六花の恋-ライバルと同居することになりました?-

桜月 澄

第1話 ライバル?

+side咲雪


 私には、負けられない奴がいる。


「わ~っ、朝から雪村くん見ちゃったー!」

「今日もカッコいい~」

 登校の道で騒がれているのは、同じクラスの雪村晃(ゆきむら こう)。登校するだけでこの反応とはいつもながらすごい。

 まあ、雪村の見た目がいいのは私も同意する。烏のような真っ黒の髪に、鋭い視線。シャープなラインにバランスのいいパーツの顔。背丈もあってスタイルもいい。女子からの人気が高い上に、男子からのウケもいい。

 私、司咲雪(つかさ さゆき)は、雪村とは少し距離を置いて先を歩いていた。……のだけど。

「咲雪さん! あの、今日一緒に帰りませんか⁉」

「よかったら俺と昼飯を一緒に――」

「咲雪さん! 俺と――」

「え? あ、あの……?」

 雪村を遠目に観察していた私の前に、急に男子に壁を作られてしまった。うわ……これ、絶対あいつ笑ってるでしょ――

「おい。悪いけどそいつ、俺と勉強漬けになるから。そんな暇ない」

「は?」

 思わず振り仰ぐと、いつの間にか後ろに雪村が立っていた。そんで、怖いカオで私の前を見ている。

「え……雪村と?」

「そう。だから邪魔すんな」

「………」

 なんでお前はそう偉そうなんだ。と、私がツッコむ前に、雪村に腕を摑まれてしまった。男子たちを置いて歩き出す。

「雪村。お前と勉強する予定なんかないでしょ」

「どーせ家じゃ勉強するか家事するかしかしてねーから一緒だろ」

「っ! そういうこと外で言うんじゃない!」

 真顔で言われると余計腹立つ! 凛(りん)ちゃんや琴(こと)ちゃんと連絡とかもしてるわ!

「なに恥ずかしがってるんだ? 同衾(どうきん)した仲だろ?」

「なっ……」

 そ、それこそ外で言うんじゃなーい‼

 本気で首を傾げる雪村を本気で殴ってやろうかと思ったけど、視線を浴びていることに気づいてはっとした。そういやこいつ見目(みめ)良いから目立つんだよ! 一緒にいたら悪目立ちしてしまう! そろりと一歩、横に離れた。

「おい? なんだ、その距離は」

「いや、雪村と一緒に登校する理由ないし。私はフェードアウトしていくのが一番いいな、と」

「隣歩いてりゃいいだろ」

「やだよ」

「ああ、お前、一度も俺を追い越したことないもんな? 俺と並んで歩くのも無理か」

「なんだと⁉ じゃー先に行ってやるわ!」

 カチンときて、雪村を置いてダーッと駆けだした。この……この減らず口がああ!

「あー? 今朝の雰囲気どこいきやがった?」

 雪村がほざいてることも知らず、私は一人の背中に激突して抱き付いた。

「うわっ⁉」

「凛ちゃ~ん!」

「なに、咲雪? どうしたの」

「咲雪ちゃん、今日は遅かったじゃない?」

 私が激突したのは、中学校から一緒の相馬凛(そうま りん)ちゃん。隣からのんびり声をかけてきた八重歯が可愛い子は、高校で友達になった三科琴(みしな こと)ちゃん。

「ごどぢゃーん! あの悪魔がーっ!」

「うん、今日も雪村くんにいじめられたのね? あとで琴がお返ししといてあげるね」

「琴ちゃん天使~」

 よしよし、と頭を撫でてくれる琴ちゃん。ほんわかした見た目とその通りの性格で、本当に優しいんだ。雪村のせいで生えたトゲが二、三本抜けた気がした。

「咲雪、そうやって雪村にいじられてるあんたを見る度に、これが学年トップかって疑問に思うわ……」

「凛ちゃん、何をディスっている?」

 やや毒舌気味なのは昔っからな凛ちゃんだ。私の目がまた昏(くら)さを帯びる。

「いや、だって常にトップの雪村と、タイになるか二位につけるかの咲雪だからさ。ほんとに頭いい奴って普段はこんなんなのか? って。普段から頭いい雰囲気とかないんだなーってさ」

