贈る言葉
先輩、あの、初めまして。いっこ下の〇〇っていいます。
今日はちょっと、どうしても先輩にお伝えしたいことがあって。
……こんな日に「初めまして」なんて言われても困っちゃいますよね。
誤解されたくないので先に言っておくんですけど、これは告白とかじゃないんです。罰ゲームとかでもないです。誰かにやらされたりだとかそういうのでもなく、物陰で私たちの様子を見てる友達はいません。
私が個人的に先輩とお話したい、と思って声をかけたんです。
で、あの……本題なんですが。
なんて言ったらいいんだろう……
私、その、感情だけはあるんですけど、それが言葉になる前に言葉にしようとしちゃうとこがあるんですよね……。ごめんなさい、ちょっと待ってくださいね……
…………………………。
そう……ですね、あの、全然言葉はまとまってないのでわけのわからない言葉になるかもしれません。でもとりあえず、今の私の感情をお伝えしたいので、このまま話しますね。
私、先輩に感謝してるんです。
ありがとう、って言いたいんです。
私、先輩がなに部に入ってるのか知らないんですけど……調べたりしてなくてすみません、そこは興味なかったので……先輩、たまに放課後、あの、体育館横の石垣のとこにいますよね。
私、手芸部なんですが、手芸部は専用の部室とかなくって、3年生の教室で活動してるんです。3年生の教室は、体育館横が見えますよね。だから私、たまに窓の外ぼーっと眺めてて。先輩をたまに見つけるんです。
先輩がなにをしてるのか、私はそんなことにはまったく興味はないですし、ぼーっと編み物しながら見てるので、すごく集中して見てるっていうわけにはいかないんですけど……先輩を見てるとすごく落ちついたんです。
なんでなんですか?
……先輩にもわかんないですよね。他の人に言われませんか?
……そうですか。わかってないなー。
で、えっと、話を元に戻しますね。先輩を見てるとすごく落ちつくんです。今もそうです。正しくは「先輩を見てると落ちつく」じゃなくって、「あ、あの人見てると落ちつくなー。あ、あの人も。……もしかしてあれ、毎回同じ人かな」って感じで、先輩の存在に少しずつ私は気づき始めたんです。
これは私の仮説なんですけど、先輩の中から放出されてるなにかしらの周波数を受け取るパラボラアンテナが、他の人には装着されてなくって私にだけ装着されてる。って感じで。「あっ、落ちつく!」って思ったらそういうときは先輩が周りにいた。んです。
…………えっと……。
話はここで終わりです。
その、すごいしり切れとんぼですよね。でも、ほんとに、これ以上、なんていうんですか、劇的ななにかがあったわけじゃないんです。めっちゃ緊張してたときに先輩を見て助けられた、とか、そういう類いのドラマチックな出来事はまったくなくって。
ただ、私は、根拠のない完全な安心感を与えてくれた先輩に対して、お礼が言いたくって。
まったく理論的でもなく感情的でもなく、先輩がただそこに存在してた、っていうだけで、私は安心感を抱けていました。
……わけわかんないですよね。ごめんなさい。でも、これは本当にお伝えしておかなきゃ、と思って。もし先輩がその自分の魅力……魅力といっていいのかもよくわかんないですけど、魅力に気づかないまま過ごすのは、なんだかすごくもったいない気がしてしまったので。
……はい。すごい、ぜんぜん言葉がまとまらなかった。あはは。
こんなの、なかなかないですよね。私も誰かに言われてみたいなー。
……第3ボタン? ふふ、余ってるんですか?
んー、でも、どうだろう。私、先輩のことが好きなわけじゃないからなー。先輩のことを好きな人に申しわけないですよ。
それに、たぶん、第3ボタンだけじゃあ、私はあの安心感を思い出すことはできないと思います。第3ボタンの中には先輩の存在が包み込まれているわけではないので。
それよりも、あの。なるべくあの……駅前の商店街。あそこをときどきうろついてもらってもいいですか?
私、あのへんに住んでるんです。
もしかしたら、たまにすれ違って、安心感を感じれるかも。
……そういうほうが、なんかステキじゃないですか。
あ、答えは言わなくていいです。私も期待はしないので。
期待してそれが外れると悲しいですけど、期待してないところに急に安心感がやってきた方が嬉しいじゃないですか。それにだいいち、先輩にはなんのメリットもないお願いですし。
……時間ですか?
そうですよね。そろそろ……長いことお話してごめんなさい。
でも、これだけは最後にもう一度。
先輩、この学校にいてくれて……私にときどき安心感を与えてくれて、ありがとうございました。
……ふふ、こんなお礼の言い方、あります? たぶん私、こんなお礼言うの人生で今だけですよ。
……あ、そういえばこれ、言い忘れてましたね。
ご卒業、おめでとうございます。
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