は食堂に戻り、部下と共に最後の片付けをして、食堂の明かりを消した。

 兵舎は女性専用のフロアで、二人部屋である。私の同居人はオペレーターの二十代の軍曹だった。

「どうしたんです? 曹長。深刻な顔をしていますね」

 自分の寝台に横になっていた軍曹が尋ねてくる。

 私は曖昧に返事をしつつ、壁に貼り付けてあるカレンダーを眺める。

 やれやれ。

 その時、私の情報端末が着信音を響かせ始めた。取り出してみると、旦那からだった。

 受けると、雑音がひどいが、声が聞こえてくる。

『やあ、ロゼ。元気かい?』

「元気なようね。そちらは?」

『今、惑星ゴッソスの地表にいる。夜だよ』

 惑星ゴッソス。知らない惑星だ。

「その惑星の特産は? 食べ物よ」

『君の料理好きも相当なものだな。この惑星は、豚だな。その名もそのままでゴッソス豚。聞いたこと、ないか?』

「ないわね。豚かぁ」

 私は本当は相手のことを考えるべきなんだろうけど、豚のことを考えていた。

『干し肉でも買って帰ろうか?』

「干し肉? 生が良いわね」

『ハハ。そこは、帰ってくる話を掘り下げるべきじゃないの?』

 そうか。そうだな。

「帰ってくるの?」

『予定ではね。二週間後だ。全てがきっちりと片付けばね』

「そう」

 実感がわかなかった。そんな私に気づいていないらしい相手は、楽しそうに言った。

『グロリダンで会おう、ロゼ。じゃあね』

 通信は切れた。私は寝台に座り込み、じっと端末を眺めた。

「曹長、ご主人からですか?」

「そうだよ」

「例の、情報部所属の?」

 そうなのだ。

 あの男は情報部の所属だ。私は詳細を知らないけど、スパイなんじゃないかと思う。

 本人は危険なことは何もしないし、普通の会社員のようなものだ、などと言っているけど、どうなのやら。

 しかし、二週間後か。ちょうどいいといえば、ちょうどいい。

 仲間内で計画していることがあり、それともぴったりと合う。

 余計なことを考えなくて、済みそうだ。

「それにしても」

 軍曹が体を起こした。

「あまり嬉しそうでもないですね」

「そうかい?」

 私はそう応じつつ、寝台に端末を放り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る