百段

 俺は人間の王の城に所属する軍馬だ。

 兵士を乗せて駆けるのが俺の仕事だ。

 俺の他にも同族の者が数百頭いる。


 俺たちの朝は早い。

 夜明けとともに人間に叩き起こされる。

 正直むかつく、踏み潰してやろうか。

 ――だが、我慢だ。

 俺だけの問題で済まないからだ。

 人間に逆らったり逃げたりすると、人間は上官に叱咤されるらしい。

 そのストレスを俺たちで発散するのだ。

 逆らった者だけではない。

 複数の者が殴られ、蹴られ、鞭で打たれる。

 ここには俺の女が二頭いる。

 女をそんな目にあわせる訳にはいかない。

 そんな状況だ、好き勝手に暴れるわけにはいかない。


 起きたら粗末な飯を食わされる。

 まずい。

 とても食えたものじゃない。

 だが、食わなければ飢えて死ぬ。

 我慢して飲み込む。

 その後は背に重い荷物を乗せられ、全力で走らされる。

 日が落ちるまでずっとだ。

 人間は馬鹿なのか?と思う。

 一日中全力疾走だなんて狂ってる。

 俺は平気だが、普通は耐えられない。

 だが、速度が落ちると容赦なく鞭がとぶ。

 むかつく……、蹴り飛ばしたい。

 だが我慢するしかない。




 今朝目が覚めたら人間どもが慌てている気配がする。

 珍しく叩き起こされなかったな。

 何が起こったのか知らないが、どうでもいい。

 俺には関係がない。

 と思ったが、そうはいかないようだ。

 出動命令が出たようで、俺と他十九頭が引っ張り出された。

 引っ張り出された中に俺の女が二頭ともいた。

 ほっとした。

 離れ離れにならずにすんだ。

 俺はこの中では一番体が大きい。

 一番速いし体力もある。

 そんな俺に、なんだか偉そうにしてる人間が乗った。

 気に食わない、しかし我慢だ。

 そして俺たちは南へと駆け出した。


 しばらく駆けていると、前方に人間が二人――と小さな黒い獣が一匹いた。

 あの人間二人は見覚えがある。

 城にいた二人だ。

 他のむかつく人間どもは違い、俺たちにとても優しくしてくれていた。

 時折こっそりと俺たちにうまい野菜をくれたりもした。

 いい人間だ。

 もしや、この二人を追っていたのか?

 と思うと同時に、腹を蹴られた。

 このまま突っ込む気か?

 それではあの優しき人間たちを殺してしまう。

 ……、だが仕方ない。

 俺は女を守らねばならない。

 他の同族の者たちも乗り気じゃないというのが雰囲気で伝わってくる。

 しぶしぶ速度を速めようとした、その時。

 俺に乗っている人間が魔法で拘束されて動けなくなっていた。

 周りを見てみると、他の人間も同じ様になっていた。

 慌てて前方を見た。

 すると優しき人間たちは宙に浮いていて、こちらに向かって魔力を放っていた。

 なるほど、此奴等を拘束しているのはあの人間たちか。

 ふと、視界に黒いものが入った。

 気がつくと、優しき人間たちと一緒にいた小さな黒い獣が目の前にいた。

 なんだ、なにをしに来た?

 少し警戒していると、黒い獣は飛び上がり、そして俺の乗っている人間を殴った。

 驚いたことに、人間は二~三十メートルは吹き飛んだ。

 あの小さな体のどこにこんな力があるのか……。

 そして黒い獣は淡々と、ただ作業をこなすかのように人間を殴っていき、気絶させていった。

 なにはともあれ俺は、ひとまず女のもとへ駆け寄った。


 ふと周りを見ると、優しき人間たちが同族の者の元へ歩み寄っていた。

 この人間たちが俺たちを害することはないとは思うが、何があるかわからないからか、同族の者は一定の距離を保っていた。

 俺は女二頭を庇うように立ちながら、様子をうかがっていた。

 何をしたいのだろうか。

 考えていると、同族の者が俺たちを呼んだ。

 何やら皆を集めている。

 皆が集まったところで、先程の黒い獣が近づいてきた。

 そして、俺たちに話しかけてきた……、協力してほしいと。

 そして頭を下げた。

 それを見て、優しき人間二人も頭を下げた。

 皆驚いている、当然だ。

 同族でもないのに言葉が通じるのか……。

 皆俺を見ている。

 はぁ……、仕方ない。

 俺が代表として対応しよう。




 黒い獣の名はジズーというらしい。

 神にもらった名だという。

 驚いた、此奴は神の縁者だったのか。

 俺は此奴から詳しく話を聞いた。

 此奴が外の世界から生まれ変わってこの世界に来たこと。

 強制召喚された者のこと。

 神がやろうとしてること。

 此奴が神の眷属となり、神とそこにいる優しき人間たちのために動いていること。

 人間の王の手の者に追われながら龍の巣を目指していること。

 なるほど、それで旅の効率を上げるために俺たちに協力を求めたのか。

 二頭というのは、この人間二人を乗せるということか。

 此奴には必要ないのだろうか。

 聞いてみると必要ないらしい。

 無理にとは言わない、嫌なら断って城に帰るなり好きな場所に行ってもらっていいと此奴は言う。

 冗談ではない。

 城になど帰りたいものか。

 それに行きたい場所などない。

 どこにいようと、俺の女たちを守っていくだけだ。

 いや、本音では此奴に協力したい。

 だが此奴は二頭でいいと言っている。

 二頭では困る、俺が此奴に付いて行くとしたら女たちも連れていきたい。

 三頭一緒でないと困るのだ。

 むしろ俺の方から頼んだ。

 俺は協力したい、だが俺には女たちがいる、一緒に連れて行って欲しいと。

 此奴は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに了承してくれた。

 よかった、これで俺も間接的にだが神に協力することができる。

 とても誇らしいことだ。

 それに此奴とともに旅ができる。

 此奴は大物だ、なんとなくそう思う。

 此奴の行く末を見ていたいと思う。




 他の同族たちは皆思い思いの場所に旅立って行った。

 城に帰る者は一頭もいなかった。

 まぁ、当然だが。

 俺はジズーから「百段」という名をもらった。

 ジズーが外の世界の歴史上の有名な馬の中で一番好きな馬の名だそうだ。

 とても光栄に思う。

 しかし、ジズーは俺を馬と思って俺に馬の名前を付けたんだろうが、実は俺は馬ではない。

 ペガサスだ。

 まぁ、今は翼を見えないようにしているから馬だと思われるのも仕方ないが。

 俺たちペガサスは主と認めた者にしか翼を使わない。

 ジズーのために翼を広げる、そんな未来は案外近いのかもしれない。

 俺の女たちも、優しき人間たち、澪と雫からそれぞれ「桜」と「椿」という名をもらったようだ。

 どちらも外の世界の美しい花の名前らしい。

 どのような花か知らないが、美しいのなら俺の女たちにふさわしい。

 女たちも満足気だ。。

 桜と椿はそれぞれ澪と雫を乗せ、俺は荷物とジズーを乗せる。

 城の人間を乗せた時はむかついて仕方なかったが、ジズーを乗せると誇らしく感じる。

 桜と椿も誇らしげだ。

 さて、そろそろ出発だ。

 逃避行なのだから苦労も多いかもしれない。

 しかし俺はこれからの旅がとても楽しみだ。

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