「あいつは素で頭いいの! 私が努力してこの結果なの! 天才と凡才は並べちゃダメなの!」

「盆栽? 咲雪ちゃん、古風な趣味あるのね~」

「いや、琴ちゃんそれは漢字変換が違うって言うかもはや大いなる誤解だよ……」

 にっこりする琴ちゃんは、若干天然が入っている。私はなんと説明すればいいかわからず手をうようよさせる。琴ちゃんに正しく説明するのはなかなか根気がいるんだ。

「そういや咲雪、琴の言う通り今日は遅いな? いつもさっさと教室で勉強してるのに」

「あ~、今朝はちょっと寝坊? しちゃって……」

「なんで疑問形? 咲雪が寝坊なんて初めて聞いたわ」

 私も初めて言ったわ。けど、理由なんて凛ちゃんにも琴ちゃんにも言えない……。

「み、みんなと一緒に行きたかっただけ!」

「可愛いこと言うじゃないか~。よし、あたしも頭を撫でてやろう」

「琴も咲雪ちゃんと一緒嬉しい~」

「あ、あははは」

 ごめん、二人とも。嘘をついてしまった……。本当は今朝、雪村を起こそうとしたときに押し問答があった所為で家を出るのが遅れたんだ……。

「そういや咲雪のお母さん、いつまで海外出張なんだっけ? その間一人って淋しくない?」

 三人並んで歩く隣の凛ちゃんの質問に、びくっと肩が跳ねたのを勢いよく振り返ることで誤魔化した。

「あ、あー、期間は未定? のままなんだ。でも、もともと家には一人なことのが多かったし淋しいとかはないよ」

「そう? 一人が不安だったら呼べよ~? いつでも行くから。ってか今度、琴と泊まりに行ってもいい?」

「あー、……み、みんな都合いい日があったら、ね!」

「楽しみにしてるね~」

 腹が黒い凛ちゃんはともかく、琴ちゃんの天使な眼差しに、私はどんどん居心地が悪くなっていた。これも全部あの悪魔のせいだ……! 母子家庭でお母さんが留守にしている家に簡単に友達を呼べない理由が、雪村と一緒に暮らしているから、だなんて……悔し過ぎて話せないよー! 私だってみんなとお泊り会したいよー!

「すりゃあいいじゃねえか」

「雪村がいるから出来ないんだよ!」

「別に俺、相馬がいようが三科がいようが気にしねえよ?」

「私の立場が悪くなるつってんの!」

 私の家のキッチンで二人並んで、私がジャガイモの皮をむいて、雪村がタマネギをみじん切りしている。雪村は呆れ気味な視線を向けてくる。

「高校からの三科はともかく、相馬は知らねえの? 母さんと小雪(こゆき)さんが一緒に起業したのとか」

「……自分からは言ってない」

「巽(たつみ)は知ってるけど?」

「話したの?」

「うん」

「お前は……なんか、晃くんの生き方ってラクでいいよね」

「さゆもそうやって生きりゃあいいじゃねえか。学校じゃあらしくもなく『雪村』なんて呼んで」

「晃くんは目立つんだよ。私は晃くんとつるんで悪目立ちしたくないの」

「さゆも十分目立ってると思うけどなあ」

「晃くんのせいだろうよ」

 ……実を言うと、晃くんの家も母子家庭だ。私と境遇は違うんだけど、晃くんとは中学で同じクラスになった。私のお母さんと晃くんのお母さんの奏子(かなこ)さんは保護者会で知り合って、お互い母子家庭ってことから仲良くなって、私たちが中一の終わりに二人で起業までした。今は従業員を五人ほど抱えるIT企業で、仕事の統率を社長の奏子さんが、経理が得意なお母さんが副社長で経営を担当している。

