妄想哀歌・ラストエレクションヒーロー

馬場卓也

妄想哀歌・ラストエレクションヒーロー


 とにかく最高だった。最高のキスだった、とセイヤはニヤニヤしながら今日のことを思い出していた。ニヤニヤが止まらず、思わず声に出しそうだった。


 なぜこの男はいきなりニヤニヤしているのか? 話は少し前にさかのぼる。


『相っ変わらずあの教授の講義は何言ってるのかよくわかんねーな、ありゃもう年だぜ。あれで給料もらってんのはずるくないか?』等々、友人たちと大学を出たあと、セイヤはバイト先であるコンビニへ向かった。セイヤのバイトはレジ打ち、商品の棚入れ、掃除等々、平たくいえばお金の管理以外はほぼ全部という、ごく一般的な仕事内容で、要領さえ覚えればなんてことはない。勤務時間は大学の終わる夕方から深夜、早朝までのシフトだった。


 バイトが終われば、家賃3万円の学生アパートに戻って眠るか、早朝明けならそのまま学校に戻って半分眠りながら講義を受ける毎日。それと、沸き上がる若いエネルギーを放出するため、『マスターベーション』『オナニー』『独りエッチ』という言葉で表現される行為をするぐらいだ。セイヤはこの行為を『ミッション』と呼んでいた。そう呼ぶことで卑猥さが薄れ、ある種の秘密任務めいた雰囲気が出る、と単純に思った。が、どう呼ぼうがやってることは一緒だ。中学の時、ネットで見た情報を頼りに『ミッション』を覚え、それから日課のように続けていた。これほど安価で楽しめる娯楽はない、と思っていたのだ。今日のミッションは何で致そうかな? と動画サイトやレンタル店の暖簾で仕切られたコーナーを物色(セイヤ曰く『グレートジャーニー』)するのが楽しみだった。食わず嫌いはいけないという事で、気になるものは何でも見て、体の反応に抗うことなく『ヌいた』。


 そんなセイヤを友人は『バカオナニーバカ』、略して『バカニー』と呼んだが、セイヤは自分のことを、好みをできるだけ作らない『性の博愛主義者』だと言い張った。そのことを話すと、今度はただの『バカ』と呼ばれた。


 『でもお前らだってやってるじゃないか、ヨシツネは女子高生、サダオは巨乳熟女、タカヨシはM調教ものにイクヒサはメガネっ娘。お前ら世界が狭いよ、もっとあらゆる性癖を試してみろよ』とセイヤは熱弁したこともあった。それでも『バカ』の称号は取れなかった。


 セイヤはそれ以外は特に趣味もなく、外で遊ぶことも少なかったので、土日祝もできるだけバイトに入ることにしており、店長から重宝がられていた。


 働くのが楽しい、という事ではない。どうせ時間が空いてるなら、バイトでもしておこうか、という軽い気持ちからだった。それに働けばその分バイト代が入る。金が貯まったら……別に何をするということもなかった。漠然と学校に行き、漠然と働き、そしてミッション、そんな日が続いていた。


 そんなセイヤの日常にほんの少し、異変が起こった。

「ホープ一つ、あ、二つか」

 その日も夕方からバイトに入り、日付が変わった頃。

 人気のない店内に女の声が響いた。ちょうど雑誌コーナーで入れ替え作業中のセイヤは慌ててレジに走った。レジ前には、ベージュのコ-トを着た女が立っていた。女の年は20代後半に見えた。自分よりやや年上という感じだな、とセイヤは思った。

「ホープ二つ」

 セイヤがカウンターに戻ってきたのを見て、女は再び注文した。

「ホープ、ですか?」

 若い女性がホープなんて珍しいなと思い、セイヤは思わず聞き返してしまった。普通ならメンソール系の煙草を買い求めるものだが、短くてニコチンのきついホープなんかおっさんの吸う煙草だよ、とセイヤは思っていたからだ。

