最初の晩餐

 森の中を走り回ること数十分。

 なかなかモンスターを見つけられないことに焦りを感じてきたそんな時。

「お、何かいる……かな?」

 夜目がきくとはいえ、暗いものは暗い。

 よく見るとボーボーに生えてる草に隠れてわかりにくいけど、大きめの犬くらいのサイズの何かがいた。

 牛のような頭だけど、牛にしては小さい。

 ガイアの牛はこれが普通なのかな?

 まぁ、なにはともあれ牛肉だ。

 絶対に仕留める!


 音を立てずに近づいていく。

 ……。

 あと二十メートルくらい。

 ……。

 あと十メートル……というところで急に牛は走り出した。

 気づかれた?

 てかこの牛はえぇよ!

「逃さねえぇぇ!」

 俺もすぐ走り出した。

 わりと本気で走ってるけどなかなか追いつけない。

 一応距離は縮まってきてはいるが。

「命を――燃やせえぇぇ!」

 男として、いや、雄として、手ぶらで狩りを終えるわけにはいかない。




 なんとか岩山に囲まれた狭い場所に追い詰めた。

 牛も覚悟を決めたのか、臨戦態勢だ。

 牛は俺に向かって突っ込んできた。

 一瞬で目の前に迫ってきている。

 でも……、カウンターで!

「猫パンチだっ!」

 バキィッ!

 すごい音とともに嫌な感触が手に伝わる。

 首の骨が折れたのか、変な方向に首が曲がって倒れている。

 死んでる……のかな?

 うぅ……、罪悪感がすごい。

 でも、必要なことなんだ。

 がんばって慣れよう。

「よし、戻ろう」

 俺は牛の首を咥えて走った。

 俺のサイズ的に思いっきり牛を引きずってしまっているけど、しょうがないよね。

 こういう時は猫の体は不便だなぁ。

 というより、人間の体っていろいろ便利だったんだなぁ。




 みんなの元へ戻ると、澪と雫は魚に木の枝を刺していた。

 おー、魚の串焼きかな?

 いいね!

「ただいまー」

「「おかえりー」」

「小さな牛っぽいのが獲れたよ。

 これ食べれるよね?」

「牛!?

 ジズーナイス!

 いい仕事っす!」

「あれ?

 これって……。

 ねぇ澪ちゃん、これ牛じゃなくて――デリシャスミートじゃない!?

 ほら!野外訓練の時の!」

「えっ!?

 あ……、確かに言われてみれば……。

 あっ!この足はっ!

 デリシャスミートじゃん!」

「だよね?

 ジズーちゃんすごいよ~!

 こんな短時間でデリシャスミートを狩るなんて~!」

「それもすごいけど、こんなにあっさりとデリシャスミートをみつけるのもすごい!」

「「ジズー(ちゃん)マジ神!!」」

「これ牛じゃないのかぁ。

 てかデリシャスミート?

 すごい名前だね、そんなに珍しいの?」

「あ、そっか。

 ジズーはガイアに来たばかりだからわかんないかー」

「デリシャスミートは超レアなんだよ~?

 滅多に見ないし、見つけてもすぐに逃げちゃうし~。

 めっちゃ足速いから、気づかれたらアウトなんだよね~」

「へぇー、そうなんだ。

 確かにすっげー速かったなぁ」

「気付かれないように大人数で囲んだり追い詰めたとしても、すごく強いらしいよ。

 騎士団の人が言ってたけど、トップレベルの冒険者が十人でボロボロになりながらやっと倒せるっていうレベルなんだってさ」

「マジか……。

 思ったよりすごいやつだったんだなぁ。

 てか、うまいの?

 名前が名前だから期待しちゃうんだけど」

「食べたことがないから断言はできないけど、超絶美味らしいよ?」

「市場には出回ることはないし、王族でも滅多に食べられないって言ってたね~。

 かなり期待できるんじゃないかな~?」

「おー、いいね!」

「じゃあ処理しちゃおっか。

 まずは血抜きからかな」

「は~い」

「あ、俺処理とかどうやればいいかわかんないんだけど……」

「いいよいいよ、私たちに任せてよ。

 野営訓練でけっこうやったし大丈夫。

 狩りお疲れ様!

 適当に休んでて?」

「ありがとう。

 じゃあお願いしちゃうね」


 テキパキと処理をしていく澪と雫。

 うん、逞しい!

 現代の日本人も、一ヶ月でここまでガイアに適応できるんだなぁ。

 火の傍でぼーっとしていると、けっこうな量の果物が目に入った。

 雫が採ってきたやつかな?

 あの量は当然食べきれないし、余った分は持っていくとしてもリュックとカバンに全部は入らないよな。

 肉だってあるし。

 せっかくだから百段たちにあげたいな。

「雫~。

 果物余っちゃうよね?

