第26話「閃治郎、武士道ニ物申ス」

 謎のエインヘリアル、義経ヨシツネを討伐する計略は破られた。

 そればかりか、将門マサカドに続いて足利アシカガまでがソウルアーツを奪われてしまったのである。

 その場にいながら、みすみす義経を取り逃がしてしまったことを、閃治郎はいても悔やみきれない。それほどまでに、退路を守りつつ下がった弁慶ベンケイの手並みは見事だった。

 そして、天覧武芸祭てんらんぶげいさいはさらなる悲劇をもたらしていた。

 今、長い夜の始まるを告げるヴァルキリーたちの声が、叱責しっせきとなって突き刺さる。


「なんたる失態! このヴァルハランドがつくり出されて以来の、恐るべき災いです!」

「エルグリーズ、貴女あなたの担当するサムライのの者たち、その全員の責任ではありませんか?」

「敵をおびき出すはずが、逆に手玉てだまに取られたばかりか……!」


 そう、義経の方が一枚も二枚も上手だったのだ。

 戦いのために戦う狂戦士いくさぐるいいくさ妄念もうねんに取りかれし若武者は……罠と知って、飛び込んできた。足利の計略に乗ったようによそおいつつ、その裏で弁慶に巫女たちをとらえさせていたのである。

 エインヘリアルとして招かれし者たちを守護し、座にみちびく巫女。

 その全てが、残らず何処いずこかへ連れ去られてしまったのである。

 閃治郎センジロウたちサムライの面々は勿論もちろん、サムライを連れ帰るエルグリーズも責められていた。


「はうう……それはぁ、そのぉ。でも、足利さんたちは頑張ったです! 凄くいい案だと思ったし、それに……お祭り、楽しかったです!」

「これ、エルグリーズ!」

「あう……エル、反省してます。しょぼーん」


 長身の甲冑姿かっちゅうすがたで、目に見えてエルグリーズは落胆していた。

 先程まで群衆が熱狂していた舞台ステージは今、重苦しい空気に包まれている。集まる者たちの胸中を表すように、星空には暗雲がれこめ夜風が冷たくなってきた。

 閃治郎は、隣で不安げにうつむ真琴マコト気遣きづかう。

 肩を抱くとか、手を握ってやるとか、気の利いたことはできない。

 せいぜい、強く吹き始めた風から、彼女を守るように立ち尽くす程度だった。

 そして、ヴァルキリーたちの詰問きつもんは足利へもおよぶ。


「足利とか言ったな、サムライの! どう責任を取るつもりか!」

「そう、サムライなどという極東の剣士たちよ。おぬしらとてヴァルハランドを守護するために招かれたエインヘリアル……だが、物事にはけじめというものがある」


 至極しごくもっともにも思うが、なんら建設的な話に聴こえてこない。

 そして、反論するでもなく、弁明するでもなく……足利はただ、黙ってヴァルキリーたちの言葉を受け止めていた。深手を負った傷は痛々しく、手当のすんだ全身の包帯が血をにじませている。

 征夷大将軍せいいたいしょうぐんだった男は、うなだれることもなく立ち尽くしていた。

 そして、いつもの飄々ひょうひょうとした口調ではっきりと明言する。


「よし、腹を切ろう」


 思わず閃治郎は、驚きに目を見張った。

 武士として当然にも思えると同時に、それを平然と口にする足利に驚いたのである。そして、痛感する……やはり、時代が違えば武士道も違う。そして足利は、戦国時代の夜明けを生きた生粋きっすいさむらい、武家の男なのだ。

 平民が剣術を習って、局中法度きょくちゅうはっとで己をりっして武士らしく振る舞った新選組とは違う。

 生まれながらに武士、生き様そのものが武士道……足利はそういう男だと感じたのだ。

 そして、それを当然と受け取る者が声をあげる。


「よかろう、ワシが介錯かいしゃくしてしんぜよう」

「おっ、まーくん助かるぅ! じゃ、かるーくしょしちゃって。よろしく」

「なに、ワシとて敗北して生き恥をさらしておる。お主が切腹せっぷくなら、ワシは打首うちくびものじゃて。一人では死なせぬ」


 将門だ。

 彼は寂しげに笑うと、腰の太刀たちを抜く。

 二人は共に、敗れた。

 刃を交えて力を奪われ、それでも強者ゆえに生きながらえた。

 あるいは、と閃治郎は戦慄に心を震わせる。

 もしかしたら義経は、? こうなることをわかって、将門からも足利からも命だけは奪わなかった。

 侍でありながら、侍の作法さほうおきて嘲笑あざわらう男……それが源義経ミナモトノヨシツネという傑物けつぶつなのだ。

 その有り様はあまりにも苛烈かれつで、醜美しゅうびや善悪を超越ちょうえつした存在にも思えるのだった。

 そんなことを考えていると、真琴が顔をあげた。

 ほおに光るものが伝って、そして一滴こぼれた。


「あっちゃんのバカッ! まーくんも、なんでそう変なとこだけ律儀でいさぎよいのさ! ほんともぉ……やだよ。やだ! 死んだからここに、ヴァルハランドにいるのに。ここで死んだら、本当に消えちゃうんだから!」


 そう、ここは異世界ヴァルハランド……彼岸ひがんの果てに広がる、死後の国だ。偉大な勇者と認められたからこそ、ここに閃治郎たちは第二の生を授かった。

 全ては、神々の黄昏ラグナロクと呼ばれる大災厄だいさいやくと戦うために。

 再び命をさずかったこの世界を、皆と共に守るためにだ。

 そうだとうなずくと、意を決して閃治郎は一歩踏み出す。


「足利殿! 将門殿! しばし、しばし待たれよ! ――新選組局中法度! 士道シドウソム間敷事マジキコト! ……つまり、武士道に背くことはいけない。こんなことはいけないんだ!」


