SS第6話 ハッピー・バースディ・ディア
第6-1話 平和な戦場
反乱軍の財源には色々とあるが、しかし節約しなくていいわけでもない。
では、節約とはどういうところから可能なのか。
艦船の弾薬は、節約できない。艦船の他の補給も設備の維持も、カネを渋れるわけがない。
そんなわけで、反乱軍の兵士のほとんどは少し臭う軍服を着て、髪の毛の襟足は伸び、無精髭が伸びている、という感じになる。
私、ロゼ・マイスタはそんな男たちに、おばちゃん、などと呼ばれているが、彼らこそがおっさんであり、私はこれでも三十代だ。
「おばちゃんの図体なら、スモウレスラーになれるぜ」
顔なじみの士官が私にそう言った時は、さすがに温厚な私も、相手を張り倒し、怒鳴ったものだ。
「誰のおかげで飯が食えていると思ってんだい!」
その士官は床に転がったまま、私を見上げ、階級を主張することもなく、平謝りの後に素早く飯をかき込んで、食堂を飛び出すように出て行った。
この場面には二つの事実がある。
一つは、私が反乱軍所属の宇宙母艦グロリダンの厨房責任者にして、三人いる料理人の一人であること。
そして私が、良い言い方をすれば恰幅が良い、悪い言い方をすれば、太っているということ。
だが、私の体を笑う奴を、私は放っておかないが。
その日も、昼食を兵隊連中が食べ終わり、食器を全て片付けた後、定例の会議に参加した。
「本部の経理部から、例の苦情がまた来ているわよ、ロゼ」
会議の参加者は三名だ。
今、発言したのは、ウェル・テッドニー曹長。宇宙母艦グロリダンの経理部に所属して、食料品の担当をしている。
「もっと節約しろ、ってあれだね?」
「その通り。私はあなたの努力は知っているけどね」
「本部はそれを知らないってわけだ」
宇宙母艦グロリダンの厨房を任されて二年。
乗組員からの苦情はないし、たまにやってくるよそ者も、感心している。
限られた材料で、兵士が満足し、かつ、飽きない食事を作る。
その一点に私は苦心してきたのだ。
別に毎日、同じものを出してもいいんだけど、どうもそういう気にはなれなかった。
だって、そんなことになったら、うんざりするじゃなの。
食事がつまらなくなる。
「ダンストン曹長」
私が視線を向けると、細面の男が、眉を持ち上げる。
「調達方法に工夫は出来そうかしら?」
ダンストン・クロウ曹長は、宇宙母艦グロリダンに所属する輸送部隊に所属していて、彼はその中でも食料品の輸送を担当している部隊の、責任者だ。
「もう十分に工夫しているよ。安い食糧を求めて右往左往。燃費の安い惑星を探したりしてるし、実際に買う時も、砲撃戦もかくやという激烈な交渉を行っていますね」
ウェルと私は顔を見合わせ、同時に顔をしかめた。
「予算は限られ、使用も限界で、仕入れもギリギリ。結論は単純ね」
「もはやこれ以上の節約は出来ない。それでロゼ、あなたがその報告書を書ける?」
「それは経理担当の仕事でしょ」
ウェルが肩をすくめて、手元の端末を操作する。すぐに私の目の前の端末にも情報が出る。
「これはここ一週間のグロリダンの食堂のメニューだけど、すごいバリエーションね」
「兵士は喜んでいるわよ、いいことでしょ?」
「どう見ても七日以上のサイクルで食材が使われているわ。三日サイクルにできない?」
私は思わず目を見開いていた。
「三日? そんなの、すぐに飽きちゃうじゃない!」
「俺もそれが良いと思うな」
忌々しいことに、ダンストンがウェルの側についた。
「三日周期なら、今よりも食材の種類を少し減らせるし、一回で買いつける量も増える。買いつける量が増えるってことは、それだけ安く調達できる。それに輸送に必要な燃料費も抑えられるしな」
そう言われてしまうと、私の反論の拠点は一つしかない。
「兵士の気持ちになってよ、二人とも」
「私たちは正規軍じゃないし、ゆとりはないのよ。少しくらいの我慢は、できるはずよ」
私は渋面で二人を睨んで見たが、睨み返された。
「この件は次回、それぞれに考えて、三日後の会議で詰めましょう」
ウェルが折れてくれて、先送りになった。
少しホッとした。私は内々の話を切り出すこともできた。
「例のサプライズだけど、そんな具合?」
「寄付は順調に集まっているわよ」
ウェルが先ほどのムードとは違う、彼女本来の朗らかな様子で応じる。
