4、パワースポット

 十一月に入り、今年もあと二ヶ月を切った頃。

なんと浦が自分で北本を誘うという男気を見せた。


「前に志木と宮町が話してたんだけどよ。学問の神様が居るっつー神社、行ってみねぇ?」


 教室内で、しかもわざわざハルや友人達が居る前で誘うあたり、以前ハルが協力を拒んだ当て付けもあるのだろう。

何にせよかつての彼からは考えられない進歩である。


 北本が何と答えるのかドキドキしながら見守る。

そんな周囲の心情など露知らず、彼女は笑顔で食い付いた。


「えー、何それ! 来月は期末試験もあるし、ゲン担ぎに良いかもね!」


 中々の好感触だ。

パァッと浦の表情が明るくなる。


「! じゃあ、」


「じゃ、皆の都合良い日合わせて、お参りに行ってみよーか!」


 ウキウキと場所の検索を始める彼女に、浦は「マジか……」と項垂れた。

勇気を出した結果がこれでは流石のハル達も同情する。


「あ、そうだ!」


 北本は両手を叩くと愛らしい笑顔で八木崎の席へと駆け寄った。


「ね、ね、八木崎君も行かない? 学問の神様が居るっていう神社のお参り!」


「ちょ、アカリ~……」


 大和田が頭を抱える。

ハルが恐る恐る浦を見やれば、彼は鬼神の如き顔をしていた。

八木崎は浦の顔を見て悪どい笑みをこぼしたものの、すぐにそっぽを向く。


「行かね」


「えー、でも、ボウリングだって、何もしないでいつの間にか帰っちゃってたじゃん!」


 一人ぼっちの人間を放っておけないタイプの北本はしぶとく食い下がる。


「……桜木は行くんか」


「え? まだ聞いてないけど、誘うつもりだよ」


「北本は宮町達と皆で行くん?」


「うん、そのつもり」


 ふーん、と八木崎は興味なさげに頬杖をつく。


「男誘いてぇんなら俺でねくて、川口あたりでも誘っとけ」


 志木が「お、それ良いね!」と空気を読まずに場を茶化す。

北本が頬を膨らませたが八木崎はそれ以上何も喋らなかった。


(アカリちゃんもめげないなぁ……)


 フットワークの軽い北本と志木は既に川口に声をかけている。

ハルは北本の鈍さに呆れながら浦の顔色を窺った。

「断れ、川口、マジで」と念じる姿が痛々しい。


(そういや川口君、前にアカリちゃんとの噂があったっけ……)


 川口は人気も人望もある好青年だ。

桜木とはまた違ったタイプの王子様然とした爽やかさがある。


「川口が来たらそれはそれで一波乱ありそうなんだけど」


「八木崎の奴もさ、ありゃ~絶対わざとだねぇ。性格わっるぅ~」


 大和田とリナがひそひそ話をしているのを、八木崎は無言で睨み付けた。


「川口、用があって来れないってさー」


「マジか!」


 志木が両手でバツを作ると、浦は途端に元気を取り戻しガッツポーズまで決めた。

感情の忙しい男である。

かくして神社にはハルと北本、大和田、リナ、志木、浦、桜木の計七人が行く事になった。



 ところが当日、誰もが予期せぬアクシデントが発生する。


 なんと北本が体調を崩したというのだ。

既に駅に集合していた全員に動揺が走る。

特に浦の落胆が大きい。

彼からすれば肝心の北本が居ないのではこの集まり自体意味がないのだ。

彼女は自分の事は気にするなと伝えていたが、全員すっかり神社に行く気が失せてしまった。


 このメンバーで適当に遊ぶか、解散するか──

気まずい空気が漂う中、浦が「見舞いに行きたい」と騒ぎだした。


「いやいやいや、体調わりぃ当日に押しかけられても迷惑だろ」


 至極真っ当な桜木の制止は彼には届かない。

結局浦と、彼のお目付け役として大和田と志木が北本の家に見舞いに行く事になった。


(アカリちゃんも心配だけど、あの三人……大丈夫かな……)


