俺の呪われた右手が疼く
黄金ばっど
俺の呪われた右手が疼く
夜。
黄昏時が終わり一般家庭なら食事を終えぼちぼち風呂に入ろうか?そんな時間帯の事を夜と言うならば今は夜である。
そして矢上米斗はそんな夜に日々恐怖していた。
時刻は9時丁度を刺そうとしている。
遂に今日もこの時間がやって来た。
毎日毎日飽きもせず時計の針と比例し時間は廻る。
どれだけ米斗が逃げようとしてもその時間はやって来る。
やって来てしまうのだ。
米斗は恐ろしかった。
封印されしこの右腕が暴れだす――――この時間帯が。
「どうしたの米斗?ご飯食べたんならお風呂入っておいで」
母は事も無げに言う。
しかし風呂に入ると言う事は米斗の右腕を封印している包帯を取らなければならない。
もし暴れ出した右腕を米斗が制止出来なければ大変な事になってしまう。
そんな恐ろしい事を母は事も無げに言う。
「う、うん」
米斗は曖昧に返す。
リビングには丁度お笑いコンテストの特番をやっている。
「でも、これ観たいから」
そう言って風呂の順番を一番最期に回す。
最期に回す本当の理由――――
それを想像しながら米斗は右腕に巻いてある包帯の香りをそっと嗅ぐ。
軽く疼く右腕をそうやって押さえ込む。
不思議と包帯の香りを嗅ぐと米斗は落ち着くのだ。
そして今日は供物を利用すると言う手もある。
「じゃあ美和ちゃん、先に入っておいで」
「え~美和もコレ観たいのに~」
美和が立上り米斗をじろりと睨む。
艶やかな長いツインテールがその拍子にゆらゆらと揺れる。
「撮ってあるから後で観たら良いよ」
なかなかのブーメラン発言だが米斗はそれを気にした様子も無い。
美和も「もう」とか言いながらも風呂場へと移動していく。
ちなみに米斗の右腕には封印用の包帯が巻いてあるのだがもう随分前から毎日巻いているので今更誰も突っ込まない。
初めて巻いた日は母親の十和子が「ちょっとあんたそれどうしたの!」って凄い剣幕で言い寄ってきた。
見た目は只の包帯だから米斗は右腕の肌が荒れてて恥ずかしいから巻いていると言い分けをした。
米斗は幼少の頃、実際肌が弱く若干アトピーの気があった。
今ではすっかり完治しているのだけど、母親からすれば負い目が在る分そう言われると強く出てこないのを米斗は知っていた。
すこし後ろめたさは感じたがこれも封印の為だと割り切っている。
もしこの呪われた右腕の事が周囲に知られたら………
想像しただけで米斗は背筋に怖気を感じた。
TV番組は人気のコント師UFOが出てくる出てくると引っ張るが、幾らCMを跨いでも出てこない。
米斗は特段UFOのファンでは無いがそんな番組の構成に若干の苛つきを覚たた。
「米斗~?UFO出て来た~?」
「まだ」
「良かった~間に合った」
そんな中「UFO」のファンである美和が風呂から上がってきた。
2月も終わりに近づこうという中薄手のキャミソールに中学校の時履いていたテロンテロンの半ズボン姿だ。
美和が米斗の隣を通り過ぎる時むわっとした女性特有の甘い香りが漂った。
それはゆらゆらと揺れるツインテールから漂ってくるシャンプーの匂いなのか?
はたまた20歳を過ぎ成熟を始めた女体ならではの香りなのかは童貞中学生の米斗には判断は付かなかった。
「―――と「バカイズム」は出て来た?」
「え?あ、何?」
「人の話はちゃんと聞けって学校で習わなかった?」
「ごめんごめん」
右腕が疼く。
美和が何か言っているのだが頭に入って来ない。
そっと右腕に巻いてある包帯の香りを嗅ぐ。
そうする事で米斗の頭は少しすっきりした。
「米斗ぉ~、美和ちゃんも入ったんだからあんたも入って来なさい。お風呂早く流したいんだから」
「は~い」
何時ものタイミングで何時もの様に母が風呂に入れと促してくる。
これが米斗には実に都合が良かった。
右手の疼きも一人になれば鎮める事も可能。
不承不承という体を取りながら米斗は実際ほくそ笑んでいた。
米斗の住まう浪速家は都市型の3階建て住宅だ。
2階に広々としたリビングを取る都合で風呂、洗面は1階になっている。
これがまた米斗にとっては好都合であった。
疼く右腕を押さえ込む様に米斗は風呂場へと急いだ。
実際リビングは暖房が掛かっており暖かいが扉一枚挟んで階段へ出ると途端に寒くなる。
その寒さが余計に米斗の背を押すのだ。
疾く駆けろと。
早くこの疼き出した呪われし右腕を解放せよと。
身体が、本能が米斗に語りかけてくる。
脱衣所に入るや否や扉を閉めると同時に米斗は鍵を掛ける。
これが重要なのだ。
この呪われし右腕の再封印儀式中に誰か入って来よう物なら大惨事になりかねない。
米斗は手早く着ていた部屋着を脱ぐと肘から巻いている包帯を外す。
すると包帯の下には綺麗な右腕が現れる。
別段何処をどう観ても普通の右腕だ。
だが米斗に取っては呪われし右腕なのだ。
自分の意志と反して動いてしまうという恐ろしい呪いに掛かっている。
最初は戸惑っていた。
コレは一体何のだと。
どうしてこうも頭がぼうっとしてしまうのかと。
だが最近ではそれを愉しめる様になってきた。
自分も成長した物だと米斗は感慨深げにため息を吐いた。
米斗は脱いだ服洗濯機の中に直接放り込むと脱衣カゴの中を物色し始めた。
もちろん供物を探すためだ。
この黒は違う。
サイズが大きすぎる。
きちんとローテーションを理解している米斗に間違いは有り得ない。
洗濯物の一番下に目的に供物は在った。
わざわざ一番下に隠すあたり恥じらいが在って良い。
「今日は赤か………」
米斗は手にした供物を点検していく。
そしてわっかの部分に指をかけ両手で広げると、内側の白い部分それの少し黄ばんだ辺りを鼻の下に持ってくる。
くんかくんか――――
盛大に空気を吸い込む。
脱衣所中全ての空気を吸い込むかの様に。
そして食む。
もぐもぐ――――
米斗にはこれがいけない事だとは理解できている。
だが呪われし右腕は既に定位置にポジショニングだ。
こうなると米斗には、もうどうする事も出来ない。
「ふーー、疼く、疼くぞ~~~、今宵も我の呪われし右腕が暴れ出しそうだ」
1階に風呂があるその事が米斗に取っては好都合だ。
そして矢上米斗の風呂は長い。
故に最後である事が重要なのだ。
誰にも急かされずゆっくりと疼きを押さえるために………
俺の呪われた右手が疼く 黄金ばっど @ougonbad
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