4.2 校庭の大きな木の下で
諦念科の生徒も、学校生活の大半はふつうの高校生と変わらないが、通常の授業の 合い間に諦念師の歴史や技術を学ぶ。
その一環として、校内巡回がある。
広く古い団栗山高校の校舎や校庭を歩き、念がたまっていたら、それを祓って校内の安全を保ち、ひいては世界平和に貢献している。
今日、よく晴れた平和なお昼前、担任教師が急に昇天したことを受けて、急に校内巡回となる。
諦念科生徒一同は、みんなで連れだって校内を歩く。
「もう桜も散っちゃったね」
「新緑の季節か」
級長の神妻舟が全員を率いている。
「旧校舎の方にも行ってみようか」
広く古い団栗山高校の奥には、すでに使われていない旧校舎がある。
授業中の校舎の群れをすぎて、木造の校舎が並ぶ一角に足をふみいれる。
「古い木造校舎といえば、開かずの間。その奥では夜ごとに悪魔召喚儀式をするヤギみたいな覆面をかぶった人々がいるんでしょうね」
「なんで楽しそうなんじゃ」
旧校舎の脇に広い一角があり、奥に1本の木が立っている。
「わぁ、すごいね」
宝来ゆたかが感心した声を上げる。
巨大な樹木が空を圧している。
まるで天を目指した大蛇が地にひきもどされたように、太い2本の幹がからまりながら伸びあがり、四方八方に枝を突き出し垂れ下がっている。
木肌は乾燥し、太い幹は鎧をつなぎあわせたようにふぞろいな凹凸におおわれてゆがみ、朽ちたしめ縄を取りこんでいる。
「近寄るとあぶないみたいだね。太い枝が枯れて落ちてる」
巨木の周囲には金網が立てられ、近づくことを禁じている。
「金網がなにか変だよ」
ゆたかが気づく。
ちほが両手の指で四角をつくり、そこからのぞき見る。
「これはロマンあふれてますね」
近づくと、金網のいたるところに錠前がぶらさがっている。
「これはなんだろう?」
「舟くん、わからないの?」
世音がいたずらっぽく笑って問い返す。
枝に実ったブドウのように大量につけられた錠前には名前が書かれている。
ヒロト♡アヤカ
アイ♡ユウタ
ヨシコ♡ウメサブロウ
「昔は関所でもあったのかな。荷物検査のときに錠前を置いたとか」
舟の答えに世音があきれる。
「もう、恋人たちが永遠の愛を約束してこれをつけたの」
「約束はおたがいにした方がいいよ」
「舟くんのおうちの神社でもお守りを売ってるでしょ?」
「あれは・・・・・・ビジネスだから」
後半は小声になる。
「人と人が愛しあうのはすばらしいことです。主のご加護があらんことを」
「うかれた連中は2ヶ月で別れてる」
古くさびたものから真新しく光っているものまで大小さまざまの錠前がいたるところにつけられて、金網がたわんでいる。
「深見先生も卒業生だから、ここにあるかも。アサノちゃんアサノちゃん」
世音がさびた錠前から調べていく。
「そんな年じゃないでしょ。おこられるよ」
風貴もめずらしそうに錠前に書かれた名前をながめる。
そこに、騒々しい声がとどく。
「バカバカバカ! やめろ」
諦念科一同とは逆側から声が聞こえる。
向かうと、電気科の生徒たちが金網の前でたがいに押しあっている。
「ここに俺のを」
「いや俺のは特大だ」
「俺のは電子ロックだ」
錠前を手にだれが金網にとりつけるか競っている。
「わたしの名前を書くな!」
金網にとりついた男たちを
「非科学的なおまじないだから気にしないで」
「気にする! 気持ち悪い! はやく念波測定実習やれ!」
灰色の作業服の集団が奇妙な争いをくりひろげる。
そこで灯里が別の集団にはっと気づく。
「諦念科!」
すばやくその顔ぶれを目で探る。
「花織さんはいないよ。今朝、前髪が決まらないから休みだって」
舟の言葉に、灯里はほっと胸をなでおろす。地球の丸さを実感するほど高く打ち上げられた恐怖が抜けきらない。
「電気科のみなさん、灯里さんを思うのはわかりますが、ご本人のお気持ちを尊重してはいかがでしょうか?」
清らの呼びかけに電気科の男たちがいっせいに答える。
「灯里ちゃんは俺たちのこと嫌いだから」
「そうだ、嫌われてるぞ!」
「電気科は測定が正確!」
「でも、俺は好きだから!」
「嫌われても好きだから!」
彼らはいさぎよいが引き下がらない。
「主よ、あわれなる若者たちに光を与えたまえ」
清らは悲しげに祈る。
「バカバカバカバカ!」
灯里は片端から蹴っていくが、小型・薄型・最軽量の灯里に蹴られた男たちはむしろうれしそうにしている。
「こんなしあわせの形もあるのかな」
「あるわけないじゃろ」
同情的な
「バカバカ! 全員ふっとべ!」
灯里がポケットから小型端末を取りだし、男たちに向ける。
「待って待って待って―」
灰色のかたまりが後退する。
そこに
「こんな念があふれた場所で魔法陣を発動したらなにが起こるかわからないぞ」
「え?」
電気科とゆたかがあたりを見まわす。
念に敏感な諦念科の生徒たちはすでに気づいていた。
「恋の願いでも、その思いが強ければ強い念を残す。もちろん、この木の下にも。少しの刺激で混乱が起こるかもしれない」
舟が静かに語り、巨木に目を向ける。
「あの木もなにかを祀っているようだし、ここは危険だよ」
灯里や電気科の生徒たちも念の研究をしているが、装置を使わない状態でそれを感知することはできない。
灯里はへの字の口で巨木を見上げる。
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