第14話
ガルフォードとその手下たちは、受付近くの席に陣取っていた。
休憩しているだけかとニルマは思っていたが、わざわざニルマたちの登録が終わるのを待っていたようだ。
「ああ……目をつけられてしまいました……」
セシリアが暗い声で言った。
「え? 別に私なにもしてないよね?」
ニルマは小声で聞き返した。
ただ先に冒険者登録をしていただけだし、それも途中で先を譲っている。
注目される要素などないはずだった。
「運が悪かったとしか……ガルフォード様は、目に付いた人に絡んで、刃向かってきたらこれ幸いと返り討ちにするのを日常的に繰り返しているんです」
「私が美少女すぎるから注目されるのは仕方がないとして、王子にしてはしょーもないやつだね」
「美少女……」
ザマーは何か言いたげだった。
「まあ相手にしなきゃいいんでしょ」
そんな遊びに付き合う必要もないだろう。
ニルマはとっとと換金に向かおうとした。
「その格好からすると、神官か。神器とは神がもたらした奇跡だというのに、その体たらくか! 神に見放されているのではないか?」
ニルマは気にせず移動したが、ガルフォードはわざわざついてきた。
「神官などダンジョンではなんの役にも立たぬ無用の長物だというのによくも堂々と冒険者登録にこれたものだ。回復などポーションがあれば事足りるというのに、わざわざお荷物の貴様らを必要とする者などいるわけがなかろうが。どんな気分なんだ? 誰にも必要とされていない回復魔法などを惨めに修行するのは?」
「そうなの?」
ニルマはセシリアにこっそりと聞いた。
「そうですね……最近の回復ポーションはすごく性能がいいとのことですので……」
「うーん。じゃあやっぱり教会で回復魔法を教えてる場合じゃないような……」
セシリアの計画で教会の経営を建て直すのは根本的に無理がありそうだ
「いや、神官じゃないのか? こんな神官服は見たことがない。紛い物を着ているだけの偽物か」
どれだけ暇なのか、ガルフォードはしつこかった。
「その……あれは、マズルカ教の神官服です……」
先ほど殴られた女性が、おずおずと言う。
「ほう? よくそんなものを知っていたな」
また殴るのかと思えば、ガルフォードはにやりとしただけだった。
挑発するネタが手に入ったのが嬉しかったのだろう。
「マズルカか。聞いたこともないな。お前のような低能が仕える神だ。よほどのゴミのようなやつなのだろうな! そんな小汚い神などより、俺を拝んだほうがよほどご利益があろうというものだ!」
ニルマは、ぴたりと足を止めた。
「あーあ……知りませんよ、どうなっても……」
それは安い挑発でしかない。
分別のある大人なら無視しろと言うだろう。
あるいは、それを飲み込んで度量の広いところを見せろと言うかもしれない。
だが。
許してはならない言葉がある。
それを言ったなら、行き着くところまで行かねばおさまらない言葉がある。
相手が富豪だろうと貴族だろうと王族だろうと、言わせてはいけない言葉がある。
たとえ罪に問われようと、死んでしまおうと、言わせたままにはしておけない言葉がある。
神への侮辱。
それは、ニルマにとって決して越えてはならない一線だった。
ニルマは挑発にのった。
無視するなど、ありえなかった。
その場に、ニルマの動きを捉えられた者はいなかった。
足を止めたと思いきや、ニルマはガルフォードの喉を掴んでいたのだ。
「殺しちゃだめですからね」
「殺さないよ。殺したら説教ができない」
ザマーの忠告に、ニルマは静かに返した。
怒ってはいるが、冷静さは失っていない。
怒りにまかせていては、十全に力を発揮できないからだ。
「貴様!」
何が起こったのかすぐにはわからなかったのだろう。
ガルフォードの手下はようやく動きを見せた。
「邪魔すんな」
その一言で手下たちは動けなくなった。
邪魔をすれば殺す。
その決意をこめて放った言葉は、殺気だけで手下たちを縛り付けた。
「ぐ……貴様! この俺によくも……」
ガルフォードがうめく。
ニルマはガルフォードを投げ捨てた。
