第28話「閃治郎、蘇リシ五条大橋デ羅漢ト相討ツ」
闇夜の中を、
ひた走りに走る背にはもう、仲間の激闘が聴こえない。
だが、
ただ仲間の勝利を信じ、なすべきことをなす。
先を進む
「クッ、見ろ閃治郎! あれが恐らく、ロキ神殿だ。なんと
いちいち芝居じみた声音だが、桜蘭にも焦燥感が見えた。普段から
眼の前の小高い丘にある廃墟に、恐らく捕らえられているのだ。
しかし、閃治郎たちは脚を止めた。
「セン、あれって」
「
丘へと続く道は、上り坂となって真っ直ぐ伸びている。
その先で、渓谷を超えるための
見るも
腕組み立ち塞がるは、
「クッ、斬るか……閃治郎、お前たちは先に……閃治郎?」
振り向く桜蘭の横を、閃治郎はすり抜け歩み出る。
そっと真琴の手を振りほどき、吊橋の前で弁慶を
まさに、ここが異世界に甦った
閃治郎は一度大きく息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出す。
「桜蘭殿、真琴殿をお頼み申す。真琴殿は
「ま、待て閃治郎」
「この場は僕が引き受ける。一気に走り抜けてくれ……必ず僕もあとを追う」
「……フン、殺し文句だな。いいだろう、真琴とやら! 行くぞ!」
ギシリ、と木の板が鳴る。
橋の上へとゆっくり、閃治郎は歩みを進めた。
構えもなく、腰の剣に手を
その横を、全速力で桜蘭が駆け抜けてゆく。その背を追う真琴は、一度だけ閃治郎を振り返った。
「センッ! 先に行ってるから……待ってるから! わたしも、リシアも! センを待ってるから!」
静かに
二人の少女は、弁慶の横をすり抜け、対岸の坂を登り始めた。
やはり、弁慶は妨害してこなかった。
この
だが、最強の門番であることには間違いない。
閃治郎だけは通さぬ、そういう覇気が弁慶には
「……桜蘭殿を行かせてよいのか、弁慶殿」
「
「では、
「知れたことよ! ……
「……弁慶殿の手にかかるほうが幸せと言われるか」
「同じ死ぬならば、人として
それが、死して
だが、閃治郎には
「なにゆえ、義経殿の非道に手を貸す! サムライならずとも、人の道に背いた所業だ!」
「……まあ、そうだなあ。俺とて無法者の
弁慶は背の
閃治郎もまた、激突は不可避と見て腰の剣を左手に引き寄せる。
「義経様は人の道など、狭過ぎる。それがあの方の強さ。だが……共に歩める者などおらぬのだ。それは、とても寂しいことだと思わんか」
「ならば、仏の教えで人の道に戻してやるのが道理とは思わないのか」
「
ドン! と弁慶が、足元を踏み締めた。
激しい振動で、吊橋が揺れる。
どっしりと構えた弁慶は、まるで山だ。
大きく揺れる橋桁の上で、閃治郎は
「さあ、いざいざ! かかってこい、閃治郎!」
「……では、
まるで荒波の上の船板だ。
だが、さながら海面を舞う水鳥のように、軽やかに閃治郎は飛び出した。
肉薄の距離ならば、薙刀のような
新選組の本隊などは、室内戦闘に特化し
道幅は広いが、左右に逃げ場のない橋の上である……
「ガッハッハ! そうきたか!」
地を
一撃必殺――の筈、だった。
吊橋がより激しく、傾くほどの揺れに
「しまった! 態勢が」
「仕損じたなあ、仕損じた! そんなナマクラでは、俺は倒せんぞ! まして、義経様に挑むなど笑止!」
弁慶の一撃は、あっさりと足元を吊るす縄を引き千切った。
大きくバランスを崩した吊橋が、閃治郎の一撃を大きく歪めたのだ。
そして、さらなる驚きの一撃が襲い来る。
「なっ……なんとぉっ!」
閃治郎は
弁慶は迷わず、今しがた振り抜いた薙刀を投げつけてきたのだ。
態勢を崩しつつ踏ん張る閃治郎は、無理な姿勢を強いられた。
そこへ、今度は巨大な
「かすっただけでもただではすまんぞ! だが、避ければ!」
居合の一撃を放ったあとで、閃治郎の剣に空白の一瞬が生まれていた。
神速の
だが、瞬時に閃治郎は剣を逆手にくるりと持ち替えた。
京都でもののけと戦い、無数の
いよいよ崩壊してゆく吊橋の上で、死闘は続いていた。
「落ちればただではすまない……それは弁慶殿も一緒!」
「おうよ! いわば、俺とお前とは
閃治郎は、揺れる足元へと剣を突き立てた。
それを支えに身を安定させる。
そう、なによりも自分を守ることを優先したのだ。
そんな彼を
だが、大きく傾き足場はまるで絶壁のよう……その上に自分を固定したのは、生き残るため。そして、その先の戦いへ向かうための勝利が見えていた。
「
「……僕は、死にたくない」
「その保身の心こそが弱さよ! 死中に活を求めたくば、捨て身の気迫が――」
「僕はっ! 死ねない! 生きて仲間を救うため……死んではいけないんだ!」
そう、命を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ……その先に生を望む者こそが、恐れを知らぬサムライとなれるのだ。
だが、閃治郎は怖い。
死ぬのが怖いのではない。
仲間が失われるのが恐ろしいのだ。
だからこそ、死よりも厳しい戦いへと飛び込むために、勝機に全てを賭ける。
命は捨てるものではなく、燃やすもの。
見開く目に光を走らせ、閃治郎は片手で鞘を握った。
「奥義っ、
「――ガハァ! ば、馬鹿な……鞘を」
居合の使い手に取って、鞘こそが剣と対となる武器。それは、単に刃を収める以上の使い方があるのだ。
鈍い音と共に、骨が砕かれる感触が伝わってきた。
だが、弁慶は倒れない……
「鞘をも第二の剣としたか。見事! さあ、ゆけ……もう橋が持たぬ。義経様には、お主のような者との戦いこそが必要なのだ」
「弁慶殿っ、なにを!」
「だが、忘れるな小僧! 剣と鞘は表裏一体、抜刀術は鞘がなければ成立せぬ。その鞘さえ武器にするお主をもう、義経様は見切っておる。ガハハッ! さあ、ゆけい!」
最後の
「むっ、弁慶殿っ!」
振り返るともう、そこに吊橋はなかった。
渓谷を吹き抜ける冷たい風だけが、
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