「さゆ、ちゃんと見てねえと手までむくぞ?」

「え? あ、ああ」

 晃くんに注意されて、皮むきに集中する。

 ちなみに晃くんは、お母さんたちの仕事をバイトみたいな感じで手伝っている。私も出来たらいいんだけど……今のところ、学校の勉強と家事だけで精一杯なんだ。晃くんほど頭もよくないし、要領もよくない。

 お母さん同士が親友になった縁で、晃くんとは家族ぐるみの付き合いというやつになった。中学のときはひた隠しにしたけどね! だって晃くん、中学んときからハイスペックのルックス良しで、先輩同輩後輩に止まらず、他校生からまで告白されまくっていたから、関わって悪目立ちしたくなくて。

 んで、せめてお母さんに心配や負担をかけまいと、私は勉強に集中しまくっていた。おかげで高校は授業料免除の特待取れたけど、それは晃くんも同じ。ってか、勉強に集中しまくっているうちに、何故か私と晃くんはライバルということになっていた。晃くんは常に学年トップで、私は一位タイになったり、二位になったりがずーっと続いていたからだと思う。

 私とお母さんは、亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた、住宅街の中の一軒家を継いでいる。未婚の母になった一人娘のお母さんと、生まれてくる私のために残せるものはこの家くらいだから、って、生前リフォームをしてくれていて、今は二階建ての洋造りになっている。おじいちゃんとおばあちゃんの記憶は少しだけだけど、二人とも穏やかで仲が良くて、大すきだった。

 その家になんで晃くんがいるかと言うと……高校に入って少しした頃、家に帰ったら晃くんがいた。

『あれ? 晃くん来てたんだ?』

『来てたってさゆ……なんも聞いてねえの?』

『へ?』

 晃くんは私を「さゆ」って呼ぶ。学校では絶対止めて! って厳しく言ってあるけど。だって悪目立ち(以下略

『さゆー? 帰った?』

『お母さん。奏子さんも』

 リビングには、ノートパソコンを広げたお母さんと奏子さんがいた。うちでもお仕事中かな?

『さゆ、ちょっと話があるから座って?』

『? うん』

 お母さんに呼ばれて、ダイニングテーブルにつく。四人で食事することもよくあるんだけど、私の隣には晃くんが座る。この日もそうだった。

『仕事でね、私と奏ちゃんで海外出張することになったの』

『あ、そうなんだー。忙しそうでなにより』

『……軽いな、さゆ』

 隣から聞こえた声は呆れていた。

『だって仕事が忙しいのはいいことじゃない。倒れたりまではいったら駄目だけど』

 今度は奏子さんが話し出した。

『うん、それでね、さゆちゃん。実は期間がまだ決まってなくて、一カ月になるか半年になるかわからないのよ』

『その間、さゆを家に独りになんてしておけないからって奏ちゃんが、晃くんを一緒に住まわせることにしてくれたの。と言うわけで、帰る時期がわかったら連絡するから、晃くん、さゆをよろしくね?』

『っす』

『ちゃーんと、さゆちゃんのこと護るのよ?』

『当然』

 ――と、私が発言する隙も与えず話は進んでいった。私はただ瞬きをするばかりで、話についていけなかった。私の意識が現実を認識したときには、お母さんと奏子さんは仕事のために会社へ戻ってしまっていた。

