第28話
試験会場は当日まで秘密にされているが、徒歩で数日以内に到着できるダンジョンが選ばれるのがこれまでの慣習だった。
だが、飛行艇を使うとなれば、かなりの範囲が試験会場の候補となりうるのだ。
もっとも、ダンジョンに応じて試験対策を講じなければならないほど難易度の高い試験でもない。
大半の者にとっては試験会場がどこだろうと問題ではなく、降って湧いたような役得を楽しむつもりのようだった。
「おお。近くで見るとやっぱりでかいねぇ」
アンナに続いて冒険者たちが飛行艇へと向かう。
間近までやってきたニルマは飛行艇を仰ぎ見た。
基本的には船の形をしていて、船体の横に大きな翼が付いている。船底は平面になっているので、グラウンドに停泊していても安定感があった。
船体が白いのは、ユニティ聖王国をイメージした配色なのかもしれない。
入り口は船底近くにあるがこれもかなりの大きさで、大量の荷物の出し入れが簡単にできそうだった。
中に入り、長い折り返し階段を上っていくと、甲板に出た。
「皆さんはこちらで到着まで待機をお願いしますわ! 甲板での行動は自由ですが他には行かないようにお願いいたします。特にこちらから便宜を図ることはございませんのでご注意くださいね。もっとも、皆さんは遠征に出かけられるつもりだったかと思いますので、水や食料は持参しておられると思いますが。あ、さすがにそのあたりで粗相をされると困りますので、甲板にあるトイレはお使いください」
アンナはそう言って、甲板の中央にある巨大な建物に入っていった。
そこが司令塔的な施設なのだろう。
神官の何人かは甲板に残ったので、念のための見張りなのだろう。この時代には飛行艇が普及していないので、この船はかなり貴重な物のはずだ。様々な機密が至る所にあるのかもしれない。
そうなるとたかが冒険者の試験のために船を飛ばすなどおかしいような気もしてくるが、ニルマは特に怪しんではいなかった。
イグルド教も気前がいいな、と思うぐらいだったのだ。
「あれが回って飛ぶのかな?」
船の上部には巨大な柱が何本も立っており、その先端には巨大なプロペラが付いていた。
ニルマが見上げていると、それらが一斉に回転をはじめる。
すると、飛空艇は少しずつ浮き上がりはじめた。
「おお! 飛んだ! すごい!」
「プロペラの力だけで、こんなに巨大な物が浮くものなんでしょうか」
「さすがに無理なんじゃない? 魔法とか使ってんじゃないかなぁ」
どれだけ勢いよく回そうとプロペラだけでこの規模の船が浮き上がるとは思えない。プロペラは補助的な役割だろうとニルマは推測した。
船はどんどんと上昇していき、やがて雲を越えてさらに上空へと達した。
「寒くなるかと思ったらそうでもないんですね」
「甲板に人を放り出したまま空を飛ぶなんて無茶だと思ったけど、外部の影響を受けないようになってんのかな」
このまま飛行すればすさまじい突風が吹き荒れそうなものだが、そもそもプロペラが回っていても風は吹いてこなかった。
つまり甲板上でも過ごせるようになんらかの対策が取られているのだ。
「これ。動いてるんだかどうだかよくわかんないですね」
ニルマは舷側から身を乗り出して下を見た。
そこには雲しか見えないし、風も吹いてこないので船が進んでいるのかはよくわからなかった。
「うん。飛び始めた時は凄いと思ったけど、飛んでる間は特に変化はないし暇だね。じゃあ寝とくから着いたら起こして」
ニルマは荷物から寝袋を取り出して広げ、中に入って寝ることにした。
*****
「着きましたよ」
ザマーの声でニルマは目覚めた。
「どれぐらい経った?」
「4時間ほどでしょうか。今は正午を少し過ぎたぐらいです」
寝袋から出て周囲を見回す。
船の左舷側に鬱蒼と生い茂る森が見えた。反対側には海が広がっている。船は、海岸のあたりに停泊しているらしい。
ニルマには見覚えがまったくない場所だった。
もっとも、ニルマがこの時代で知っている土地などほとんどないので、わかるのはドーズの街周辺ではないというぐらいだ。
到着したなら何か伝達があるのだろうと待っていると、アンナとその手下たちがやってきた。
冒険者たちは、アンナの前に集合した。
「さあ! 試験会場に着きましたわ! ここはヨルンゲ半島にあるマルハシの森! その広大な自然の迷宮は今も攻略が進んでおらず、難攻不落と噂されておりますわ!」
冒険者たちがざわめいた。その顔が青ざめているように見えるので、よほどの難易度なのだろうと想像できる。
「もちろん! 攻略を進めろなどと無茶は申しません! 試験としてはダンジョンに入ってすぐのところにいるワーカーなどと戦っていただくだけのことです。合格と判断されましたなら、すぐに退場していただきますわ!」
試験の概要が示され、冒険者たちは落ち着いたようだった。
どのダンジョンでも外周部に強力なモンスターがいることはほとんどないのだ。
だが、その程度の試験なら、もっと手近なところにあるダンジョンでもいいだろう。
ニルマはようやくこの試験に対して違和感を覚えた。
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