 百段たちにあげてもいい?」

「いいよ~。

 肉も魚も獲れなかった時を考えて多めに採ってきただけだから~」

「ありがとー」

「お~い、ひゃくだ――うおっ!」

 百段たちを呼ぼうと後ろを向いたらすでにすぐ後ろにいた。

 そっか、雫の言葉はわからなくても、俺の言葉でわかったんだね。

「雫がたくさん採ってきたからさ、食べてよ。

 なんか今回はマンゴーっぽいのもあるね」

「ヒヒーン。(ああ、頂くぞ)」

「「ヒヒーン。(頂きますわ)」」

 俺もマンゴーをつまみ食い。

 うお、なにこれ超うまいし!

 地球のマンゴーよりも上品な甘さがすばらしい!

「やっべー、これ美味しいなぁ」

「ヒヒーン。(うむ、これはすばらしいな)」

 百段もマンゴーが一番好きみたいだね。

「ヒヒーン。(私はこちらの野性味溢れるような甘さの果実が好きですわ)」

 桜はりんごが好みらしい。

「ヒヒーン。(私はこちらの控えめな甘さの物が好きですわ)」

 椿はバナナが好みか。

 見事に好みがわかれたなぁ。

 てか桜と椿の口調が「ですわ」なのがまだ慣れない。

 最初、お嬢様かよって思ったよ。




 気がつけば夜になっていた。

 寝ちゃってたらしい。

 百段たちも横になって休んでいる。

 澪が串に刺した魚の焼き加減を見ていた。

「ごめん、寝ちゃってた」

「あ、そろそろ起こそうと思ってたところだったよ」

「魚焼けるよ~」

 焼き魚のいい匂いがする。

 猫だからなのかな、たまらない!

「よっし、そろそろいいかな。

 ジズーも起きたし、食べようか」

「「「いただきまーす!」」」

 もぐもぐ。

「おー、 超美味しいんだけど!」

「美味しいね、やっぱり川魚はシンプルに塩焼きだよ」

「鮎みたいな感じだね~、おいし~」

「そういえば肉も魚も普通に余っちゃいそうだけど、食べれない分は置いていくしかないかな?」

「「えっ!?」」

「え、なにどうしたの……?」

「デリシャスミートを捨てるだなんてとんでもない!」

「そうだよ~!

 最優先で持っていくよ~?」

「あ、はい……。

 アホなこと言いました……。

 でもどうやって持っていくの?」

「普通に魔法で氷漬けにして持っていくよ?」

「あー、そっか魔法かぁ。

 だめだな、まだ魔法の存在に馴染めてないなぁ」

「ジズーちゃんってガイアに来たばかりなんでしょ~?

 そんなもんじゃないかな~?」

「そんなもんかぁ」

 俺は体が小さいから一匹全部食べれないかなって思ってたけど、ぺろりといけた。

 むしろ物足りないくらいだなぁ。

 焼き魚……うーん、澪と雫がガイアにいるうちは作ってもらえるが、地球に帰ったあとは当然誰も作ってくれないわけで。

 魚を捕まえるのはなんとかなるとしても、火がなぁ……。

 どうしたものか……。

 とかなんとか考えてたら、澪が中華鍋を取り出した。

「中華鍋なんて出して何するの?」

「お肉焼くんだよ。

 鉄板とかフライパンなんてないからね。

 平らじゃないけど、お肉焼くだけならこれで十分っしょ」

「幻のデリシャスミートだよ~!

 ワクワクがとまらない~!」

 そうだった、魚に感動して忘れてた。

 デリシャスミートがあるんだったか。

「そういえばそれってどんな肉なんだろね。

 牛肉っぽいのかなぁ」

「デリシャスミートはすごいんだよ?

 胴体の前側三分の一は鶏肉、真ん中三分の一は牛肉、後側三分の一は豚肉っていう、人間にとって都合の良すぎる体!

 ちなみに前足は鳥の足で、後ろ足は豚の足なんだよ。

 それでいて超美味らしい!

 ここが一番重要」

 なんてこった。

 食べられるために生まれてきたようなモンスターじゃんか……。

「じゃあ焼いていきまーす。

 今日はステーキにするので牛肉でーっす」

 十分熱した中華鍋に塩と胡椒で下味をつけた肉を置く。

 じゅうぅっと肉が焼けるいい音がする。

 そして匂い。

 たまらない!

「はーい、焼けましたっと!」

「待ってました~!」

 雫がはしゃぐ。

 俺もわりと待ちきれない。

「では、獲ってきてくれたジズーに感謝して……、頂きます!」

「「頂きます!」」

「「「うめえぇぇ!」」」

 森に俺たちの声が響き渡った。

 百段はこっちを見て、うるせーなとでも言いたげな感じだった。

 でもしょうがない。

 これからもデリシャスミートを見かけたら絶対に逃さない。

 絶対に!

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