第24話【不思議のはじまり②】B面

『へっ?私?』


そいつはゆっくり頭を上にあげた。一瞬目が合ったが、すぐに教室全体に視線を移したそいつはさらに大きく叫びにも似た声で、


『ちょ・・・ちょっと待って!私、いつうるさくした?そりゃ、心ん中じゃいつでもボケたりツッコんだりしてるよ。けど、声になんて出したことない!その私がうるさいってどういうこと?』


とパニックになっていた。


『やば・・・そりゃそうだよな。つい怒鳴っちまったけどこいつの言うようにこいつは何も言ってないのに・・・』


俺がそう思っていると、


「あ・・・あの・・・私が、ですか?」


と怯えた声で聞いて来た。俺は、思わず何も答えず席に戻ってしまった。


『えぇぇぇぇ?言い逃げ?この空気、どうしてくれるのよ!』


そう心で叫んでいるのが聞こえた。教室内は異様な空気になっていた。俺とこいつを交互に見ながら、それぞれが色々と思っていた。

 しばらくしてそいつを見ると、


『睨んでる』

『なんでよ!私が何をしたって言うのよ!わけ分かんないわぁ!』


と聞こえた。睨んだつもりはなかったが、そいつにはそう見えたのかもしれない。悪かったな。人と関わるとロクなことがないから関わらないようにしていたはずなのに、気付いたら怒鳴りに行ってたことを後悔していた。だけど今更、弁解しに行くのも変だしもう関わらないようにすればそのうち忘れてくれるだろうと思うことにした。


 放課後。

あいつが俺の後ろを歩いていることに気付いた。執念深く俺を睨みながら文句を言って・・・いや、思っていたのが聞こえると俺もなぜか急にイラっとしてしまった。あいつが俺の横を通り過ぎようとした時、つい、


「お前、マジでうるさい!クラスの中で一番目立つ!」


と呟いてしまった。


『ヤバい…なんでまた関わろうとしてんだ?俺はバカか?』


「さっきもそんなこと言ってたけど、私、何も喋ってないじゃない!」


と文句を言ってきた。当然だろうな。と言うか…


「声はうるさくないんだな」


思わずこいつの方を向き、声に出して言ってしまった。


「声は…って何?じゃあ、何がうるさいの?」


『そう来るよな。何やってんだ?俺は。説明するの、面倒だし、絶対引かれるだろう…』


俺はやり過ごそうと前を向き、歩き出した。


「ちょっと!無視なの?人のこと、傷つけといて無視なの?」


こいつは文句を言いながら追いかけて来た。俺は振り返って答えた。


「お前の心の声だよ。ずっと文句言ったり妄想したり、何しに学校来てんの?授業なんてまるで聞いてないし。こっちは聞きたくなくても聞こえて来ちゃうんだから疲れるんだよ」


俺が言うと、こいつはますます何を言っているか分からないという顔をした。


『この人、何言ってるんだろう?何?心の声って?読心術でも身につけてるってこと?この人、おかしい人?』

『こいつ・・・思ったことポンポン言いやがって!』


俺は、


「それ!それがうるさいって言ってんだよ。読心術とかそんなんじゃないし、俺はおかしくもない。めんどくせぇからこれ以上喋んな!」


つい、怒鳴ってしまった。こんなに家族以外の人と喋るのは何年振りだろう?通信の高校の時だってスクーリングに行ってもこんなに教師と話してなかったし。


『私は一切声に出してない。ホントに心の声が聞こえる人なの?』


こいつはさっき声に出したくらいの音量で言った後、


『だとしても、日ごろ誰とも喋らない学校生活で何かを思い、時には愚痴ったり怒ったりツッコんだりするくらい、いいでしょ?それをうるさいって否定されたらあの学校で頑張れる気力がなくなっちゃう。2年で転校なんてしたら、他の学校になじめるわけないし。こんな進学校から来たことがばれたら、何言われるか分かったもんじゃない。そんなのイヤだよぉぉぉぉぉ!』


