第四百七十三話 三姉妹の絆編 その二十一
心美の気絶から二時間後。
私は心美を自宅まで運び、布団で寝かせていた。
「……」
どんな夢を見ているのか分からないが、心美は気絶してからずっと死にそうな表情をしていた。
今まではそんな事無かったのに、あのロボットを見てからだ。
「……」
あのロボットを倒した江代は、私に代わって恋に事情を聞く事にしたらしい。
何の目的もない、ただの悪戯にしては度が過ぎている。
危険な気もしたが、「吾は闇の騎士だ。単独だろうと、吾に刃向う者など討ち取ってやる」と言って、そのまま向かった。
「……う……うう……」
「……ッ!」
心美の呻き声。
そのままゆっくりと、彼女は眼を開ける。
そして上体を持ち上げ、私の顔を見た。
「心美!」
「初……さん……」
私の方に倒れ込み、咄嗟にその身体を支える。
「大丈夫か……」
「大丈夫です……それより」
荒い息を何度か吐いて、心美は告げる。
「私……思い出したんです。あのロボットを見てから、全てを……」
私は眼を見開いた。
「まず私は、人間ではなかった……。私はあのロボットを作った人に作られた……人造人間だったんです」
「……!」
※※※
それから心美は、思い出した事を全て説明した。
実験室で暮らす内に、恋の恐ろしさを知った事。
作られた目的が、自分の理想郷を作る事だという事。
そして自分には人を洗脳する能力がある事。
「……そうか」
「はい……今まで思い出せなくて、すみません……」
「……」
恋の馬鹿野郎……。
いくら悪ふざけでも、こんなの度が過ぎてんだろ。
スタ子やこいつにだって心があって、お前の人形としてじゃなくて、お前の家族として生きたかったと思ってるだろうに……。
「親というものは、意外と身勝手な存在なのですね……」
「心美……」
「確かに私は、別にあの人の中から産まれたわけではありません。どんな経緯で作られたとしても、あの人は私を自分の目的にしか使わない」
「……」
「だから、私は記憶を自分で消してしまったのかも知れません。今だって、もう一度記憶を失いたいと……そう……思うんです……」
「心美……」
泣くのを堪える表情で、心美が私に告げる。
「その洗脳ってのは、自分の意思で制御出来るものなのか?」
「それは多分……無理でしょう……。心の奥底からそう思わないと……多分……あの時のように……」
記憶を失った時……という事だろう。
恐らく彼女は自分で自分を洗脳して、記憶を消した……そう考えるのが自然だ。
「安心しろ。私があんな奴ぶっ飛ばしてやるからさ……。あいつ倒したら、また遊ぼうぜ……。まだお前……私にしてもらった事返してねえだろ……?」
「初さん……」
「洗脳がなんだ……作ったのが恋だからなんだ! もし家族がクソだって、そう思うなら、私をいくらでも頼れよ! 私が今までどんだけ馬鹿共の世話してやったと思ってんだ……」
「はい……」
互いに涙を流し合う。
お互い家族には、相当苦労させられた。
思えば、こんなにこいつと気持ちが同じになれたのは初めてだ。
「ずっと友達でいてやるから……お前の笑顔を邪魔する奴なんて……ぶっ飛ばしてやるから……だから……」
「はい……うっ……」
急にまた苦しそうな表情になる心美。
「心美……?」
「そ……そんな……初さん……逃げて……ください……」
先まで青かった瞳を、ルビーのように赤く輝かせる心美。
「くっ……どうやら、もう私は私でいられなくなりそうです……」
「どういう……事だよ……」
「洗脳は自分が心から望んだ時しか使えない……。だけど、例外が一人いるんです。私の心を唯一自由に操れる存在が……」
「……」
とどのつまり……遠くにいるであろう恋に、心美は操られた。
「今……恐らく同時に洗脳されます。私も、そして目の前にいる貴女も……」
「は……なんだよそれ……そんなの無いだろ! あんな事私に言わせたばっかなのに、負けるな! あんな奴すぐにぶっ飛ばすから、そんなの耐えてみせろよ! そんなの許さねえぞ!」
「無理……です……もう自由が……利かないんです」
「……」
「だから……逃げてください……私は友達を、私の人形になんてしたくないんです!」
「逃げられるわけねえだろ! 苦しそうなお前を、家族に人形と同列に見られたお前が、人形に成り果てようとしてる所から逃げられるわけねえだろ!」
「初……さん……あり……がとう……」
私は洗脳される。
それが分かっていても、私は顔を見て、眼を見て。
そいつの言葉を全部聞いた。
その報いが、来たのだろうか。
「……ッ!」
頭が痛い。
何かがぐちゃぐちゃになりそうな感覚が頭の中で広がる。
「負けるかよ……私はこん……なのに……だから……お前も負けんじゃねえぞ……!」
虚勢だ。
そんなの理解出来ている。
こんな状態でも……。
「私は……お前を……まも……る……」
それが……私の……浅井初としての最後の言葉だった。
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