「そう、ホープ」

 女は『何か文句でも?』と言わんばかりにセイヤを見た。明るいブラウンの少しウェーブのかかった髪、くるんとした目とぷっくりとした唇が特徴的だった。会社員だろうか、水商売にしては化粧っ気がなさそうだな、とセイヤは煙草を渡した。


 その翌日から、女をよく見かけるようになった。この近くに職場があるのか、あるいは今まで来ていたけど、気付いてなかっただけなのか。女はいつもパンやおにぎり、お茶等の軽食に加え、決まってホープを買っていった。


 ここに来る常連客より少しばかり美人だったこともあり、バイト仲間でもその女は評判となり、いつしか女は『ホープの女』、そして『ホープさん』と呼ばれるようになっていた。


 今日はホープさんが来るかもしれない、そう思うとセイヤは今まで以上にバイトが楽しくなった。コンビニに行くと、胸が高鳴るようになった。


 ある日、運よくホープさんが来店した時のこと。いつものようにタバコを渡すと、『ありがと』と、ホープさんが小さく微笑んでくれた。少し目を細め、口元を緩めたその表情が、セイヤの脳裏にこびりつき、離れなかった。


『ホープさんが微笑んでくれた! 明らかに、俺に!』

 倒置法で喜びが頭から全身を駆け巡り、その日は小躍りしながら商品の入れ替えをしてしまい、監視カメラでその様子を見ていた店長から『大丈夫?』と声を掛けられた。

 

 ひょっとしたら、ホープさんは俺に気があるのでは? とセイヤはその日の夜、寝床でデートのシュミレーションを組んでみた。映画に行って、喫茶店に行ってお話して、買い物行って最後は、最後は……ホテルか俺の自室に招いて……妄想が下半身をビクンビクンと刺激し、凝り固まっていく。セイヤは脳内でホープさんと様々な体位を楽しみながら

『ヌいた』。


 それから、ホープさんは頻繁に店に現れるようになった。ほぼ毎日といっていいぐらいで、そのたび、セイヤは胸をときめかせ、家に帰っては『ヌいた』。そのうち、セイヤのミッションのお相手はほとんどがホープさんになっていった。どんな動画よりも画像よりも、セイヤの脳内にいるホープさんは誰よりも艶めかしく、いやらしかった。そんなホープさんを、セイヤは思うままの姿にし、ありとあらゆるシチュエーションの中でまぐわい、そして『ヌいた』。


「そりゃお前、『恋』なんじゃないの?」

 学生食堂で、女子高生好きのヨシツネが口を開いた。

「胸のキュンキュン止まらないよって、そりゃお前、ホープさんを好きになってるんだよ。今までそんな経験ないか?」

 390円のA定食のアジフライをかじりながら、ヨシツネはニヤニヤとセイヤを見た。「恋? 恋ってお前、よくも昼間っからそんなこっ恥かしいこと言えるな」

「でなきゃなんだ? 心と体がしびれるってお前、その女の体が放電してるのか?」

「いや、そんな……そうかな? 確かに、高校時代にもクラスの女子に……いや、あの時以上だ」

「だろ? 好きになってんだよ、その年上のお姉さんのことが。しかし、よく好きになった女でヌくもんだね」

「バカ、健全な証拠だろ。嫌いなものでヌくか、普通。昨日はナーススタイルで致した。研修生という設定だ。お前こそ、女子高生オンリーのくせに遊びがないよ、ヌきの遊びがな」

「お前こそ何もわかってねえな。セーラーにブレザー、スク水に体操服、体操服は冬服に夏服、ブルマに短パン、あと部活時のユニフォーム、眼鏡の有無……バリエーション豊富! 女子高生には無限の可能性があるんだよ!」 

「犯罪スレスレだろうが! いや犯罪だ。俺もそれでヌくことはできる、でもな、それ以外でもヌけるぞ『久々に実家に帰ってきて、学生時代の思い出に浸ってしまい、つい当時の制服を着てしまった20代後半OL』とかな!」

