燃え尽き症候群の勇者

ちびまるフォイ

幸せはそのときに気づけない

「はぁ……」


「どうしたの勇者。魔王も倒して世界も平和になって、

 ため息つくことなんて、なにもないじゃない」


「あるよ! ありまくるよ!」

「なんなのよ」


「最近はなにやっても面白くないんだよ。

 充実してないんだよ。世界が灰色になったみたいだ」


「思春期の女子みたいなこと言ってる……」


「思えば、冒険していたときは毎日がキラキラしていた。

 明日はどんな作戦をためそうとか、

 どんな敵が出てくるかを考えながら寝たものだった」


「お、おお……」


「仲間たちともケンカや恋愛のいざこざがあったけど

 それでも毎日変化と刺激に絶えない日々だった」


「毎回あんたきっかけだったけどね」


「それが今はどうだ! 仲間はお役御免とばかりに離脱!

 俺はこんな片田舎で隠居生活! なんだこれは?!」


「こうして姫を嫁にできて、世界も平和になって

 これ以上いったい何を望むのよ。

 また勇者としてチヤホヤされたいの?」


「ちげーよ! あの頃のような充実感がほしいんだよ!

 血湧き肉躍る日々を取り戻したいんだよ!」


「わぁ……有り余るエネルギーが暴走しちゃってる……」


このままでは悪落ちしそうなので、

姫は勇者にいくつか街でやっているイベントを紹介した。


「勇者としての活動はもうないかもしれないけど、

 街にいけばなにかあるんじゃない? 剣術指導とか」


「なるほど……それならいいかも」


勇者はタンスにしまっていた昔の衣装を取り出し、

整髪料で髪を固めると街に繰り出した。


ものの数分後に魔法ですっ飛んできた。


「おかえり。なんかずいぶん早かったね」


「無理。全然ダメだ」

「え」


「剣術指導もヨガ体験も勇者ヒーローショーもやってみたが

 あの頃のような充実感はなかったんだ。灰色だった。

 耐えられなくなって戻ってきた」


「不登校の児童に見えてきた……」


「俺は! 俺の能力すべてをぶつけられた

 あの頃のような充実感がほしいんだよ!! うおおお!」


勇者は苦しみのあまり地面に何度も頭を打ち付ける。

いくらか流血したことで頭が冷えたのかアイデアがひらめいた。


「そうだ! 現実が充実しなければ過去に戻ればいいんだ!!」


それから古代図書館にこもった勇者はひたすら文献を読み漁った。

やがて自分の隠された出生の秘密だとか、

この世界にある禁断の魔法の存在や秘密の部屋の存在とか

仮面の男の正体だとかを知るに至ったものの、そんなものには目もくれず。


かつての日々を取り戻すべく知識をため続けた。


数十年もの歳月が流れたころ、ついに勇者は完成させた。


「ついに完成したぞ!! タイムバックマジックが!!」


「すごい……名前だけで効果がわかってしまう……」


「これで充実していたあの頃の最盛期に戻れる!

 こんな灰色の人生はもうおさらばだ!! アデュー!!」


勇者は魔法の説明も満足にすることなく、

すぐさま魔法で「あの頃」へと戻っていった。


「やったぞ! ついに過去に戻れたんだ!」


時代を超えて過去に戻った勇者は、

かつての輝きを取り戻すように戦いの日々を謳歌していった。




数日後、勇者は自室でため息をついていた。



「はぁ……何やっても面白くない。毎日グレーな日々だ。

 タイムマジック開発していたころは充実していたなぁ。

 今じゃモンスターを倒すだけの単調な日々だ……」

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