第29話

 ミクルマは、正攻法でニルマを倒せるとは思っていなかった。

 ミクルマは神滅大戦がどのように終焉を迎えたのかを知らない。

 だが、ニルマが現在も生き残っているのならば、全ての神々を下したということだろう。

 そんな者に、誰を向かわせたところで勝てるとはとても思えない。

 だが、だからと言って諦める気にもなれなかった。生きているのなら放っておくことなどできはしなかったのだ。

 なので、どのような方法があるのかをミクルマは考えた。

 最初に考えたのは、総力戦だ。

 ミクルマは、イグルド教の信徒を総動員することができる。

 ミクルマが命じれば、部下達は何も聞かずに愚直に命令を遂行しようとするだろう。

 教皇などただの飾りであり、イグルド教の全てはミクルマの手中にあるのだ。

 ニルマを神敵であると認定し、全ての人員を差し向ければもしかすれば倒せる可能性はあるかもしれない。

 一対一では無敵の強さを誇るニルマだが、何十万、何百万という人間が常に命を狙い続けたのなら、何かの隙が生じて偶然にでも致命的な一撃を入れることが可能かもしれない。

 しかし、なんの大義名分もなしにそんなことはできなかった。

 適当な罪をでっちあげてニルマにかぶせることは可能だろう。だが、いくらニルマが憎いとはいえ、そのような正義にもとる行いをすることは矜持が許さなかった。

 それに、これはただの私怨だ。

 無関係の信徒たちを巻き込み、無駄に死なせるなどあってはならなかった。

 なので、手を下すのはミクルマが直々にやるしかないだろう。

 もちろん、使える手は全て使う。信徒を利用もする。だが、それはできる限り、信徒たちに危害が及ばない範囲でだ。

 では、どうするか。

 次に考えたのは、ミクルマが所有する最終兵器の使用だった。

 それは五千年前、神滅大戦において神を倒すために開発されていたものであり、未使用のまま放置されていた兵器を発見し確保していたのだ。

 この兵器を使用するにあたっての問題は二つある。

 一つ目の問題は、こんなものをニルマ一人を倒すために使っていいのかということだ。

 この兵器を使用するには莫大なエネルギーが必要なため、一度きりしか使えない。現在の技術でその兵器に必要なエネルギーを確保することはほぼ不可能だった。

 現状では特に脅威でもない五千年前の聖女を一人葬り去るよりも、ダンジョンの一つでも潰したほうがよほど有益だろう。

 だが、少し悩みはしたものの、ミクルマはニルマに対して使用すると決断した。

 無数にあるダンジョンの一つを潰したところで大勢には影響はないし、これ以外にニルマに通用しそうな手段を思いつけなかったからだ。

 二つ目の問題は、広範囲に影響することだ。

 街中はもちろんのこと、人里近くでも使えない。使うのなら周囲に誰もいない、何が起ころうと問題のなさそうな辺鄙な場所である必要があった。

 ニルマも冒険者をやっているらしいので、ドーズの街周辺のダンジョンへ出かけることもあるだろう。

 そこを狙えば、ダンジョンもニルマも同時に始末できて一石二鳥だ。

 だが、ドーズの街周辺数十キロ程度の場所では安心できなかった。その兵器を使えば、地形が変わるほどの影響がある。下手に使えば周辺の環境は激変してしまうだろう。

 私怨から勝手なことをやろうとしている自覚はあるが、それでもできる限り人々への迷惑を避けたいとミクルマは思っていた。

 なので、ニルマをかなり思い切った場所へと連れていく必要がある。

 ミクルマは、何か利用できる手はないかとドーズの街に関する資料を洗いざらい確認した。

 ニルマ周辺に関心を持っていると周囲に知られるのはまずいのだが、ドーズの街はエルフの襲撃により甚大な被害を被っている。慈悲深い枢機卿が興味を示したとしても不思議ではないと、皆は思うことだろう。

 ニルマが関連していそうな資料を確認していると、国民昇格試験に関するものがあった。

 ニルマは受験資格を得たらしい。

 これを利用できると、ミクルマは考えた。


  *****


 甲板から船の中を通り、冒険者たちは地上に降り立った。

 すぐ目の前に森が広がっている。

 ここはヨルンゲ半島の先端にあたり、そのほとんどがマルハシの森と呼ばれる地帯になっていた。

 ドーズの街から見れば、かなり西の方の地域だ。


「さて。森に入ってすぐにダンジョンと言うわけではありませんので、少しばかり奥に入ります! 試験はダンジョンに入ってからですが、ダンジョンに入る前の森であっても油断なさらないように! そこで何かの被害に遭ってもそれは我々の関知するところではありませんわ!」


 アンナが高らかに宣言して、神官たちと共に森に入っていく。

 冒険者たちはその後についていった。


「うーん。さすがになんでこんなとこで? と思うんだけど……」

「確かに合理的な理由を思いつけないですね」


 試験は、ダンジョンで戦えるかを判断するものらしいので、ここでしか出来ない試験でもないだろう。


「ユニティ聖王国の陰謀とか? 人質にしてなにか交渉を迫るとか」

「冒険者にもなってない50名程度になんの価値があるんですか?」

「偉い人の子供がいるとか? 王子様とかそこらにいるらしいし」

「そこらにいる王子様に価値があるとも思えないですけどね」

「だよねぇ」

「ここからですわ!」


 アンナが立ち止まり、大声で叫んだ。

 冒険者たちも立ち止まり、その先を見る。

 森が一変していた。明確に、そこから先は違うのだとはっきりとわかった。

 樹木が異様なまでに太く、高くなっているのだ。それは自然に成長したものではなく、何かが巻き付き、盛られ、付け加えられたものだった。

 おそらくは、この地におけるワーカーの仕業なのだろう。

 森がダンジョンと聞いたとき、ニルマはどのようなものか想像できなかったが、こうやって見てみればよくわかる。

 樹木が巨大化して融合し、さながら迷宮のようになっているのだ。


「さて。試験ですが、皆でダンジョンに入り、1パーティごとにワーカーと戦っていただきますわ! その様子を見て合否を判断いたします。合格者の方は船に戻って待機ですわ!」

「なんか、試験って割にはすごくアバウトだよね……」

「そこ! 何かおっしゃいまして!?」


 ニルマがぼつりとつぶやくと、アンナに睨まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る