『……………はあ⁉ どういうこと⁉』

『さゆ、遅い』

 晃くんも、いつの間にかソファの方にいた。

『え、だ、なん⁉』

『落ち着け』

『落ち着けるか! だってそれって、晃くんと一緒に住むってことでしょ⁉』

『だな』

『私、凛ちゃんや琴ちゃんにも言ってないんだよ⁉ 晃くんと仲いいの!』

『俺は巽には言ってるし、さゆも言って構わねえよ?』

『巽はいいんだよ! うちのことも知ってるから!』

 晃くんの親友の藤沢巽(ふじさわ たつみ)は、私とは保育園も小学校も同じの幼馴染みたいなものだ。私の家が母子家庭なのも、その大まかな経緯も知っている。

『だって晃くんの周りの女子とかマジ怖ぇ!』

『……それ、俺の所為なの?』

『晃くんの所為ではないけど! ってか、今まで一人だったことも多いしそんな心配いらないよ……』

『駄目。一人には出来ない』

『……っつーてもさあ』

 なんで晃くんと一緒に暮らすなんて話に……。

『さゆは女の子なんだから、危険なことは芽を摘んでおいた方がいいだろ。俺も少しは家事出来るから、さゆにばかり負担かけない』

『……晃くんが家事カンペキなのも知ってるけど……』

 お母さんと二人暮らしで、奏子さんは多忙の身だから、家のことのほとんどを晃くんがやっている。

『そう深く考えんなって。今まで家に遊びに来ていたのが、少し長い時間いるようになったとでも思えば』

『……わかった。お母さんも奏子さんも、心配してくれてのことだかんね。でも、条件つけていい?』

『条件?』

『そう! 学校では今まで通り接すること。それと、一緒に暮らしてることは絶対に言わないで!』

『さゆがそれでいいんなら、それでいいけど』

『あと、勿論登校下校も別々ね』

『……同じ家から出て、同じ家に帰るのに?』

『晃くんの周りに彼女でもない女子がいたらツブされそうな不安しかないんだよ』

『……わかった。よくわかんないけど、知られないようにしときゃいいんだな?』

 わかったのかよくわかってないのか、わからなかった。

 ――それから三週間後、空港でお母さんと奏子さんを見送った。帰る時期がわかったら早めに連絡を入れてくれるとのことだ。それまで……学校イチのモテ男の晃くんと同居しているって知られないようにしなくちゃ……。

『さゆ、帰りも別のがいいんだっけ?』

『うん、悪いけど外で一緒にいるの見られてもヤバいと思うし。私、本屋さん寄って帰るから』

『あ、俺も』

『………』

『………』

 こ、……この勉強好きめ!

『じゃ、じゃあ家で合流ってことで。すまないけど時間差で!』

『わかった』

 駆けだした。

 地域で一番大きな書店に入って、参考書のコーナーを見ていると。……晃くんが現れた。お気に入りの本屋さんも同じなんだよなあ……。晃くんが私に気づいたようで一瞬目が合ったけど、私はすぐに逸らした。すまない。私のことは嫌いになってくれても構わないから……! って、こっち近づいて来るし!

 ……けど晃くんは少し離れた場所で止まって、書架を見上げている。あ、喋りかけたりはする気ないんだ。それもそうか。中学んときから私、本当にしつこく言っているし。……こんな扱いされて、晃くん、なんで私に愛想つかさないんだろ。私だったら……。

 ――トントン。

 注意を引くみたいに、棚を爪で叩く音がした。

 そっとうかがうと、晃くんが横目で私を見ていて、何かを人差し指で指した。ん? と思っている間に、晃くんは踵を返して、別のコーナーへ行ってしまった。何かあるのかな?

 そそそ、と横に移動して晃くんが差したあたりを見上げる。

 あ。

 私が探していたやつだ……。

 晃くんが消えた方を振り返ると、その背中が本棚に隠れるところだった。必死にありがとうの念派をおくってから、本を手に取る。私のことまで把握してくれているって、さすが晃くんだなあ。

 家に帰ると、数分の差で晃くんも帰ってきた。

『おかえりー』

 ちょうど洗濯物をリビングに運んでいて、玄関で晃くんと出くわした。

『……ただいま……?』

『なんで疑問形なの。あの、さっきはありがとね?』

『? なにが?』

『あー……色々?』

『……?』

『い、いいから、早くあがりなよ』

『うん。晩飯何にする?』

『えーと……キャベツが丸まるあるから使いたいな』

『……ロールキャベツとか?』

『いいね』

『じゃあそれで――』

 そんな感じで、和やかに昨日の夜は終わった。

 んで、翌日である今日の朝。

 いつもだったらパジャマのまま朝のうちの準備、ご飯とか洗濯とかするんだけど、朝から晃くんが一緒だから一応制服に着替えて部屋を出た。晃くんを起こしてから――と思っていたら、同じタイミングで正面の扉が開いた。