「うぅ、OLは勘弁してくれ、現役でないと俺は原液を出せない。だめだ、成人式を迎えちゃダメなんだ」

「ふん、バリエーション豊富だろうが、年齢がネックになってるな。俺はありとあらゆる女子でヌく! それとAVに出てる女子高生はだいたい成人済みだ!」

「いうな、俺のファンタジーを崩すな!」

「お前ら昼間っから、しかもこんな場所で何言い争ってるんだ、バカか? バカだな、さもなきゃアホだ」

 そんな二人にB定食を持ったサダオが割って入ってきた。

「おぉ、熟女スキー」

「巨乳熟女スキー。お前もそれでしかヌけない、哀れな性の子羊」

「バカヤロ、こんなところで言うな! 俺だって、ママさんとか未亡人とか……孫がいるのはダメだけどな」

 ぼそぼそと喋りながらサダオが腰かける。

「でさ、聞いたか、セイヤの話」

「いやでも聞こえたよ、バイト先の女だろ? そんなに好きならデートでも誘えよ」

「は?」

 サダオの何気ない一言にセイヤは、硬直してしまった。

「簡単な話だろ。ヌくのも結構、好きなら誘えばいいじゃん」

「お前、簡単にそんなこと……」

「じゃあ、ずっとズリネタにでもしておけ」

「そんなこと……できるわけ……」

「買い物来た時に、こそっと電話番号でも渡せばいいじゃないか」

 セイヤの体に電流が走った。

「そんな簡単なこと……」

「シンプルなのがいいんだよ、ダメ元でやってみろ。上手くしたら付き合えるかも、ダメなら……俺らはまたお前のヌいた話を聞かなきゃならねえのか」

 サダオが、B定食のハンバーグをほおばりながら答えた。


 有言実行だ、このままもやもやした思いで毎日ヌくのもどうかと思う、と、その日のバイト時、セイヤは自分の携帯番号を書いた小さなメモを手に、レジに立った。

 いつ来るのかわからないドキドキ感と、ホープさんに対する想いが絡まり合い、心臓はいつもより早く脈打ち、全身が熱くなり、期待と不安が入り混じった顔は、笑顔が崩壊していた。『いや、接客業は基本スマイルだけど、それはちょっと……』と店長に注意されたので、セイヤは平常心を保とうとしたが、顔のニヤニヤが止まらなかった。


「ホープ、それと、アイスコーヒー、それと肉まんちょうだい」

 セイヤがバイトに入って2時間ほど過ぎた頃、ホープさんが来た。

「ひゃい!」

 突然声を掛けられ、セイヤの声が裏返った。

「ひゃい、ヒョープとヒクヒクマン……」

「ふふっ」

 笑った、ホープさんが笑った! セイヤははやる気持ちをぐっとこらえて、煙草と、それにレジ横にある肉まんを取り出し、慣れた手つきでホープさんに渡した。

「あと、アイスコーヒーは?」

 直視できないけど、ホープさんは笑顔だ、今ならいける! アイスコーヒー用のカップを手渡し、会計を済ませると。セイヤは釣り銭とレシートを渡した。その時、メモも忘れずに添えた。

「え?」

 メモの正体にいち早く気づき、驚いたようにホープさんが目を丸くした。

「ふぅん……ありがと」

 何かを察したのか、それも不快とは思ない様子で満面の笑みを浮かべ、ホープさんはメモをひらひらさせ、財布にしまい込む。

「あ、ありがとうございました、またのご来店を!」

 セイヤはいつもより大きめの声量でホープさんを見送った。


 その夜。アパートに戻り、『ホープさん扮する先輩OLと後輩セイヤが残業中の給湯室で……』というミッションにいそしむセイヤのスマホがコロロロ、と鳴った。

「も、もしもし!」

「もしもし、コンビニの君? 今、何してるの?」

 落ち着いたトーンの、聞き覚えがかすかにある声 、ホープさんだ。

「お、何―もしておりません、はい!」

 それからセイヤは無我夢中で話した。何をどう話したのか、夢中になっていてよく覚えていない。ただ、ホープさんとデートの約束を取り付けた、という事実だけは揺るがなかった。電話を切ってからも、興奮の収まらないセイヤは、眠りにつくまで2回『ヌいた』。


