第15話

 冒険者登録をした翌日。

 ニルマたち三人は、再び冒険者センターへと向かっていた。

 ポータル核の換金をするためだ。


「今回はなんとなく、うやむやな感じになりましたが……もう少し慎重にお願いしますね」


 王族に手を出したニルマだが、今のところは問題になっていないようだった。

 国民のほとんどが冒険者のこの国では、比較的暴力に対する目が甘いところがあるのだ。

 とはいえ、法に照らせば、街中でいきなり暴力を振うのは罪に問われる行いだ。

 だが、やられた本人が訴え出ていないし、いつもガルフォードに挑発されて苛ついていた街の者たちがガルフォードを擁護するわけもない。

 王族に対する暴力そのものが問題となりそうなものだが、王家は街にいる格下の王子たちには不干渉の立場を取っている。

 なので、ニルマを罪に問おうとする者はいない状況だった。


「わかった。次からは誰にも見られないところでする」

「そういう問題では……えーっと、そうするしかないんですね……」


 神を侮辱されたのなら、殺すか撤回させるかしかない。それ以外の選択肢がニルマにはないのだ。

 なので、あとは事後処理をどれだけうまくやるかということになる。

 ザマーはそれを一瞬で悟ったのだろう。


「換金はこちらですね」


 冒険者センターに着き、セシリアが引き取り所へと案内した。

 そこには何人かの列が出来ている。ニルマたちはその後ろに並んだ。


「ここって核以外にもいろいろ引き取ってくれるんでしょ?」

「そうですね。主な所では、ワーカーの生体炉でしょうか」

「生体炉……不思議生物だねぇ」


 ワーカーは体内にエネルギー源を持っている、生物のような機械のような存在だった。

 取り出した炉は、特定の刺激を与えると継続的に熱を発生するので、都市では様々な方法で活用されているらしい。

 しばらく待っていると順番が回ってきたので、ニルマたちは受付の前に座った。

 セシリアが二つに割れているポータル核を差し出すと、すぐに鑑定結果が告げられた。


「アイアンフィストのセシリア様ですね。今回のポータル核の報酬は1200ポイントとなります。6名パーティですので、一人あたりの報酬は200ポイントとなります」


 冒険者登録受け付けの担当は、ポータル核は最低でも1000ポイントになると言っていた。

 それよりは多いが、やはりあのダンジョンの難易度は低いほうだったのだろう。


「他の五人死んじゃってるんだけど、それはどうなるの?」

「セシリア様の取り分はあくまで200ポイントですね。他の方の分は、それぞれの口座への振り込みとなります。死亡されていたとしても、そのようになっております」

「なるほど……そうじゃないと、独り占めしたいがために仲間を始末する方も出てきそうですしね」


 ザマーが納得していた。


「ん? だったらパーティを抜けて、一人で持ち込んだら大儲け?」

「なんで、そんな小狡いことを考えるんですか……」

「あ、パーティの変更はそう簡単にはできないんです。なので、私もしばらくはアイアンフィストのままですね……」


 パーティー名を気に入っていないのか、セシリアは苦笑した。


「抜け道は色々ありそうな気がするけどなぁ。例えば人を雇って……」


 そんなことを言っていると、受付の人が渋い顔になっていた。

 小細工じみたことを言うのもほどほどにしたほうがいいかとニルマは反省した。


「現金でお受け取りになられますか?」

「はい、お願いします」


 報酬ポイントは、準国民の間は昇格に使用されるが、国民となった後は換金できるようになる。

 1ポイントが1万ジルになるとのことだが、ニルマにはまだ、1ジルがどの程度の価値をもつのかがぴんとこなかった。

 二百枚の1万ジル紙幣が用意され、受付テーブルの上に置かれる。

 セシリアはそれを震える手で受け取った。

 どうやら、結構な金額のようだ。


「借金はそれで返せるの?」

「いえ……現時点の総額が400万ジルほどのはずです」

「利子とかはどうなってんのかな。まあ、一度あいつらのところにいくしかないか」


 もともとが信者に借りた金ということなので、それほど無茶な契約内容ではないはずだが、チンピラどもに債権が渡っているのは不安の種だ。

 何にしろ契約書類を確認しないことには正確なところはわからないだろう。

 ニルマたちは教会へと戻ることにした。


  *****


 教会に戻ると、ホワイトローズの面々が待っていた。


「随分と街の中を探し回ったわ!」


 ホワイトローズのリーダー、レオノーラが不機嫌そうに言う。

 聖堂の中でニルマたちが帰ってくるのを待っていたのだ。

 マズルカの知名度は低いらしいので、ここを探すのが大変だったのだろう。


「あー、ごめんね。思ってたのと状況が違うみたいでさ。この話はなかったことにしてもいいけど?」


 イグルド教のようなマイナー宗教から、マズルカに改宗するのはそれなりにメリットのあることだろうとニルマは思っていたのだ。

 だが、実情はそうではなかった。現在ではイグルド教こそがメジャーであり、マズルカがマイナーだったのだ。

 彼らにとって、マズルカに改宗するメリットなどほとんどなく、これではただの嫌がらせのようなことになってしまう。


「所属教会からは除籍してもらったから今更遅いわよ? それにもともと敬虔な信徒ってわけでもないから、教会なんてどこでもいいしね」

「都合がいいときだけ祈りはするが、別に神様なんて信じちゃいねーしな」


 自嘲するように言うのは大剣使いのトーマスだ。

 聖職者としては、褒められた態度ではないと説教するべきなのかもしれないが、マズルカ教はそれほど厳格な宗教ではない。

 ニルマは、一般人はそんなものだろうと大して気にはしなかった。


「で、あんた聖女なんだってな。改宗の儀式はあんたがやってくれるのか?」


 聞いてきたのは、弓使いのシントラだった。


「え? あ、そういや、改宗って何するんだっけな……」


 まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかったニルマは、少しばかり焦った。


「……ニルマ様……そんなことも知らずに、改宗を迫っていたんですか……」


 ザマーが冷たい目でニルマを見ていた。


「そんなこと言われたってさ! 事務的なことは、聖導経典がほとんどやってくれてたし、私が覚えるようなことは特になかったからさ!」

「聖導経典ってなんですか? 聖典の一種なのでしょうか?」


 セシリアが興味深そうに聞いてきた。


「えーっとね。本なんだけど、表紙に顔が盛り上がっててそれが喋るの。で、ふわふわと浮いてて人の周りをうろうろしてんのよ」

「戦い以外ではまるで頼りにならないニルマ様のような聖女をサポートして、どうにか聖職者っぽくする補助ツールですね。あれがあると、聖女様本人は黙って突っ立ってるだけですむんです。そういえば、ニルマ様にも専用の聖導経典があるはずですが……?」


 今更気付いたのか、ザマーは首をかしげていた。


「えーっと……寝る前に、重しをつけて海に沈めた……」

「はぁ!?」


 信じられなかったのか、ザマーは裏返った声で叫んだ。


「だって、あいつうるさいしさ! あんなのが側にいたら寝てられないって!」


 結局、改宗に関する儀式はセシリアが行うことになった。

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