危険なワルツ

村岡真介

ロボットになる

「ねえ、母さん」

「なーに、大輔だいすけ?」

「俺決めたよ、ロボットの体になる。このまま、こんな苦しい思いをしながら死んでしまいたくはない。もし手術が失敗しても、悔いはないよ。どうせ運命は決まってるんだ。座して死ぬのを待つより、ロボットになって生き抜くという一縷の望みに賭ける」

「そう、母さん嬉しいわ。私は信じてた。大輔がそういう答えを出すのを。大変だろうけど頑張ってね」


 ここは大学病院の一室。主に末期のがん患者が入院している病棟だ。


 俺は肝臓がんを発症し、抗がん剤治療も虚しくがんは全身に転移しこの病院に運ばれてきた。


 22世紀。アンドロイドが街を闊歩し、完全に普通の人間と区別がつかない。そのロボット技術を転用して末期がんの患者の体をロボットの体に付け替える。そのプロジェクトの最先端をいくのがこの病院なのだ。


 今まで手術を受けて成功したのは三割。まだまだつたない技術だが、何もしないなら確実に死が訪れる。俺は三割の成功例に賭けてみようと思った次第だ。


 母さんは頂き物のリンゴを剥いている。永遠にこうした時間が流れていた気がして俺は首を振る。


「父さんは今海外かなあ」

「そうよ仕事で忙しいのよ。あまり顔見せなくても許してやってね」

「分かってるよ」

 リンゴを受け取った俺は弱々しい手で口に運ぶ。つんと酸味がきいてシャリシャリとした食感でしばし口の中を楽しむ。


 あおいはどう思うかなー。俺はかつて恋人だった人を思い出す。もう先がないと分かった時に俺の方から強引に別れ話を切り出したのだ。


 あおいは狂乱したごとく泣きわめいた。俺の肩に寄りかかり「捨てないでー」と何度も言った。


「捨てる訳じゃないよ。俺は行くべき所へ行くんだ

 よ」


 何度も話したが感情の整理がつかないらしい。そんな彼女を静めるように最後の夜を過ごした。


 ――あれからもう半年か


 今はもう懐かしい思い出になってしまった。愛しているからこそ突き放したのだ。


 肩を掴まえられた感触は今でも生々しく覚えている。震える手でわしづかみにされ、揺さぶられた。激しい感情が俺の体を伝う。最後は力尽き膝を床についた。




 手術の日がきた。幸いがんは脳にまで達していなかったので、俺をむしばんできたがんともおさらばだ。


 手術室に運ばれる。口に何かの機具を当てられると一気に睡魔が襲う。俺はなすすべもなく眠りの世界に吸い込まれていった。


 目を覚ましたのは二日間たってからだった。体が全く動かない。しかし手術は成功したようだ。生きている。今はそれだけで十分だった。


「手術は成功しました。これから神経系統をつなげるリハビリに入ります。なーに、一年もすればよくて全快、悪くても歩けるくらいにはなりますよ」


 主治医が楽天的な事を言う。


 俺は気になっていた事をはずかしながらも聞いた。

「一つ質問ですが、下半身はどうなんでしょう?女性の裸をみてちゃんと立つんでしょうか」

「それは心配ありません。いまのロボット技術は革新的に進んでおり、ちゃんと勃起するようにできています」

「そうですか。なんか、安心しました。やはり男であることを捨てたくないですからね」

「しかし女性と交わってもエクスタシーは感じないという結果が出ています。精子が有りませんからね。そこは我慢してもらわないと」

「それで十分です。女性を……あおいを喜ばしてあげたいんです」




 リハビリが始まった。まずは指を動かすことからだ。神経は繋がっているはずなのに全く動かない。感覚はある。しかしかなり大雑把な感覚で痛みなどは感じない。


 俺は右手の人差し指に全神経を集中させる。時々左手の人差し指に変えても同じく動かない。


「最初は皆さん、そんなものですよ」

 リハビリ担当の理学療法士が笑顔で答える。


「これをどうぞ」

 手鏡をかざされた。首を切った切り傷は全く見えなくなってしまっている。その鮮やかなメスさばきに感心しきりだ。そうやって患者の動きたいという本能を開花させるのだろう。


 理学療法士のお兄さんが俺の右手を懸命にさすっている。そして電気療法だ。手首と指先に針を刺し微弱な電気を通して動かすコツを思い出させる。


 三日後、人差し指がピクリと動いた。


 トントントン


 ついに人差し指がいうことをきくようになった。後はこれを残りの九本に施せば指だけはどうにかなるだろう。


 指から腕へ、そして全身へと、力強くはないものの、ついに全てを克服した。軽い日常生活ならなんら問題のないところまできた。ここまでに半年かかった。


 ナースステーションに行き、預けている小遣いを受け取った。早速ジュースを買うと、一気に飲み干す。胃と思われる器官に入ると、ちゃんと膨満感が得られる。生きている事を実感する瞬間だ。


 上から入れると下から出る。小腸に当たる部位で栄養はしっかりと吸収され、生体部分である頭部へと送られる。


 詳しい事はまるで分からないが、俺はこの新しい体をすっかり気に入った。通常のリハビリに加えウェイトトレーニングをやれば力強さも回復すると言う。


 新しい体を操縦しているという感覚もない。手術の成功者の半数が、この感覚に陥るそうだ。俺は今までの体と同じように思っていた。

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