壁に激突し、壁をぶち抜いて、ガルフォードが転がっていく。
ニルマは、壁に出来た穴を通り抜け外へ出た。
そこは、何もない、整地されている広場だった。
訓練施設があるとセシリアが言っていたので、運動場なのだろう。
「おのれ! ただですむと思うなよ!」
壁にぶつけられただけで満身創痍という様子だが、まだあきらめてはいないようだ。
ガルフォードが懐から短剣を取り出した。
かすかに神気を感じるが、神器だとすれば心許ない限りなので、ミニチュアかレプリカといったところだろう。
ガルフォードが、短剣を鞘から抜き放つ。
途端にガルフォードの雰囲気が一変した。
これが、神器の起動なのだろう。先ほどまでとは別人のように力があふれている。
「それがどうした」
ニルマは無造作に間合いを詰めた。
ガルフォードの腕を掴み握り潰す。
同時に蹴り出した足は、ガルフォードの脛を粉砕した。
斧刃脚。
ニルマのそれは文字通り、斧の如き力を発揮する。ただ踏み下ろすように蹴っただけで、ガルフォードの脛が分断されたのだ。
ガルフォードは左足を失い、その場に崩れ落ちた。
「え? な?」
神器の力の為か、苦痛はそれほど感じていないらしい。
ニルマはガルフォードから短剣を奪い取った。
手に取ると、それが怯えているのがわかった。測定器の中にいた何かと同じだ。
短剣は停止した。ニルマが握り潰そうとしたのを悟り、無駄な抵抗をやめたのだ。ニルマは短剣を放り捨てた。
「うわあああああああああっ!」
痛みを感じるようになったのか、ガルフォードは絶叫した。
「うるさい」
震脚。
ニルマがガルフォードの傍を踏みつけると、運動場が揺れた。
当然、ガルフォードもただではすまない。衝撃で為す術もなく吹き飛ばされた。
「その薄汚くて臭い口は閉じてろ」
ニルマがゆっくりと、ガルフォードに近づいていく。
ガルフォードは、動く方の手で口を押さえた。
苦痛に呻いていては殺されると思ったのだろう。
「なあ? お前は自分が何を言ったかわかってんのか?」
ニルマが、ガルフォードの元にたどり着き、見下ろす。
ガルフォードは何度も首を縦に降った。
「だったら何を言えばいいのかわかるよな?」
口を開く許しを得たと思ったのか、ガルフォードは堰を切ったように喋りはじめた。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! マズルカの神の御名を汚すようなことを言ってしまい大変申し訳ありませんでした! この罪は必ず償いますので、だ、だから、殺さないで!」
ガルフォードは怪我をしていることなど気にせずに、額を地面にこすりつけた。
「わかった。反省してるならいいよ」
ニルマはあっさりとそう言った。
「へ? それは本当に……」
こんなに簡単に許してもらえるとは思っていなかったのだろう。ガルフォードはきょとんとした顔になっていた。
「ただし。謝る相手は私じゃないってのはわかるよね? だから、明日から一月の間、教会に来て礼拝しなさい」
「はい……わかりました……必ず伺わせていただきます……」
「セシリア-! こっちきてくれる?」
大声で呼びかけると、セシリアがやってきた。
「はい、なんですか?」
「こいつの怪我治してやってよ」
「え? こんな大怪我、とてもじゃないですけど治せないです!」
ガルフォードは右腕が潰れて、左足の膝下がなくなっている。
だが、この程度で大怪我もないだろうとニルマは思っていた。
「え? でも、回復魔法で足くっついたりするんでしょ? エルフがやってるのみたよ?」
「それは高等魔法だからですよ! 普通の神官はこんなの治せません!」
「えー!? 治せると思ったから、ちょっとぐらい壊してもいいかなって……」
「とにかく、教会に連れて行きましょう! お母さんならなんとかできるかもしれません!」
結局、ローザの手によって、ガルフォードは事なきを得たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます