天神笑来カミワライ!
エザキ カズヒト
1. 団栗山高校諦念科
1.1 入学式で入院しました
入学式には、古びた体育館も輝いて見える。
「新入生代表、
「はい」
ゆたかは丸顔をひきしめながら、足を踏み出す。
名誉ある新入生代表はきわめて厳粛に選ばれる。
くじ引き。
だれの意志も都合もなく、最も幸運な者が選ばれる。
最も幸運だったゆたかは階段を昇る。
一歩、また一歩と進みながら、左手にある挨拶の文面を思う。
『これは最高の傑作だ。みんな笑いすぎて屋根が飛ぶぞ』
この日のために練り上げたネタを思い出すだけでにやけてくる。
ゆるんだ顔を右手で隠し、右足、左足、右、左と歩を進めるが、楽しい未来に気持ちを奪われ、おろそかになった足が両方とも同じ段でそろう。
『あれ、右が前だよね。お箸持つ方』
左足を下げる。
『進んでないよ』
右足を上げる。
バレリーナのような開脚に負担を感じて右足をもどすと、コントロールを誤り階段の外側に落ちかけて体を回転させて着地する。そのまま前進。
「はやくも人生、下り坂?」
後ろ向きで前進している。
会場がざわめき出し、檀上で待つ白髪の老婆である理事長が怒りの声を上げる。
「階段で踊っとる場合か!」
「踊り場もないのにね」
ゆたかは振り向きながら社交ダンスのように手を理事長に伸ばしたが、空を切り、両手を大きく開いたまま落下する。
「飛べるかも?」
前向きに考えたが、体は後ろ向きに倒れ、2回転半して、頭を床に突き立て、絶妙のバランスで静止する。
全校生徒が、入学早々の転落劇に静まり返る。
ゆたかは全身の痛みよりもこの静寂に危機を感じ、太い柱につかまるように両手で輪をつくり、両足の裏も合わせて輪をつくる。
体を折って、ふたつの輪を合わせる。
形態模写。
「ハマグリ」
そこから開く。
「ぱかーん」
悲劇からの無理筋な喜劇に数百人の生徒たちが緊迫する。
ぷっ。
最前列の生徒がふきだすと、そこから笑い声がさざ波のように広がり、やがて会場に笑い声が響く。行き場のない緊張感が笑いになる。
それを見とどけたゆたかは貝がふたたび閉じるように脱力し、意識を失う。
顔に深いしわを刻んだ理事長が階下でそれをまじまじとながめる。
「この老婆すら知らぬ、世にもめずらしい能力を持つ小僧と聞いたが―」
ゆたかの足でできた貝のふたを開け閉めしてみる。
「便座でねえか」
* * *
白く清潔な病院の入院室にはいつも静かな時間が流れている。
ただし今日はどたばたと騒がしい。
「ゆたかくん、行ってしまうのか?」
「頭を打ったから念のため入院しただけだからね。足のけがもたいしたことないし」
ゆたかは松葉杖に支えられながら、笑顔で応える。足首を包帯で固定し、足の先にはサンダルを固定してある。
「もう少し休んでいったらどうじゃい?」
「朝食の海苔もわけてやるぞい」
形成外科に入院しているのは老人ばかりで、腰と膝以外はとても元気だ。
「ありがとう。でも、ぼくは学校に行くんだ」
「されども、我ら、生まれし日は違えども、死する日は同じぞ」
「そうだね。もう少し早く出会いたかったね」
「チュパカブラは血を吸う妖怪じゃ」
「そうだね。空も飛ぶんだね」
老人たちはわずかな時間をすごしただけのゆたかとの別れを涙で惜しんでいる。
「ゆたかくん、あんたがいると病室が明るくなるんじゃ」
「うれしいな。でも、ぼくは学校で修行をするんだ」
「なんの修行じゃ?」
「
聞き慣れない言葉に老人たちが首をひねる。
「なんじゃ、それは?」
「ぼくもよく知らない」
ゆたかは陽気に笑う。
「また来るよ」
「そうか。次はゆっくりしていってもいいんだぞい」
ゆたかは万歳三唱で見送られる。
「転落!」、「骨折!」、「長期入院!」
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