教室の時よりさらに頭に響く音量で叫び出した。俺は、


「あぁーーーー、分かったよ。そんなにパニックになって叫ばれたらこっちまで頭が痛くなる!てか、声に出してないのに顔に出てて変な奴に見えるぞ。心ん中で何を思ったって自由だ。でももっと静かに思ってくれ。普通の声がそんなに小さい声なんだったら出来るだろ?なんで、そんなにいつも心ん中では怒鳴ってるんだよ」


と伝えた。


「そんなこと言ったって、心の声なんて調整出来るもの?悪いなって思うけど私には出来ないよ」


と困った顔をして言ってきた。そして、


『この人、迷惑してるんだ。なんだか悪かったな。』


と聞こえて来た。普通なら最初の反応通り、俺はおかしな人のままのはずがこいつは気持ち悪がるどころか俺を心配している。信じたのか?俺は、


「そうかもな。もういいよ。無理なんだろ?俺が慣れるからお前は今までのままでいいんじゃね?」


と言うと、一秒でも早くその場から立ち去りたくなって大股で歩き出した。あいつは、


『なんなのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


と全力で怒鳴っていた。そりゃそうだろうな・・・。俺は急ぎ足を緩めずそのまま自宅へと急いだ。


 その日の夜、俺はなぜかあいつのことが気になっていた。

俺が初めてこの能力は他の人にはないものだと知ったのは、小学生の頃だった。クラスであるクラスメイトが別のクラスメイトに腹を立てて仕返しを考えていた心の声が聞こえてきて、それはやめた方がいいと指摘をした時に、「そんなこと言ってない」と言われ、「心で言ってただろ!」と伝えると気味悪がられた。


それから俺はクラスメイトに距離を置かれた。家に帰り、そのことで悩んでいた俺に母親が、この能力は多くの人が持っていないことを教えて来た。幼稚園の頃にはなんのトラブルもなかったし、言ってもまだ理解出来ないと思い伝えていなかったとも言っていた。小学生になり、早めに伝えておこうと思ったが、低学年のうちはまだ早いと思っていたことを後悔した、悪かったとも言っていた。


 その日以来、学年が上がっても俺の能力の事は同級生だけではなくその学校に通うほとんどの奴らが知っていて、俺に近付く奴はいなくなった。

 中学は学区外に入学した。両親が俺を心配して、勧めて来たからだ。両親の心配な気持ちは伝わっていたし、俺もその方がいいと思っていた。中学では失敗をしないようにと能力を隠して通っていた。ところが、3年になり受験の話が出始めた頃、高校説明会で訪れた高校で小学校の時の同級生に会ってしまった。高校ともなると学区外でも受験する奴がいることは分かっていたが、あのタイミングでの再会は予想外だった。


 俺と会った元同級生は、塾で今の同級生と同じになっているらしく、そこから能力の話をバラし、今の中学でもあっという間に広まってしまった。俺はなぜこの能力が受け入れられないのか全く理解出来なかった。でも現実は明らかに受け入れられない。最後の最後で中学まで居心地が悪くなってしまうなんて想像もしていなかった。


 俺は全日制の高校は諦め、通信制を受験した。必要な単位を取得すれば最短三年で卒業が出来、しかも学歴にも高校を卒業したと書くことが出来るというので、極力、人と関わらず単位を取得することが出来ると考えたからだ。大学受験もサポートしてくれる高校に俺は進んだ。


そして人と最小限の関わりだけで一年間を過ごしてきた。正直平和だったが、志望する大学への受験は難しいことが分かり、全日制への編入を決めたのだが、あの高校には小学校の時の同級生たちだって居ても数人程度だと母親がどこからか調べて来てくれたおかげで安心して通うことが出来ると確信していた。


 今度こそ、失敗しないようにと転入早々から誰とも関わらないと決めていたはずだった。それなのに・・・俺はなんであいつに能力の事を自分の口で暴露したんだろうかと考えていた。答えはまったく思い浮かばなかった。

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