「ごめん、待った?」

 主松、大学近くの駅前でデート定番の台詞と共にホープさんは現れた。いつも変わらないコートに、化粧っ気を感じさせない顔。どんな姿で来ても、セイヤにとっては大満足だった。 

「い、いえ、早く来たもんですから」 

 これまた定番の台詞で返し、二人は電車で二つ向こうの駅にあるシネコンで映画を見ることになった。どんな映画が好きなのか相手の趣味が分からないので、セイヤはあらかじめ職場で前売りを購入しておいた(こういう時、コンビニは便利だ、と思った)ハリウッド超大作にした。


「面白かった、ですか?」

 映画の後、二人は喫茶店に入った。ここまではセイヤの計画通りだ。

「うん。すごいよね、今の技術って。それに主演俳優が私好みというか……」

「え、あんな筋肉ムキムキがいいんですか?」

 ホープさんは、アイスコーヒーのストローをくるくる回しながら、くすくす笑った。

「体じゃなくて、顔。あれだけ筋肉の鎧を着てても顔が寂しげで。そこがいいかなって。あれ、コンビニ君に似てるかな?」

 覗き込むようにホープさんが見つめる。照れるあまり、セイヤは顔を伏せた。

「い、いえ、いやいや、俺なんか……」

「やっぱ似てないや、フフ」

 悪戯っぽく笑い、ホープさんはストローに口をやった。


「ば、ばば、晩ご飯どうします?」

 喫茶店を出てから、いまだ緊張が解けない口調で、セイヤはホープさんに尋ねた。

辺りはすっかりと陽が落ちてきている。セイヤの予定では、このあとは夕食、そして自室orホテル……となっていた。

「今日は、帰るね。楽しかった、ありがと」

 うん、と大きく伸びをしてから、ホープさんが答える。その際、うっすらと体のラインが出たのを、セイヤは見逃さなかった。

「は、ハイ……」

 デート初回でいきなりアレはまずいか、やっぱり。と、セイヤは少し残念な気持ちになっていた。

「そうだ」

 ホープさんがセイヤの手を引いた。柔らかく温かい手の感触に、セイヤの体に電流が走り、そのまま下半身へと向かった。

「今日のお礼をしないとね」

 ホープさんは近くの路地に連れ込むと、手を放し、セイヤをじっと見つめた。

「お礼?」 

 目を閉じたホープさんの顔が近くなり、そして、柔らかく、ぷっくりとした唇の感触がセイヤの口に重なった。

「!」 

 まるで時間が止まったようだった。

「!!!」

 ただ、驚くしかなかった。いきなりのキス。不意打ちキス、辻斬りのようなキス。

 嬉しさと驚き、そして感情は下半身に向かい、ズボンを突き破らんばかりに膨らんでいた。


 ぺちゅっという唾液と皮膚が絡まる音を小さく立て、ホープさんの唇が離れた。

「これぐらいしかできないけど……また誘ってね、コンビニ君。それとも私から誘った方がいい?」 

 ホープさんは、微笑みながら、セイヤの下半身に視線を落とした。

「あっ!」 

 キスで思わず勃起し、それを見られてしまった! 顔を赤らめながら、セイヤは腰を引き、ズボンのポケットに手を入れ、何とかごまかそうとしたが、手遅れだった。

「フフ。元気ね、コンビニ君。頑張ってね」

 そう言ってホープさんは先に路地を出た。慌ててセイヤが後を追ったが、ホープさんの姿はどこにも見当たらなかった。


 アパートに戻り、炬燵に入ると、セイヤは今日のことを思い出し、一人ニヤニヤとしていた。ホープさんの手の感触、柔らかな唇……。初デートでいきなり、隆起してしまった下半身を見ても驚かなかったのは、さすが大人の女性だ。しかし一体何に対して『頑張って』なのか? そうか、ミッションだ! セイヤは今日できなかったことを脳内で補完しようてやろうと、下半身に手をやった。

