自称スロプロ ともくん

妄子

設定1 ともくんの一日







 これは、ともくんと高校時代からの友人である私が書き残した、彼の行動実態を記録したものである。







 ともくんは寝坊が好きだが、朝からスロ屋に並ぶ時だけは別である。

「なぜか自然と目が覚める」らしい。

 それから、普段の朝とは全く異なる素早さを見せる。

 軽快に身支度を済ませると、脱兎のごとく家を飛び出す。

 もちろん、二人暮らしの母親には「仕事を探してくる!」または「仕事をしてくる」である。

 彼にとってはスロ屋に並ぶことが仕事だから、まぁ間違ってはいない。

 私の親には通用しないが。



 ともくんは、目当ての店まで常に自転車で移動する。

雨の日でも風の日でも雪の日でも自転車だ。

「仕事なんだから天気を言い訳にはできない」そうである。

 スロプロは自分の仕事に誇りを忘れない。



 目当ての店に到着した時点で、ともくんの戦いはすでに始まっている。

まずは、並んでいる客層のチェックである。


常連客はいるか? 軍団はいるか?

他店の従業員は来てるか? 店側の出迎えに店長クラスはいるか?


 だが、そのチェックが勝率に結びついているのは疑わしい。

 もちろん、見知った顔がいたとしても挨拶は絶対にしない。

「周囲全てが敵。戦場では挨拶してる奴から死ぬ」からだそうだ。

 味方につければ有利になるんじゃないの? と聞いたことがあるが、

「裏切られるでしょ。本能寺を思い出せ」と言われた。

 私はそれ以上何も言わなかった。



 朝8:30になると「入店の儀」が始まる。

 ともくんは「一日のうちで最も重要な15分」と位置づけているが、要するにただの台選びである。どれに座ろうが結局は時間を無駄にする。

 しかし、それだけ台選びを重要視しているにもかかわらず、常連や軍団には遠慮するのが彼らしいところ。

「こわい」というシンプルな理由だった。

 ともくんは肝心なところで肝が据わっていない。



 朝9時以降は、音信不通の時間帯となる。

 着信だろうがLINEだろうが、すべて無視されるのだ。

「流れが悪くなる」

「台移動でそれどころじゃない」

「もう○万円突っ込んで熱くなってる」

など色々な理由をつけて無視される。

 私は個人的にこの行為を【遭難】と呼んでいる。


 ともくんが【遭難】中は、私は彼がまた負けて落ち込んでいたりキレていたりする姿を想像して感傷的な気分になる。

 そして、(可愛そうに・・・)と十分に同情したところで、私は満足して彼のことを考えることをやめるのだ。

 次に彼に連絡をするのは、仕事終わりの午後五時過ぎである。

 が、大体はまだ【遭難】したままだ。



 ともくんが【遭難】から自力で戻ってくるのは、夜の10時過ぎというのが常識である。

 ここからは、高確率で彼の愚痴を聞くことができる。

「途中までは高設定で~・・・」

「夕方から全部飲まれて~・・・」

「投資が9万円とか~・・・」

など、目も当てられないような惨状をグダグダと語ってくれやがるのだ。

 このあたりは、ともくんを一番うっとおしく感じることができる時間帯である。

 私は、「仕方ないじゃないの」「残念だったね」などと慰めるような無駄な努力をしてあげているのだが、

「遊びじゃないんだよ!!!」と逆ギレされるか、

「んなこと言ったってよ~」と愚痴を上乗せされるのが大半のオチである。

 ただ、時には「俺はホールで踊る無垢な羊。羊は羊飼いには逆らわない。だから草をもっと食わせろ」といった愉快な発言も聞けるので、顔を合わせて話すときには決まってチューハイをご馳走することにしている。アルコール効果で、迷言期待度をより高めることができるからである。

 そして溜まった鬱憤を吐き出した彼は、いつも満足そうに自転車を押して帰るのであった。



 家に帰ったともくんを待っているのは、暖かいお布団のみである。

 家の雑用も仕事も何もせず、スマホゲーのログインボーナスをもらって屁をこいて寝るだけである。

 母親から何か聞かれても、叱られた子犬のような顔で

「仕事見つからなかった・・・」

とうつむけば全て許されるのである。

 現代の貴族階級とは、ともくんのような人間であると常々思う。

 だが、彼は私がそんなことを考えていることも露知らず、明日打つ台のことだけを考えながら、今日もグースカと惰眠を貪るのであった。


 こうして、ともくんの一日は終わる。

 うらやましいが、こうはなりたくない。

 そう思える微妙な存在、それがともくんである。

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