 足利も将門も、目を丸くしてしまった。

 武士として腹を切る……まさに武士道にじゅんじようとしていたからである。

 だが、生まれながらの侍でないゆえに、侍たらんとした男たちと閃治郎は生きてきた。自身も、どうあれば侍として認められるか……侍として自分を誇れるかを探してきたのだ。

 それはまだ、不確かで、見つかってはいない。

 それでも、探し続ける。

 

 今が、その時だと感じたのだ。


「二人共、無礼を承知で頼み申す! 捨てる命があるならば、この僕に……いや、真琴殿に預けてもらいたい! 命は捨てるものではない……命は、燃やすものだ!」

「そうだよ! ……ほへ? えっ、なんでわたしに!?」

「僕らの全てを、真琴殿は歴史として知っている……彼女の中に、足利殿も将門殿もいるんですよ! 御身おんみは自分を殺すのみならず、仲間の中の英雄までも殺してしまうおつもりか!」


 自分でも、思ってもみないような大声が出た。

 きょとんとしてしまったのは、足利や将門だけではない。エルグリーズも、他のヴァルキリーたちもまばたきを繰り返すだけだ。シャルルマーニュやビリーといった、多くのエインヘリアルたちも顔を見合わせたがいにだまる。

 だが、不意に笑い声が響き渡った。

 呆気あっけにとられた足利の背をバシバシ叩いて、将門が笑い出したのだ。


「ハッハッハ! 抜かしおる! このワシに説教か、小僧こぞう! だが、小気味こぎみよし!」


 剣をさやに納めて、将門は一同を見渡した。

 そして、長い黒髪を風に遊ばせながら声を張り上げる。


平将門タイラノマサカド、この身をしてつぐなおう! 今一度、奴めと……源義経と戦い、討ち取る! そうじゃな? セン。そして、真琴」

「は、はい。それは死ぬよりもつらいかも知れないし、成し遂げられないかも知れない。けど……無責任に死ぬより、何倍も価値のある生き方だと思うんです」


 足利も、肩をすくめて首を縦にふる。

 新選組は京都守護職きょうとしゅごしょくとして、侍ならぬ者たち故に侍を目指した。局中法度で己を縛り上げ、脱落する者を容赦ようしゃなく粛清しゅくせいしてきた一面がある。

 それを否定しないが、正しくはなかったと今は思える。

 それでも、閃治郎にはわかるのだ。

 局長である近藤勇コンドウイサミ、そしてなにより敬愛する副長の土方歳三ヒジカタトシゾウが目指したものが。

 侍に生まれなかったからこそ、本物よりもまぶしくかがやかしい侍を目指した。

 それを今、異世界のこの地で閃治郎は仲間とともに探す……生み出すのである。


「やれやれ、まーくんさあ……さっきのは私的にはこう、そこは止めてほしかったなあ。死ぬな、よせ、ってさ。それが『ワシが介錯してしんぜよう』て……ガチすぎるでしょう」

「なんじゃ、元から死ぬ気はなかったのかや?」

「そゆことにしといて。恥ずかしいからさ、ははは」

「うむ、まあ……お互いまずは若人わこうどに命を預けるも一興いっきょう。死に損ねたからこそ、ワシらにしかできぬ戦いもあろうて」


 話は決まった。

 そして、それを見計みはからって声が挟み込まれる。

 緊張感がまるでない、その言葉はシャルルマーニュだった。

 彼はヴァルキリーたちを眺めて目を細めた。

 穏やかな笑みの、その瞳だけが笑ってはいない。


「ま、雨降って地固まる、ってことで。どうかな、ヴァルキリーのおばさんがた」

「なっ……お、おばっ!」

「無礼であろう! うら若き乙女、それも戦乙女いくさおとめに向かって!」

「我らがおばさんなら、うぬとて子供ではないか!」


 だが、へらりとシャルルマーニュは切り返す。


「彼らサムライは、結論を得た。問い詰めるだけで具体的な提案もない、おばさんたちと違ってね。で、僕はまあ、彼らと共に戦うつもりだけど? それでいいよね?」


 そうだそうだと、他の座のエインヘリアルたちも声を上げた。

 シャルルマーニュは気分良さそうに一同を振り返り、その声を手で制する。

 そして、閃治郎は鋭い彼の視線で射抜かれた。


「セン、そういう訳だよ。君たちに武士道があるように、僕たちにも騎士道がある。他の座の者たちにも全て、道があるんだ。違う道がね。でも」


 その先を、閃治郎ははっきりと受け取り、言の葉をつむいだ。


「でも、道は違えど同じ方向を向いている。同じ場所へと走っている。違いますか? シャルルマーニュ殿っ!」

「あっ、それ言っちゃう? やだなあ、僕の台詞ぜりふなのに……ま、そういうことだ。さしあたって、巫女たちを救出すべくすぐに追撃するけど……はてさて、どこへ行けばいいやら」


 その時だった。

 カンッ! と舞台にやじりが突き立った。

 その矢が飛来した方向を、すぐに閃治郎は振り返る。

 人の姿はなく、くもった空へと尖塔せんとうが突き立っているだけだが……かすかに人の気配が去ってゆくのが感じられた。

 手にして抜けば、その矢には……ふみが結ばれているのだった。

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