SS第3話 シスターズ・ウォー

第3-1話 宇宙海賊

 ダイダラ・モスといえば、帝国軍も反乱軍も、頭を悩ますこと請け合いだ。

 ただ、彼らは誰も俺の実際を知らない。

 旧式の宇宙輸送船はお世辞にも美しいとは言えない。四つの宇宙輸送船をパッチワークした、どこにでもあるようで、唯一無二の宇宙輸送船で、見た目は明らかにバランスを欠いている。

 さすがに宇宙輸送船を二つや三つで一つにするようにくっつけようとはしないが、宇宙母艦の接合技術は反乱軍のお家芸で、奴らときたら、メーカーも製造年も、何もかもを無視してくっつけやがる。

 キメラ母艦、とか呼ばれているが、彼らは別に気にしない。

 俺の輸送船も正真正銘のキメラ輸送船で、当然、俺だって気にしない。

 宇宙輸送船は、生活ができて、燃焼門が付いていて、頑丈ならいいのだ。

 操舵室は旧型で、全球モニターなどない。代わりにゴーグルをつけると、ゴーグルの中では船の周囲を確認できる。

 操作パネルは見えなくなる仕様なのは、この設備が十五年前のものだからだ。

 別に好きで古びたものを使っているのではなく、金がもったいない。

 節約こそが第一なのだ。

 見もせずにパネルを操作し、予定地点を探査すると、亜空間航法から何かが離脱する予兆が感知された。

 通信が入る。

『お父ちゃん、行っくよー』

 少女の声が響く。

 こちらから返事をする間もなく、二機の機動戦闘艇が亜空間から出現する。俺の輸送船フィッシャーマンに負けず劣らずの、旧型機動戦闘艇だ。

 フィッシャーマンの周囲を飛び回る機動戦闘艇は、まるでダンスを踊るようだ。

『予定通りだよ、お父さん』

 少女、アイが言うと、即座にもう一方の少女、マイが後を継ぐ。

『反乱軍の密輸船はミーが撹乱して、お父ちゃんの予定の航路に乗せたからね。ミーもそろそろ帰ってくるよ』

「よし、二人とも、一旦、機体を接続して補給を受けろ」

 俺はゴーグルを外して、パネルをせわしなく操作する。

 外部を示す限られたモニターの映像を切り替え、フィッシャーマンから二つ光の線が伸びるのがわかった。

 二機の機動戦闘艇がその線を頼りに、輸送船に近づき、接舷した。輸送船がかすかに揺れる。そして固定器具ががっちりと機動戦闘艇を固定する音がかすかにした。

『ただいま、お父さん』

『元気だった?』

「いつも通りさ。補給を始めてくれ」

『フル充填まで一時間ほどよ』

『私もー』

 俺は手元のパネルを操作を続けて、三機目の機動戦闘艇の位置情報を割り出す。

 海図がモニターいっぱいに映り、その中を一つの点が高速で移動している。赤い点だ。

 もう一つ、青い点がある。

 青い点は、反乱軍の密輸船だ。

 赤い点は三姉妹の三女、ミーの機動戦闘艇だ。亜空間航法を使って、こちらに向かっている。

 予定ではミーを回収してから、輸送船で亜空間航法を使い、青い点の密輸船を襲撃することになる。

 反乱軍を襲うのは、俺が帝国軍だからではない。

 俺は帝国軍とも敵対している。

 俺は、宇宙海賊なのだ。


 ミーの機動戦闘艇が亜空間航法を切り上げ、通常空間に戻り、素早くフィッシャーマンと接続した。

『今度はもっと手強い相手がいるかなぁ』

『私たちに勝てる奴なんかいないわよ』

『古い機体だと侮っているうちに、逆に自分がスクラップだからね』

 くすくすと三姉妹が笑っている。

 俺はその会話を船内放送で聞きつつ、二つしかない船室の片方で、酒瓶から直接、酒を飲んでいた。

『あら、お父さん、飲み過ぎは良くないわよ』

 目敏いのはいつもアイだ。それに彼女は真面目である。

『血圧がまた上がりますよ』

「ほっとけ。そう言われると余計に血圧が上がるんだ」

『偏った食事も良くないわよ。私たちがいない間、ちゃんとしたものを食べてました?』

「ちゃんとした保存食を食べていたよ」

 これ見よがしに、イカの干物をかじって見せる。

 船は今、亜空間航法を起動し、それが終わった時には、反乱軍の密輸船一隻の目の前に飛び出すことになる。

 この手法は反乱軍が確立したやり方で、二人羽織転移、とか呼んでいるらしい。

 名前はともなく、効果的だ。

 完全に不意を打てる。

 宇宙戦闘は奇襲、速攻が何よりも大事だ。

『それにしても、密輸船にはどれだけの鉱物燃料があるのかしらねぇ』

『コンテナ四つよ。この船にはコンテナは三つしか増設できないから、一個は残すしかないね』

『種類は? 等級は? この船に残っている鉱物燃料も、心許ないし、もしかしたら私たちも睡眠状態にされちゃうかも!』

『人間とは違うんだから、別にいいじゃないの』

 酒瓶を煽りつつ、俺はそんな言葉を聞きながら、うとうとしていた。

 どうして三姉妹になんてしたんだろう?

 別に三機の機動戦闘艇を運用するとしても、一人に任せればよかった。

 こんなことは想定していなかった。三姉妹のお喋りなんて、聞きたくない。

 俺の家族は今はどうなったか知らないが、父親は早く死んでいて、母親は病弱、兄弟は四人という、お約束の貧困家庭だった。

 俺は長男で、そこそこ働いて家を維持しようとしたが、母親は密かにどこかと交渉し、俺を人買いに売り払ってしまった。

 それから家族には会っていないし、故郷にも戻ってない。何をしているかも調べなかった。

 もう他人のようなものだ。

 人買いは俺を鉱物燃料の採掘施設に放り込み、俺はそこで五年ほどを過ごした。一緒に鉱山送りにされた少年は二十人ほどいたが、五年を生き延びたのは、四人だけだった。

 その四人は家族のようなものだったが、しかし、もうどうしているかは知らない。

 宇宙海賊が腕力に自信がある奴を欲しがっている、という話があり、俺はそれに選ばれ、鉱物惑星を脱出した。

 宇宙海賊生活は十五年ほどやって、それから独り立ちした。

 宇宙海賊たちはびっくりするほど気前がいいし、人が良かった。鉱山で俺たちを散々、こき使った帝国の役人や現場指揮官と比べると、天地の差がある。

 俺は銀河帝国に心底から失望し、自由に生きると決めた。

 自分の船を手に入れた時、反乱軍が勢力をはっきりと示し始め、帝国は内戦のような形になった。

 今でも反乱軍の密輸船を襲うのは気が乗らないが、そこはそれ、宇宙海賊なのだから、反乱軍を見逃す理由はない。

 反乱軍を見逃していて、帝国軍だけ狙ったら、自分も反乱軍みたいじゃないか。

 俺は反乱軍じゃない。俺は宇宙海賊で、自由なんだ。

 そう、自由だ。

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