『あ』

『あ』

 制服姿で、いつも通りダウナーな感じの晃くんだった。晃くんには、空き部屋になっていた部屋を使ってもらっている。お客様用にって、ベッドとかも用意してあったからそれも。

『おはよ。もう起きてたんだ』

『はよ。朝は色々やるから……。さゆのことも起こそうと思ってたんだけど』

『私も晃くんのこと起こそうと思って』

『……それでそのカッコ?』

『うん。耳元でガチャガチャ騒いでやろうかなーと』

 私は、昨夜のうちの用意していたフライパンとお玉を両手にしている。

『と言うわけで、もう一回寝ててもいいよ? ちゃんと起こすから』

『いや、俺がさゆを起こす』

『いやいや、ここまで用意したからには譲れないよ』

『俺だってさゆのことどう叩き起こそうか考えてたから』

『叩き起こすなよ! せめて普通に起こしてよ』

『じゃあ普通に起こすからもう一回寝てて』

『制服まで着てるのに⁉』

『俺も制服だけど』

 ……こんなやり取りをしていたら時間喰って、二人して慌てて洗濯物廻してご飯作って食べて飛び出して来たんだ。それで、遅い時間の登校になったわけだ。

「ねー晃くん。今朝どっちも自力で起きたから、起こすのどうのはやんなくてもよくない?」

 隣でフライパンを操っている背の高い晃くんを見上げる。

「ん? ああ、そうだな。さゆの起こし方カゲキそうだし」

「晃くんは叩き起こそうとしたんだよね? 晃くんのがカゲキ」

「俺はフライパンなんて持ってねえぞ」

「そーですな。はい、この話は終わり」

「さゆから振ったくせに」

「お風呂、先に入るのは交互にしない?」

「いいよ。じゃあ今日はさゆ、先。昨日は俺が先だったから」

「洗濯が悩みどころなんだけど……」

「? なんで?」

「え、いや、だってさ……」

「うん?」

「…………下着とかあんじゃん」

「……ああ」

「なに、その今気づきましたみたいな反応」

「今気づいたから。俺は気にしないけど……」

「私は気にするね。晃くんは自分の……服、私に見られてもいいんだ?」

「さゆだったら盗むとかしないだろ」

「………盗む?」

「うん。よくジャージとかネクタイとか、更衣室から盗まれたことあるから」

 イケメンぱねえな。

「その度に新しいの用意しなくちゃで、母さんに負担かけた。盗んだ奴らは未だに赦せない。誰だかわかってないけど」

 あー……晃くんも、奏子さんに負担かけたくないって特待取ったくらいだからな……。

「なんか、晃くんなら大丈夫な気がしてきた」

「なにが?」

「別に私の下着見たって、私が気まずくなるだけで晃くん気にしなさそうだし」

「え……それは……」

 急に晃くんが口ごもった。

「さ、さすがに、俺も気恥ずかしい、と思う……」

 ふいっとそっぽを向かれた。見える耳が少し紅い気がするんだけど……。ちょ、私まで恥ずかしくなるんだけど!

「そ、そっか。じゃあ、その、し、下着類だけは別々に洗って、自分で干したり仕舞ったりすることにしようかっ」

「そ、そうだな。それがいいと思う」

 ヘンな空気になっちまった! 晃くんが空笑いしてるし!