「あれ?」

 ピクリともしない。

 普段なら、今日の回想をしている時点でカチカチに強張っているはずなのに、セイヤの芯棒は何の反応も示さない。

「おかしい……」

 さっきはあれだけ盛り上がっていたはずの股間のざわめきが、今は死んでしまったかのように静かだ。

「ひょっとしたら現実が妄想に勝ってしまった?」

 高校以来のデートに満足してしまい、今までの妄想ミッションなど、どうでもよくなってしまった。自分はそう思ってなくても脳内でそう判断してしまったのではないか? セイヤはそうすることで自分を納得させ、その日は疲れもあり、炬燵の中で眠ってしまった。

 

「あれ?」 

 翌朝、セイヤは異変に気付き、声を出してしまった。


 勃ってない。


 いわゆる『朝勃ち』がない。素晴らしいネタに遭遇し2、3回ミッションしても翌朝にはその復活を告げるかのように、カチカチになっていたセイヤの芯棒が昨夜と同じくピクリともしていない。

「なぜだ……」

 ミッションを覚えてから毎日、風邪をひいて高熱があった時でも、そこだけはまるで無関係、とばかりにそそり立っていた芯棒が、今はおとなしく股間にとぐろを巻くように横たわっている。

 本当に現実に勝ってしまったのか? セイヤは焦った。まさか口移しでよからぬ病気に感染したのか? 薬箱から体温計を出し計ってみたが、熱はない。

「愛の力……?」

 デートの余韻が思わぬところで出たんだ、とセイヤはそう思う事にし、学校への準備を始めた。


 しかし、股間の不調はそれからも続いた。友人とどれだけ卑猥な話をしても、どんな妄想をしても、どんな動画を見てもピクリとも反応しない。ただ、バイト先にホープさんが現れたときだけ、ほんの少し反応した。


「今度も映画いこっか? マンネリかな、2回目なのに?」

 電話の向こうでホープさんの明るい声が聞こえてくる。もちろん、セイヤはノーとは言わなかった。


 ホープさんの2回目のデートも映画だった。喫茶店で話し、ショッピングモールを散策し、そして別れ際にキス。その時、セイヤの下半身は爆発せんばかりに反応していた。ズボンにシミができるぐらいに、歓喜の雨が芯棒からこぼれそうになっていた。そしてこの思いを忘れないように、帰宅してからミッションに挑むと……動かない。セイヤは焦った。心理的なものなんだろうか、それとも他に原因があるのだろうか、と。


 それから、ホープさんとは数回デートを重ねたが、股間は相変わらずピクリともしなかった。ある日、そのことをヨシツネに話すと

「アホか」

 と一蹴されてしまった。

「彼女いるだけましだと思えよ。贅沢だろが」

「そりゃお前、彼女だけ見ていたいというチンポの想いだよ。浮気するなよってことだろ」

 サダオがニヤ、と笑った。

「でもお前ら、彼女がいてもヌくだろ、いや普通に勃つだろ?」

 サダオとヨシツネは、同時にウンと頷いた。

「じゃあなんだよ俺のは? 性癖が変わったんじゃないかと思って、放尿、スカトロ、放屁、おばあちゃんもの、幼女、獣姦……エロ博愛主義者の俺でもあまり手を出さなかったジャンルにまでいったけど、やっぱりだめだったんだよぉっ!」

