第30話

 ぞろぞろと皆でダンジョンへ入っていく。

 中に入ってみれば、木々で形成された通路はかなり広かった。

 樹木を盛り付けるだけではなく、伐採もしているのだろう。冒険者と試験官を合わせて百名ほどが不自由なく進めるほどの幅があるのだ。


「これってさ。こんな幅が必要なほどでかいやつがいるってことかな?」

「それか、今の僕たちみたいに大量の移動を想定してるとかですかね」


 先頭をアンナが一人で行き、その後ろに神官団、冒険者たち、神官団と続く。

 試験まではできるだけ安全を確保するつもりなのだろう。

 ニルマたちは、後ろの方にいて流れに身を任せていた。


「こんな甘やかしてる試験でいいのかなぁ」

「これでいいんじゃないですか。最低限の実力を確認したいってだけでしょうし」


 奥に行けば危険とのことで、ダンジョンの外周付近を歩いていく。

 しばらく行ったところでアンナが立ち止まり、後続の者たちも足を止めた。

 少し先にワーカーがいたのだ。

 このダンジョンにいるのも巨大な蟻型のワーカーだった。


「では、試験について簡単に説明いたしますわ! 各パーティには五名の試験官が付きます。彼らがあなたがたの合否を判定いたしますので、勝手にさっさと進まないように! 彼らが見ていないところでいくら頑張っても無駄なのですわ!」


 ワーカーは口から分泌物を出して樹木に塗りつけているが、大勢でやってきた冒険者たちを気にしている様子はなかった。

 アンナもワーカーは気にせずに試験について話を進めている。

 ワーカーは攻撃されるまで、周囲のことは気にせずに黙々と仕事をし続けるのだ。

 受験しているのは十パーティで、五名前後の構成が大半だ。それぞれのパーティに試験官が五名ずつ割り振られていく。


「試験内容はワーカー一体の討伐ですわ! ちゃんと皆さんで協力して行うように! それぞれの役割を意識するのです! それではスタートですわ!」


 合図と同時に五名のパーティが飛び出して、すぐ目の前にいるワーカーを取り囲んだ。

 当然早い物勝ちで、割り込みは許されないだろう。

 他のパーティも、ワーカーを探すために森の中へと散っていった。


「あれ? 私らの試験官は?」


 ニルマとザマーはぽかんとしたまま立ち尽くしていた。

 なぜか試験官がやってこなかったのだ。


「あなた方の試験は私が担当いたしますわ!」


 どうしたものかと思っていると、アンナがやってきた。


「そうなの? いや、でもなんで?」

「そ、それは、五名で一パーティを担当しているのは、試験外の脅威に対応するためですわ! ですが、私はこれでも特級冒険者。一人で十分なのです!」

「まあ、試験受けられるならいいんだけど」


 アンナが一人で十分なのはわかったが、ニルマたちだけがこの待遇になった理由は説明されなかった。

 アンナは若干申し訳なさそうにしているので、何か言いにくい理由があるのかもしれない。

 だが、問い詰めるほどでもないし、試験には問題はないだろうとニルマは楽観的に考えた。


「じゃあワーカーを探して、倒せばいいんだよね?」

「その通りですわ!」

「これって時間制限あるの?」

「特にありませんわ! ですが持ち込んだ食料が枯渇するなど続行が危ぶまれる場合には試験官の判断で試験を中止することもあります! そのあたりには注意ですわ!」

「じゃあのんびり行こうかな」


 あたりを見回す。

 ここにいるのは、近くにいたワーカーを取り囲む冒険者五名と試験官だけだった。


「あれ見学してもいい?」

「駄目という理由は特にないですわね」


 さっさと他のワーカーを探しに行けとでも言いたげだが、そこまで口出しするつもりはないのだろう。

 ニルマは近くの木のそばに座り、背をあずけた。


「もうちょっと緊張感持ちましょうよ……」


 隣にきたザマーが苦言を言う。


「焦っても仕方がないって。まずはどの程度で合格になるのか確認しとかないと」


 冒険者たちはワーカーを取り囲み攻撃を続けている。

 ワーカーと戦う際に気をつけるべきなのは二つ。顎による噛みつきと、回転する腹による攻撃だ。

 要は前後に位置せず、側面から攻撃すればいい。

 すると、当然ワーカーも顎で食らいつこうと向きを変えてくるし、冒険者はそれを避けてさらに側面へと移動する。つまりぐるぐるとワーカーの周囲を回ることになるのだ。

 一体が相手の場合は、これが定石のようだった。

 このパーティもワーカーとの戦いには慣れているようで、そつなくこなしている。


「そういや神官の子がいるけど、回復魔法以外でどう戦いに貢献するのかな?」


 今のところ誰も怪我はしていないので、回復魔法の出番はない。

 神官は何をするのかと見ていると、時折ワーカーの攻撃が宙で止まっていた。どうやら見えない障壁を出現させているらしい。

 障壁はそれほど頑丈なものではないようだが、一時的に、攻撃を阻害する効果はあるようだ。

 しばらくして、ワーカーが動きを止めた。決着がついたらしい。

 冒険者たちはワーカーを解体し、慣れた手つきで素材を取り出していた。


「あ!」

「どうしました?」

「私らワーカーとかソルジャーを倒して素材を納品してポイントを貯めるってゆー普通のパターンをまったくやってない……」

「……ですね……これで合格したとして大丈夫なんですかね……」


 素材を回収した冒険者たちは、試験官とともに来た道を戻っていった。


「あれで合格ってこと?」


 合格者は船で待機すると最初に言われていた。


「ですわ。私たちは何も難しいことを要求しているわけではありません。最低限戦えるということを示していただければいいだけなのです」

「そっか。じゃあそろそろ探しにいこうかな」


 ニルマは立ち上がり、気配を探った。

 集中すれば遠くの気配もある程度は読み取れる。

 いくつか戦いの気配があったが、それは他の受験者たちだろう。

 なので、まだ攻撃態勢になっていないワーカーを探す必要がある。

 ニルマは、周囲に人がおらず、黙々と作業をしているワーカーを探った。


「こっちかなぁ?」


 生き物の多い森の中では雑音が多く、遠方の気配を正確に読み取るのは難しい。

 なので、なんとなく気になった方へとニルマは歩き出した。


  *****


あとがき


2巻が発売されるのですが、書き下ろし短編とか特典SSでこんなの読んでみたいってのがありましたら、お知らせください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る