第2話 皇國の守護者は西へ至る

  


            ~数日後 皇國西方軍後方指揮所において~




「東方軍の大将軍であった閣下が何故ここの配属になったのですかね?」



先ほどグレンに大目玉を食らわしたエミリアは、前を歩くグレンに聞こえない程度の声で部下に質問を受けた。



エミリアは訝しげに部下を見つめた。



「別にどうでもいいでしょそんなこと」



心底どうでもいいといった感じで返事をする。



「何でそんなこと聞きたいの?今は非常事態なのよ、状況把握と対応に努めなさい。」



先ほどのやり取りの不満がまだ残っているのか、ひどくぞんざいな態度だ。



「申し訳ありません、前々から気になっていたので。」



意に介さないといった風に、部下は話を続ける。



「“東部でアレだけの戦果を挙げたなら西部でも問題ないだろ”っていう感じじゃないの?知らないし興味ないけど」



「そんなにお座なりな理由で、この非常時に適当な人事をしますかね?」



「さあね、私達西方軍には迷惑な事この上ないわ」



エミリアは会話をそこで打ち切った。



これ以上は何も得ることはないと察したのか、部下もそれ以上話すことは無かった。



❝戦闘龍❞グレン・バルザード



その名は遥か大陸の彼方まで知れ渡る、救国の英雄である。



グレンは、元々皇國東部の辺境の村でこの世に生を受けた。



幼少期はごくありふれた少年だったそうだ。



“笑顔が愛くるしい”少年といった、聞くに耐えないオゾマシイ噂を聞いた時は胸焼けがしたものだ。



“天使のようだった”と聞いた時には、危うく昼食と感動の再開を果たすところだった。



10歳までその村で育ったそうだが、その村は帝国による皇國侵攻軍の橋頭堡とされ、グレンはその村を追われることとなる。



“そこで戦火に巻き込まれて死ねば良かったのに。帝国の連中クソの役にも立たねえな。”



その後グレンは、東部の軍幼年学校に入学・卒業し、士官学校へと進んだ。



14歳か15歳で初陣を経験し17歳頃に、“山界の悪魔”と戦い重傷を負いながらも勝利し、自らの配下に加えたそうだ。



“そこで大人しく斬られて死ねばよかったのに。何なら今からでも死んでくれて一向に構わん”



その後は何か“戦闘龍”だの“皇國の守護者”だのと随分ご大層な二つ名が有るが、正直言ってどうでもいい。



“頼むから本当に仕事してくれ”



エミリアは切にそう願っていた。



昔は昔、今は今だ。



今のグレンは、自分よりも背が低く、覇気もなく、無精髭だらけの、冴えないおっさんだった。



エミリアとしても正直がっかりしていた。



“母さん・・・話が全然違うじゃないのよ・・・何?あの男全然動かないけど・・・”



シクシクと物思いにふけながら歩いていると先頭のグレンが西方軍後方指揮所に到着したようだった。



天幕に入ると男の雰囲気は豹変した。



「アリア、第二軍団準備は出来たか?」



「はっ!先程二個師団を増援に向かわせました!」



アリアと呼ばれた女性将校はハキハキと答える。



「デュラン、今敵の侵攻本軍はどこまで来た?」



「国境までおよそ半日ほどの所まで迫っています。先ほどの増援が間に合うかの瀬戸際の距離です」



ヂュランと呼ばれる高級将校が、現在の厳しい状況を伝える。



「ランド、第二軍団の後半組はいつ立てる?」



「一両日中には行けるかと」



ランドと呼ばれる幕僚が端的に答える。



「遅いわ急かせ、もう敵は目と鼻の先まで来るぞ」



「はいよ、わかりました」



そこには先ほどの、覇気の無い疲れきった濁りきった目をしたおっさんから一変した。



配下の幕僚に対して次々と指示を飛ばしている、歴戦の武将然としたグレンがいた。



“お前普段からその調子で仕事しろよクソが、いい加減ぶち殺すぞチンクシャじじい”



腹の内で思わず悪態をついた。



大きな舌打ちが出そうだったが、どうにか押しとどめることに成功したエミリアは、本来の職務に戻る事になる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る