「そういうことを大声で言うな」

 サダオがシッと人差し指を口にやった。

「それに、海外のゲイSM動画まで……でも、ダメだった」

「お前、考えすぎてネジくれてるぞ、ホープさんって女なんだろが」

「でも……何やってもダメなんだよ。性的なものに何の反応も示さないんだよ!」

「だからお前、ホープさんでないといけなくなったんだよ。ホープさんでヌくんじゃない、ホープさんでイクんだよ」

「ということは……」

「抱け。抱いてから考えろ」

 ヨシツネが、煙草に火をつけた。

「ここ、禁煙コーナーな」

 それをサダオが制した。


 セイヤとホープさんの初デートから数ヶ月が過ぎた。その間もセイヤはだいたい2週間に1回の割合でホープさんとデートを重ねた。回を重ねるごとに、ホープさんはよく喋り、笑い、その魅力が薄れることはなく、むしろ倍増していった。セイヤは毎回、会うのが楽しみだった。彼女といる時だけ下半身がうずき、反応した。しかし、それ以外では全く無反応なのは相変わらずで、それでもセイヤは機能回復のために、ありとあらゆる手を尽くした。


 いつも夕食後に解散というデートのパターンは崩れなかった。いくら飲みに誘ったり、自室に招いてもやんわりと断られた。でも次の約束を取り付けてくれるから、嫌われているのではないようだった。他に男でもいるのか? とも思っていた。

「そんな器用な女に見える? 見えるのかなー」

 いつしか、ホープさんの呼び方が『コンビニ君』から『セイヤ』に変わっていった。

「どうすれば信用してくれるのかな?」

 数えて15回目のデートの時、いつもの喫茶店でいつものようにアイスコーヒーのストローをくるくると回しながらホープさんは言った。

「信用してないってことはないですよ……ただ」

「ただ……何かな? もの足りないとか?」

 小さく、セイヤは頷いた。

「そうか……そうよね。スポーツじゃあるまいし、こんなこと『やろう』といってすることでもないけど。でもまあ……」

 ドクン、とセイヤの胸が高鳴った。いよいよホープさんを抱ける。この時だけ体が反応するならありったけの想いをぶつけてみたいと思った。

 

 喫茶店を出て、二人は自然に手をつなぎ、歩いた。そしてホープさんに誘導されるままに、セイヤは自分のアパートの前に来ていた。その時『あれ、住所教えたっけ?』と思ったが、いよいよホープさんを抱ける、イタせるという思いがその疑問を消し飛ばした。


「先にシャワー浴びてて」

 ホープさんに言われるまま、セイヤは浴室に入った。大丈夫だ、下半身の芯棒は今にも暴れださんばかりにいきり立ってる。これならいける! 

 セイヤに続いて、ホープさんがシャワーを浴びた。その間、ここでヌいてしまおうか、とさえ思ったが、そんなもったいないことはしたくなかった。

「お待たせ」

 バスタオルを体に巻いたホープさんが浴室から出てきた。ほんのりと上気した体、胸のふくらみが思ったよりも大きい。想像、いや妄想以上だ、初めて見る生身の裸体にセイヤは、このまま発射するのではとさえ思った。

