1.2 はじめまして高速回転

 のどかな町の静かな土地に、団栗山どんぐりやま高校はある。

 歴史はあるがごくふつうの高校で、多くの生徒は普通科に通う。

 その古い校舎の奥には諦念科の棟がある。


 宝来ゆたかは教室の扉の前で構える。入学式で失敗した鮮烈なデビューをここで達成しなければならない。

 呼吸を整えて、一気にダッシュ。

 扉を開け放ち、勢いよく飛び込んで、松葉杖を頭にあてがう。


「ユニコーン!」


 幻想の霊獣を表現してみたが、教室は静まり返っている。

 それどころか、無人。

「ツノの角度はよかったよね」

 パフォーマンスが十分だったことを再確認する。


「ゆかたくん!?」

 おどろきの声を上げながら女子生徒が飛び込んでくる。

「入学式で沈没してた人でしょ? 心配してたんだ!」

 彼女はゆたかに抱きつきながら、社交ダンスのようにくるくる回転する。

「ステップ、ステップ、はい、ターン!」

「急展開から急回転?」

「じょうず! じょうず!」

「コンパスになった気分! 数学的!」

 ゆたかは松葉杖を軸に高速で回転する。


「待って、ケガしてるんだから」

 メガネの男子生徒が止めに入る。

 続いて生徒たちが入室してくる。


「宝来ゆたかくん、はじめまして。こちらは大鳥おおとり世音よねさん。特技はダンス」

 紹介された世音が丁寧にお辞儀する。

「ぼくは神妻こうづましゅう。このクラスの級長に選ばれた。きみのいない間にもうしわけないけどね」

 舟は軽く頭を下げ、笑顔を見せる。やや小柄で幼さの残る顔立ちだが、態度は落ち着いている。


「足のおケガはまだ治っていないようですね」

 別の女子生徒が静かに歩み出る。きれいにそろえたショートヘアの下にやわらかな笑みを浮かべている。

「天使!?」

「それは天におわします」

 少女は制服の上に肩から純白の長い衣をマントのようにまとっている。

「足をこちらへ」

 床に膝をつき、ゆたかのケガした足からサンダルを外し、スカートを内側に折り込んで自分の太ももの上に乗せる。

「待って、複雑骨折もしてないのに。汚いし」

「人が汚いことはありません」

 ほほえみをたたえたまま、軽くにぎった右手を左手でおおいながら、言葉を唱える。

「主よ、このあわれなる若者に、慈しみを」

 両手の間からかすかな光を放つ。その手でゆたかの足にふれる。

「彼女は白倉しらくら清らきよらさん。修道士と紹介すればいいのかな」

 清らは小声で祈りの言葉を唱えながら、繊細な指でゆたかの足首をなでる。

「魔法? あたたかい」

 重くなっていた足の指が動く。勢いよく動かすと、清らの太ももをはいのぼっていく。

「あっ、ごめんなさい」

「器用ですね」

 ゆたかが軽く頭を下げる。足首を回すと違和感なく動く。よろこびながら包帯をひきはがす。

「もうしばらくは安静になさってくださいね」

 白倉清らは音もなく立ち上がり、白い衣を整える。胸元の銀色の輪が光る。


「よかったですわ。記念に花織かおりからプレゼント!」

 満面の笑みの少女は、長い髪に編み込んだリボン、制服のあちこちにリボンの飾り、白いタイツにまでリボンの模様がある。

 ゆたかの首にリボンをかけて蝶結びにする。

「かわいいですわ、花織のリボン」

 ゆたかには見向きもせず、リボンを愛でている。

蝶川ちょうかわ花織かおり、校内でのリボン配布は控えめに」

 ようやく教師が登場する。

「担任の深見朝乃ふかみ あさのだ。宝来ゆたか、本校への入学を歓迎する。ちょうど校内巡回の時間だったのだ。歩きながら話そう」

 諦念科一同が校舎外に出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る