4. 愛を縛らないで
4.1 ぐりぐりの理事長
教科書を使った授業を受け、体育になれば走り、昼にはごはんを食べる。
今日は試験を受けている。
ばらばらな経歴で集められた諦念科の生徒たちの学力をはかるための問題が配布される。
太鼓や踊りやリボンや、独特な技術を持った生徒たちが、今は用紙に向かう。
静かな教室に鉛筆を動かす音だけが小さく響く。
「舟くん、よろしいでしょうか?」
静かな教室で、
「この問題がよくわからないのですが、どう答えるのでしょうか?」
「相談か。どうなんだろう」
堂々とした行為に舟が返答につまる。
担任の深見先生がそこに割ってはいる。
「白倉清ら、これは試験だ。ファミレスに置いてある間違い探しではない」
「学校ではわからないことを人にたずねるのは禁じられているのでしょうか?」
「人生の大半の局面ではそれは大いにすべきだ。ただし、試験は孤独な作業だ」
「わかりました。ファミレスに置いてある間違い探しとはなんでしょうか?」
清らが笑顔で問う。
「食事の前に人生の間違いを探す。有意義とは思わんかね?」
「適当な話をするでねえだよ」
突然、声がして、窓が開き、白いわさわさしたものが侵入してくる。
「獅子舞い?」
「理事長の顔も知らねえだか。たまげるな」
子供のように小柄で手足は細く、肌は古い樹木のようで、眼光がするどい。
生徒たちをじろりと見まわして、清らの席へ行く。
「ここがはじめての学校だか?」
「はい。これまでは修道院で教わっていました。学校に通うのははじめてです」
生徒たちから「そうなんだ」と声が上がる。
「相談も話し合いもけっこうだ。どんどんやればええだよ。おまえさんも答えてやれ。知ってることは教えてやれば、いずれどっかから返ってくるもんだで」
理事長は舟にも目を向ける。
「
次はゆたかに声をかける。
「とても健康です。これなら月に2回は階段から落ちても平気です」
「頭が割れん程度にな」
「ありがとうございます」
陽気に答えるゆかたの顔をまじまじと見る。
「笑いの諦念師か」
ぐっと机に身を寄せて、ゆたかの顔に接近し、右から左から、さまざまな角度からじっくりと見る。
はっと遠のくと、また近づき、上から下から、けわしい目で凝視する。
それを受けたゆたかも顔に力が入り、口をゆがめ、目を見開き、鼻を曲げて、それを見かえす。
理事長が小声でぬっ、むう、などとうなりながら、首をぐるぐると回しながら観察すると、ゆたかもまた同じように回してついていく。
「もしや」
理事長が指をゆたかの額に当てて、ぐりぐりとねじる。ゆたかの目が寄る。
さらに理事長は穴が開くほど、ゆたかの顔を注視する。
突然で意味不明なにらめっこに、教室中が息をのむ。
「顔はわりとおもしれえだな」
理事長が笑いもせずにいう。
「おまえさんら、楽しくやればええだよ」
だれにでなく、低い声でつぶやいて、理事長が扉から外へ出る。
教室の緊張感がとける。ゆたかの額に赤い点が残る。
「理事長先生」
深見先生が廊下の理事長を呼びとめる。
「事業中にうろうろするもんでねえだよ」
「今年の諦念科が気になりますか?」
理事長がじろりとにらむ。
「神妻舟、白倉清らは本校に呼ぶまでもなく、自分たちの修行の場があります。宝来ゆたかにいたっては、比較的おもしろくない部類の素人です」
「いろんな者がいたほうが、にぎやかでねえか。学校なんてもんは」
「なにかをお探しですか?」
「はやく教室にもどるだよ」
理事長は手をふり、そのまま去ろうとする。
深見先生は上体をかがめて、声をひそめ、耳元でささやく。
「たとえば、「千の夜」のこと―」
言葉の途中で深見先生の額に指が立てられる。
「深見、おまえは生徒のころからつまんねえ噂話が好きだったが、まだ性根がなおってねえだか」
理事長は自分より長身な深見先生をそのまま軽々と壁に押しつけ、ぐるぐると指を回転させる。
「割れます! 頭蓋骨が割れます」
「1度割って中味をいれかえたらええだよ」
理事長が面倒そうに指で額をはじくと、深見先生の首ががくりと落ちる。
「変わらん娘だで」
深いしわにおおわれた目元を少しゆるめて笑う。
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