「フフ……」

 いきなりホープさんがセイヤの唇を奪った。

「電気消して。ねっ」

 セイヤは部屋の隅にあるスイッチを切った。辺りが闇に包まれ、しばらくすると、窓に差し込む月明かりがホープさんの白い裸体を浮かび上がらせた。

 思わず、セイヤはごくりと生唾を飲み、着ているものを脱いだ。

 いよいよだ、とセイヤはホープさんのバスタオルに手を掛け、脱がせようとした、その時。

「昨日は……私をローションまみれにしてたの? 『あまりにも気持ちいいから仕事を忘れて情欲の塊になったソープ嬢設定』ね」

 ハッとなり、セイヤは手を引っ込めた。

「一昨日は、新しい性癖を探るために全裸筋肉女子レスリングに大カマキリの交尾の動画を見て、それと私は……あらあら、コンビニのバックヤードで制服着て後ろから……」

「なぜ、それを!」 

「セイヤのことなら何でも知ってるからよ。でも、何やっても勃たなかった」

 フフ、とホープさんが笑った。

「ネットの動画やDVDはともかく……なぜ」

 セイヤはその場にへたり込んだ。

「その前は競泳水着の私を泥んこにして……最近はぬるぬる系か、いろいろ頑張ってたね。でもそれがよかったのよ、素敵だったわ、あなたの妄想」

「……誰だよ、あんた」

「私は私、セイヤが『ホープさん』って呼んで、妄想の中でいろいろ楽しいことをされてきた女よ。女かな? 男ではないか……」

 どんな原理か知らないが、セイヤは自分の頭の中をずっとこの女に見られていたのかと思うと、ゾッとした。

「あのね」

 ホープさんが、セイヤの前に座った。

「例えば、例えばの話でいいのよ。真実だといっても信じないから。猿だった生き物が人間に進化して……」

「進化論? こんな時に全裸で進化論?」 

「まあ、聞いてよ。いつも私のくだらないおしゃべりに付き合ってくれたじゃない。人間が心を持ち、想像するよう力を持つようになったころ、こことは違う場所に別の世界ができたのよ」

「異世界ファンタジー? こんな時にラノベかよ!」

「人間の想像力が生んだ世界。とでもいうのかしら。もちろん、ここの人たちはそんなことは知らない。人間がいればいればいるほど、想像すればするほど、私たちの世界は豊かになっていった。でもねえ、最近元気なかったの」

 バスタオルがハラリ、と脱げ、ホープさんの裸体が露わになった。いまいちよくわからない話をしていても、セイヤには薄ら灯りに照らされたその裸身はとても美しく見えた。もちろん、下半身もそれに反応し、ヒクンヒクンとうずいていた。

「想像力、妄想力の枯渇かな。モノがあふれて人間が想像しなくなったとか。その辺は部署が違うから、私もよくわからないけど。ほら、山の木を切りすぎたら、土砂崩れも多くなるでしょ。山も木もダメになってしまうような、違うかな? とにかく、あなたたちの世界が元気でないと、私たちも困るのよ」

「よ、よくわかりませんが……いや、まったくわからないよ、その話」

 芯棒をヒクヒクと上下させながら、セイヤは答えた。

「そこで私たちが目をつけたのがあなた。オナ……いえミッションの際、素晴らしい妄想力を働かせてイタしていたでしょ? しかも性の博愛主義者、いろんな形の性を愛して、それを妄想に活かしていたじゃないの。動画見てる時もあるけど、とにかく、あなたの妄想力は私たちの世界にとっては欠かせないもの。そう、凄まじいエネルギーになっていたの」

「わからんけど、どうも……」

 全く分からない。よその世界の女、妄想力? 信じられないが、自分のミッション妄想をずばり言い当てるから、ただものではないことは分かった。そんな得体のしれない女と付き合っていたのか? と思うと戦慄したが、セイヤの下半身はいまだに元気だった。

「そこで私が来ることになった。あなたの妄想力を高めるために、私の前でないと勃たないようにして……」

「どうやって?」

「あなたの顔を見たときから、趣味趣向、妄想を覗けるのよ、私。その応用ね」

「なるほど……不能かどうかいろいろ試したりホープさんを妄想の中でいろいろやってみたりしたことが……ってやっぱりわからんよ!」

「そうそう、だいたい合ってるわ。あなたは私たちの世界を救った英雄よ。だからそろそろ、あなたに掛けた魔法……と言った方が分かりやすいよね、それを解いてあげる。これであなたはどこでもおチンチンをカチカチにして、いっぱいミッション出来るわ」

「俺を利用した……」

「そういう言い方もできるけど……仕事抜きで、楽しかったよ、セイヤ。好きだよ」

 ぐいと身を乗り出したホープさんの唇がセイヤのそれに重なった。あぁ、初デートの時、あの時に術に掛かっていたのか、とセイヤは思い出しながらも、唇の感触に酔いしれ、お互いの舌を絡め合わせ、そして、押し倒した。