 桜木は見舞いに行かずに遊ぶ訳にもいかない、との理由で電車で帰ってしまった。

北本だけでなくお目付け役となった二人にも遠慮している所が彼らしい。


 見舞い組と別れ、桜木と別れ、ハルとリナの二人だけが駅前に取り残される。


「いやぁ~この展開は流石に想定外ですにゃぁ~」


「本当にね……」


 お手上げのポーズでふざけるリナと顔を見合わせ、苦笑する。


「それにしても、宮宮コンビだけってのは珍しいねぇ~」


「そう、だね。学校外では初めて、だよね」


「桜木はああ言ってたけどさ。折角だし、ウチらはどっか行かない?」


「え、あ、うん……」


 緊張気味のハルを察したらしく、リナは「初デートって奴っすなぁ」とケタケタ笑いながらスマホを弄った。

何かを調べているらしい。

彼女は暫くして「お、この辺とか良いかな」とスマホの画面をハルに向けた。


「何?」


「パワースポット情報が載ってる掲示板だよー」


 スマホには個人サイトの掲示板らしき画面が表示されており、その中の書き込みに世与市の公園名が記載されていた。

その公園に植えられている大きな桜の木が運気が上がるパワースポットなのだそうだ。

書き込みが複数ある辺り、それなりに有名な場所なのかもしれない。


「私も最近教えて貰ったスピリチュアル系のサイトなんだけどね。ほら、少し前に流行ったじゃん。良い気を取り入れて運気が上昇っ! 的な美活」


「あぁ、聞いたことあるかも」


 ハルは以前テレビで観た神社やお寺などのパワースポット巡りを思い出す。

「眉唾もんだけどね~」と笑うリナは志木とは違い、そういった噂話は半信半疑派らしい。

彼女はスマホを片手にバス停の方を見やる。


駅前ここからバスで六ヶ所目のバス停降りてすぐだってさ~。ま、話題作りにはなるんじゃない?」


「う、うん」


 嫌な顔一つ見せず明るく話題を提供してくれるリナに感謝しながら、ハルは控えめに頷く。

お調子者と口下手と、真逆の二人だが案外良い組み合わせなのかもしれない。

「そんじゃーレッツゴー!」と飛び跳ねるリナに引っ張られる形で、ハルはパワースポットとされる公園を目指した。




 バスを待つ間も乗車中も、とにかくリナはよく喋る。

ハルが聞きに徹しているのもあるが、彼女の引き出しはとにかく多い。

「あそこに新しい店が出来る」といった話から、「誰と誰が付き合ってるらしい」といった信憑性の薄い話まで多岐に渡る。


 散々喋りまくった後、リナはふと「アカリ、平気かなー」と窓の外を見ながら呟いた。

普段利用しない路線のバスはのどかな道を進んでいる。

駅周辺の栄えた街並みも、少し離れるだけでかなり田舎じみた印象である。


「浦の奴さ。アカリへのアプローチ、かなり焦ってるよね。来月クリスマスだし、由羽子ユーコも大変だ」


「? なんで、志木さんが大変なの?」


 キョトンとするハルに、リナは「嘘でしょ!?」と大袈裟にひっくり返った。


「ハルってば、由羽子ユーコが浦にホの字なの、気づいてなかったん?」


「えぇ!? そ、そうなの?」


 まさかの三角関係に耳を疑う。

ホの字という古い表現に突っ込む余裕もない。

あの快活な志木が浦の一体どこを好きになったというのか。

浦が苦手で仕方ないハルには見当もつかなかった。


「不器用でバカ可愛い所が良いんだってさ。趣味悪いよねぇ。んでもって、やっぱりハルはニブチンだぁね~」


 よほどハルの百面相が面白かったのか、彼女は上機嫌で「そりゃ桜木も苦労するわ」と前の空席を叩いた。

自分に矛先が向きそうになり、ハルはしどろもどろに言い返す。


「そ、そう言うリナちゃんは、どうなの……?」


「私ぃ? 残念ながらぜーんぜん浮いた話がないんだよねぇ。これが少女漫画ならイケメン幼なじみとラブコメまっしぐらだったろーけど」


「神様は不平等だわー」と腕を組むリナに、何となく思い付いた疑問を口にする。


「幼なじみ、いるの?」


「その質問はムズいねぇ~。一応イケメン枠の川口が、生まれた時からご近所さんなんだけどね」


 これも初耳である。

「そうだったんだ」と意外がると、彼女はいやいやと右手を振った。


「でも特に仲良かった事も、一緒に遊んだ事もないしで、実はよく知らないんだ」


 幼なじみといっても現実はそんな物らしい。

リナは「ま、今は自分の恋より他人の特ダネ探しのが性に合ってんだよね。私、将来記者になりたいし」と指でカメラを撮るフリをした。

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