第37話 悪夢
とある帝国守備兵は、足が止まっていた。
彼の目の前では戦闘が繰り広げられていた。
いや・・・正確に言えばそれは戦いではない。
一方的な虐殺だった。
眼の前には、薙刀のような長刀を振るう赤髪の女が居た。
その女は、沢山の刀を身に着けていた。
背中に二振りの刀を、腰の側面と後方にそれぞれ二振りの、大小合わせて六振りの刀を身に着けていた。
彼女は戦闘中に状況に応じて刀を入れ替え、あらゆる局面に対応している。
・・・が、今は全ての刀を鞘に収め、薙刀のような武器を振るう。
その矛は、異様なほどの切れ味だった。
全身を重装備に固めた帝国軍重装歩兵を、まるでバターを切り分けるが如く、滑らかに切り裂いていく。
かつてはグレンを・・・ヴォルゲンを切り裂いたその❝悪魔の矛❞で、今は帝国軍将兵の命を、魂を刈り取っていくのだ。
そう、死神の鎌のように・・・
グレンの荒々しい戦い方とは全く異なるその様は、戦場をまるで舞踏会の会場の如く優雅に、可憐に舞い踊るのだ。
現状を忘れ、呆然と見つめていた帝国軍守備兵は、フッと我に返った。
そのまま気づかないままに切り裂かれていたほうが、幾分かはマシであったのではないだろうか。
もう、誰も居ない。
自分だけだ。
誰も、どこにも居ない
彼以外は、全員が原型を留めないままに、血の海へ沈められていた。
悪魔が彼に気がついた。
手足が動かない。
彼は恐怖で凍りついていた。
剣を振るうことも
踵を返して逃げ出すことも
彼には出来ない。
自分が呼吸をしているのかさえ分からない。
悪夢だった。
質の悪い夢なら・・・どれほど良かったことだろうか・・・
だが
無情なる現実が
一歩、一歩、また一歩と彼に近づいてくる。
死が
明確なる死が
近づいてくる。
彼の剣の間合いに、悪魔が入ってきた。
動けない。
彼は
何も
動けなかった。
「・・・?」
悪魔が何かを呟いた。
聞き取れずに居た彼は、只々困惑していた。
もう一度、彼女は囁いた。
「あなたが最後なの?」
それが彼の、この世で最後に聞いた言葉だった。
そうして、帝国軍城門守備兵は全滅した。
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