「いいよね……」

 いきり立った芯棒をホープさんの股間にあてがい、セイヤはささやいた。

「いいけど、よくないかも……」 

「どうして、俺はあなたが別の世界の人間でも構わない。ちゃんとゴムつけるし、いざという時のために買ってるし!」

「そうじゃないの……」

 笑いながらホープさんはセイヤを押しのけ、立ち上がった。

「何もかも、ここの世界の人間とは一緒、というわけでもないのよ」

 ホープさんが、スッと足を広げ、股間を指さした。

「え?」

 毛が無い、いやその奥にあるべきはずの部位もない。今まで見てはいけない無修正動画で散々見てきて『グロテスクだなあ』と思いつつもいきりたたせていた女性器が、ない。あるのはつるんとした肌だけだった。それだけではない、よく見れば形よく、豊かな胸にはポチポチ……乳首がない。まるで生きているマネキン人形のようだった。

「の、のっぺらぼう?」

「それは顔でしょ。ね、違うのよ。私たちは自然に生まれ、そして消えることはなく、生殖や排泄を必要としないから。ごめんね」

 申し訳なさそうな顔で、ホープさんは屈みこんだ。様子が違う、いつの間にかコンビニの制服を着ている。

「でも、こういうことはできるし、手と口でよかったら……」

 ホープさんの温かい右手が、セイヤの芯棒に触れた。

「じゃ、じゃあ、まずはそれで、手でもいい! もう半年出してないんだぉ! それから……」

「あなたの妄想ミッションのメニューは頭の中に入ってるから、慌てなくてもいいのよ」

 ギュウ、とホープさんはセイヤの芯棒を握り締めた。

「あううぅ!」

「思う存分……出して」

「はい!」


 それから、夜が明けるまで、セイヤは半年分のたまり溜まった精を出した。ホープさんの手と口で、それとありとあらゆるシチュエーションで。自分でもこれだけ出るのか、と驚くほどに溜まっていた。白い液体がホープさんの体を汚し、ぬるぬるした裸体に欲情し、再びいきり立った。


「ああぅ、あぅあうぁあああ!」

 叫びながらセイヤは汗と歓喜の涙と白い精を出した。まぐわえなかったものの、これでも十分すぎた。

「ほらほら、まだまだいけるでしょ、今度は何する? 玄関先で宗教勧誘員と……」

 意地悪な笑みを浮かべるホープさんが今まで以上にかわいく、いやらしく見えた。


 そして、いつしかセイヤは眠りについた。夢の中で、ホープさんが『楽しかった、ありがとう』と手を振っていた。


 朝、全裸のセイヤ目が覚めるとホープさんの姿はなかった。不思議なことにあれだけ精を出しつくし、べちょべちょに汚しまくった部屋が奇麗になっており、空になったティッシュの箱が転がっていた。

「全部夢だったのか……」

 と、セイヤの鼻腔を煙草の残り香がくすぐった。デートの時、いつも喫煙席で吸っていたホープさんの煙草の匂いだ。

「じゃあ、本当に……」

 セイヤはテーブルの上に白い何かが置かれているのを見つけた。ホープさんが好きだったホープの箱だ。

「さよならか……」

 夢じゃなかった。本当にホープさんは存在し、この部屋にいた。妄想の世界とか、よくわからない話だったけど、たぶん彼女はもう、コンビニにも来ないし、会うこともないだろう、とセイヤは思った。彼女は彼女の仕事を全うし、セイヤはいつの間にか彼女たちの世界を救っていたのだ。

「亡くした女を想う、と書いて『妄想』か……」

 ホープの箱をじっと見つめ、セイヤはこれまで彼女と過ごした日々のことを思い返していた。そして、なぜか下半身が熱くなっていくのが分かった。

「……勃った!」

 ホープさんのことを思い出し、セイヤは怒張する芯棒を握り、そして悲しさに涙を流しながら


『ヌいた』。



 それから。セイヤは自分の性癖がどこかの世界を救うのならば、とミッションをやめることはしなかった。


 そして時々、煙草の箱だけでも『ヌいた』。もちろん、ヌく銘柄は決まっている。


 性の博愛主義者に、新たな性癖が加わった。


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