「決行は二週間後よね? 仕入れはどう?」
ダンストンが肩をすくめる。
「順調だよ。恐ろしいくらいだ」
「なら、このまま進めましょう。誰にも喋らないように念を押しておいて」
会議が終わり、私とウェルは食堂へ向かう。ダンストンはすぐに任務があるらしい。
「しかし、反乱軍の今の規模って、どれくらいなの?」
歩きながら尋ねると、ウェルは苦笑いした。
「いざという時のために、全体像を把握しているのは、本当に上位の、指揮官クラスだけよ。経理の現場でもそんな感じ。私が把握しているのは三つの宇宙母艦だけ。人数にして六千人ほどかしらね」
「どこに財源があるのかねぇ」
「鉱物燃料を闇で売っている、っていうもっぱらの噂よ。帝国軍の鉱物燃料の輸送経路をしっかり把握していて、そこを襲撃しているんだって。帝国軍が何度、ルートを変更しても、反乱軍はすぐにそれを把握する」
ふーん、などと応じつつ、私は考えていた。
要は、帝国軍の中に、反乱軍と通じている者がいるのだ。
しかし、あまりに反乱軍が的確に動き始めると、その誰かがあぶり出されたりしないのかな。
「どういう男なのか、気にあるわね」
「誰が? え? え?」
「スパイよ」
混乱から立ち直ったウェルがニヤニヤしている。
「女かもしれない」
「それはそれでいい」
食堂にたどり着くと、私の部下二人が掃除をしていた。全ての椅子が机の上に乗っている。本当は机も椅子も床に固定されているのが、宇宙船の常識だ。無重力状態になるととんでももない事になる。
その仕組みが取れないのは、この食堂は食堂として設計されていないからで、代わりに床にいくつもかぎ爪がつき、掃除の時以外はそのかぎ爪が椅子や机を固定するのだ。
私たちは厨房に入り、そこにある小さな椅子に向かって腰を下ろした。
「余り物で悪いけど」
私はグラスを取り出し、先ほどの食事で余った紅茶を注いだ。ウェルが軽くそれに口をつける。目を見開く様に、私は笑みを浮かべた。
「わかった?」
「ロックード社の紅茶じゃないの? これ」
「その通り。さすがね」
ウェルという女性の舌は馬鹿にできない。様々なものの銘柄を当てるという特技があるのだ。
「ロックードの紅茶なんて、よく買えたわね」
「ダンストンに頼んだの。十キロも買ったから、奥の倉庫に山になっている」
正直に答える私に、案の定、ウェルは渋い顔になる。
「それ、ほとんど無駄遣いよ。デッドストックになるんじゃないの?」
「いざとなったら他の宇宙母艦の身内と交換するさ」
これはたまに行われるやり口で、宇宙母艦同士で、何らかの理由で余った物資をやり取りするのは、自然なのだ。
ただし、帝国軍に察知されないようにやらないといけない。
「あなたの料理に関する知識は認めるけど、出納帳を作らないタイプよね」
「それはウェルの担当でしょ?」
「あなたが私の意見を唯々諾々と聞いてくれれば、苦労はないわ」
私たちはそれから食材の値段と仕入れの量について議論をして、一時間ほどで彼女は帰って行った。
実は調理室の奥には若い兵士が一人いる。
「デフ、調子はどう?」
彼は、デフ・ジグソウ。階級は伍長だ。
今、彼は調理室の奥の機械のパネルを開いて、上半身を突っ込んでいる。
この機械は自動調理機である。やろうと思えばちゃんとした食事が形になるが、私は補助に使っている。
料理はやっぱり人が手で作らないとね。
デフは体を出し、こちらを見上げる。小柄で、まだ若い。
「夕食前には直りそうです、姉さん」
「そう。任せるよ。ちょっと飲みな」
私は紅茶が注がれていたグラスを手渡した。彼は頷いて受け取ると、ぐっと飲み干し、グラスを返してくる。こういう男らしいことをする奴なのだ。
彼が作業に戻り、私も夕飯のための支度を始めた。
掃除を終えた部下にも指示を飛ばし、調理台を行ったり来たりし、コンロもフル稼働になる。何度も奥の倉庫との間を行ったり来たりして、慌ただしい。
とにかく量が多いので、ゴミも大量だ。すぐい大きなバケツがいっぱいになり、奥の有機物処理装置に次々と放り込む。
毎日三回、こんな激戦をするとは、私たち、まるで前線の兵士じゃない。
そんなことを思いつつ、私は手を動かし、指示を続ける。
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