記録の洞窟
鉱石竜たちの骨が埋まる洞窟は、乳白色の優しい輝きに彩られていた。その輝きから浮かび上がるように無数の文字が洞窟の壁には刻まれている。
それは、リアンノンの知らない言葉だった。文字だけではない、鉱石竜を描いたと思われる古い絵もその洞窟にはいくつも刻まれている。
「これは……」
天井にまで刻まれた美しい文字の羅列と竜たちの壁画にリアンノンは言葉を失っていた。これは、いったい何なのだろうか。眺めていると、不思議と懐かしい気持ちになってくる。
「ここは、パパたちの一族の歴史を記した場所なんだ。パパたちの言葉で記された、パパたちの歴史。僕は、その文字をパパから教えてもらった」
「パーシヴァルは、この文字もわかるのっ?」
「僕は君たちの言葉だってわかるんだよ。そんなの簡単だって」
驚きにリアンノンはパーシヴァルを見上げる。彼は不機嫌そうに玻璃の眼を歪めてみせた。その眼に真摯な光を宿し、パーシヴァルは言葉を続ける。
「ここに書かれ言葉を、君たちの言葉に直してほしい。ここにはパパの一族の記録が書かれている。その人たちの記録を君の手で回顧録にしてほしいんだ」
「これを全部……」
リアンノンは文字の刻まれた乳白色の壁に触れる。壁の文字はどことなく太古に使われていたという楔形文字を思わせた。
「僕たち竜が刻んだ言葉もここには混じってるんだ。爪でも書きやすいように、パパたちのご先祖様が工夫してくれたの」
「でも私、この文字は……」
こんな文字をリアンノンは今まで読んだことがない。パーシヴァルに書き方を教えてもらうにしても、かなりの時間がかかることは目に見えていた。
「大丈夫、僕も手伝うから。それが、聖王さまとの約束なんだ」
「約束?」
パーシヴァルの発言を聞いて、リアンノンは彼へと振り返っていた。
「君にパパの一族の回顧録を書いてもらう代わりに、僕は自分自身を聖王さまに売った。君が回顧録に使用した鉱石竜の鱗は僕のものだよ。その代わり、聖王様は何でも一つだけ好きなことをしていいって僕に言ってくれたんだ」
「なんなのよ、それ」
あまりにも、無茶苦茶すぎる約束だ。
ぎょっと眼を見開くリアンノンに向かって、パーシヴァルは首を横に振る。
「僕が言ったんだ。そうしてくださいって。聖王さまはパパに僕のことを任されたんだって。パパのいる貧窮院にあの人が慰問でやってきたことがあって、パパはあの人に僕のことを託したんだ。その約束を守るためにあの人は、パパが死んだあと僕のところに来た。回顧録を編む君のこともそのときにに聞いた」
「ごめんなさい……。あんな回顧録しか、編めなくて……」
「そんなことない。君はパパを知らないんだもの。だから、君にパパを知ってもらおうと思った。聖王様は言っていたんだ。君は、人の悲しさが誰よりも分かる人だって。でも、そのせいでどうしようもなく独りぼっちだって。だから僕は、君に頼みごとをしようと思った」
パーシヴァルの頭が静かに下げられる。彼は眼を伏せ、言葉を発する。
「羊飼いリアンノン・プレデリ。僕を君の弟子にしてほしい。僕はパパたちの回顧録を編むために羊飼いになりたいんだ」
パーシヴァルの言葉にリアンノンは何も言えなかった。彼が自分の身を売ってまでやりたいことを聞いて、リアンノンは衝撃を受けたのだ。
自分はなりたいと思って羊飼いになったわけではない。そんな自分にパーシヴァルは頭を下げて教えを請うている。
「私は、そんな立派な人間じゃない……」
思いが言葉になる。恵まれた人間たちばかりが素晴らしい回顧録を編まれるのを見て、不満を覚えていた自分。そんな不満を仕方ないとあきらめていた自分。
リアンノンは自分を立派な人間だと思ったことは一度もない。自分の身を売ってまで、愛する父親のために回顧録を書こうとするパーシヴァルの足元にも及ばない。
それでも、そんな自分でも彼の役に立てるなら、自分は彼に協力すべきだ。
「でも、そんな私にもできることがあるなら、手伝ってもいいかしら?」
リアンノンの言葉に、不安げだったパーシヴァルは顔をあげる。リアンノンは纏っていたスカートの裾を掴み、優美にお辞儀をしてみせた。
「羊飼いリアンノンは、鉱石竜パーシヴァルのために回顧録を編むことを精霊王に誓います。パーシヴァル。あなたはもう、立派な羊飼いだわ」
「リアンノン……」
パーシヴァルの顔に笑みが浮かぶ。彼はそっと顔をリアンノンに近づけてきた。リアンノンはそんな彼の頭を両手で抱きしめてみせる。
「もうあなたは独りじゃない。私が側にいるから。一緒に、回顧録を編みましょう」
「うん……」
ぎゅっと彼の頭を抱き寄せ、リアンノンは囁く。その言葉に、パーシヴァルは優しく返事をした。
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