「た、巽にはどこまで話したの?」

「母さんと小雪さんが一緒に起業したこととか、さゆん家に行ったり俺ん家に来たりがよくあることとか」

「んー、そのくらいなら問題ないか。巽だし」

「巽だから言いふらしたりしないだろ?」

「だね。んで、話戻るけど、晃くんと一緒に住んでる限り、私は凛ちゃんも琴ちゃんも連れて来ないから、晃くんからバラしたりしないでね?」

「さゆがそれでいいんならいいけど……さゆの友達の話だし」

「それがいいの。よろしく」

「りょーかい。あ、食材の買い出しはどうする? 荷物持ちするって言いたいけど、一緒に出掛けるのダメなんだっけ?」

「あー、うん。今まで通り、学校帰りにスーパー寄ってくるよ。特売は日によって違うから」

 キラッと光る私の主婦魂。同じ光が晃くんの瞳にも宿る。

「わかる。じゃあそれも一日交替で分担しない?」

「いいの? 早く帰って勉強したいんじゃない?」

「それはさゆも一緒だろ。あ、米とか重いモンは俺担当」

「助かるけど……」

「じゃ、それで決定。あと決めとくこと、ある?」

「うー……? 今は思いつかない、かな……」

「なら、その都度話していこ」

「うん」

 晃くんは。

 ……実はこんなに優しい人です。そりゃあ女子に人気あるわな。

「あ、そうだ」

「うん? 晃くんから何か?」

「今日なんだけど、三科が俺んとこ来て、さゆをいじめるなって怒るだけ怒って帰って行ったんだけど。あと俺のこと、悪魔って言ってたんだけど。どういうこと?」

「………」

 サーッと血の気が引いて行った。け、今朝の……。

「さゆ、俺のこと悪魔だと思ってるの?」

「そ、それは認識の祖語があると言うか――て、天使な琴ちゃんと比べたら、な話だよ!」

「……三科が、天使?」

 こてん、と首を傾げる晃くん。す、すまねえ……!

「あの元ヤンが……?」

「うん? 晃くん何か言った?」

「いや、なんでもない。でも悪魔と思われるほどさゆに嫌われてるとは思わなかったから凹んでる」

「嫌ってなんかないよ! いつも助けてくれるし料理上手だしお母さんたちの会社の手伝いまでしちゃってるし、晃くんのこと尊敬してるから!」

「……そこまで言われると……」

「うん?」

「……少し、恥ずかしい……」

「あ、ごめん――。……でも、本当のことだから。私、晃くんには憧れ続けて行くと思うから」

「さゆ、それって……」

「あ、告白とかじゃないからね? 恋愛感情どうのじゃなくて、人間として、晃くんは私の中ですっごい特別な位置にいるの。だから、学校で晃くんのライバルって言ってもらえるの、すごい嬉しいんだ。晃くんには全然敵わないけど、みんなには、晃くんと対等な位置に見てもらえてるみたいで。だから、これからも晃くんに勝つ気で行くから!」

「……そうですか」

「そうです! そういうわけで悪魔って言ったのは謝ります! ごめんなさい!」

「……結局言ってんじゃん」

「う……ごめんなさい~。でも今朝は晃くんがヘンに絡んでくるから、ちょっと頭に血ぃ昇っちゃって……」

「今朝って……さゆ、あいつらに言い寄られてるってわからないの?」

「へ? なんの話?」

「……小雪さんに頼まれるわけだ」

「晃くん?」

 またボソッと言ったのが聞こえなくて、振り仰ぐ。晃くんは「なんでもない」と軽く首を横に振った。

「ってか、晃くんこそ人がいるとこであんな話しないでよ」

「あんな話?」

「ど、同衾、とか。中一んときに一緒に縁側で寝ちゃったってだけでしょ?」

「状況だけ見ればそうだろ」

「晃くんファンの女子に知られたら私シメられしかしないから。女子の間ってほんと怖いからね? もう男に生まれて来たかったわ! ってくらい陰湿だから」

「……男の方は、それはそれで暴力とかあるよ?」

「う……それも怖いな」

「どっちもどっち」

「ですな」

「でも大丈夫だよ。さゆのことは俺が護るから」

「―――」

「さゆが男を怖がってるのわかってるし、女子同士の問題避けたいのもわかってるから、心配しなくていいよ」

「……晃くん、悪魔って言ったの撤回します」

「ん?」

「晃くんは神様です」

「え、何その格上げ? みたいな判定は」

「晃くん神様過ぎるよ。絶対幸せになってね」

「……どうしたの、急に」

「急にそう思ったの。どんな形でもいいから、晃くんには絶対幸せになってほしい」

「……うん、善処する」

「うんっ」

 晃くんは、恋愛することを避けている。だから、どんな形でもいいって思った。絶対、幸せになってほしいと思った。


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