第5話 発覚

とんでもない内容の発言が飛んできたことに


思わずドアの影に隠れてしまった。



横スライド式のドアは屈めば自身の体が見えることは内側から見えることはない。




盗み聞きなどあまり褒められたものじゃないが、


この声は明らかに黒田さんだ。



彼女の自殺しそうになった訳が聞けるかもしれない。


それにしても今度は退学とは......一体、どういう了見なのだろうか



「黒田さん、落ち着いて。何もそんなに焦ることはないよ」




聞こえてきたのは多分保健室の先生だ。


そんなに保健室なんて普通に過ごしていれば利用することも無く、


学期初めの教員紹介でも保健室の先生など紹介されないために見たことがない。



「そうよ、奈々...それに退学してどうするというの...?」



今度聞こえてきた声はまるで推測もつかない。



「だってもう私は...ここにはいたくない...」



悲痛そうな声が聞こえる。



「そもそも保健室通いなんて...私は異常なのよ...」



...そうだったのか、だから黒田さんを見かけたことも無かったんだ。


しかし何故だろうか......?



「それは仕方ないじゃない...あなたは...」



推測のつかない人の声が聞こえる、


どちらかというと黒田さんよりその声は弱々しく、か細い。


重要なところなのだから後もう少し聞きたい...



そう、ずいっとほんの少し空いているドアの隙間に耳を近づけようとした時、



「なに、やってんの?」



完全に人気がないと思って油断していた背後から声が掛かって


飛び上がりそうになった。



後ろをサッと振り返ると何かの箱を持った学生の女子がいた。



「え、あっ!これは!」


「覗きかなにか...?」



ご、ゴミを見るような軽蔑感たっぷりの目だ...!



「ち、違います!その俺は...!」




しかし状況を考えれば怪しまれても仕方が無い。


事実、思いっきり盗み聞きしていたわけなのだから......



「...まあ、なんだって良いけど、どいてくれない?」


「え...?」



人生最大の危機レベルの事態がすぐに収束に向かったことに驚いている間も、


彼女はそのままへたり込んだ俺の前を過ぎて保健室に入ろうとしている。



「い、今お取り込み中みたいですよ!」



こんなことを言える立場でないながらも制止しないわけにはいかなかった。


極力抑えた声が聞こえたのか彼女もドアに手を掛けたところで止まった。



するとすぐに自分の隣にドサッと座ってきた



その瞬間彼女の家の匂いだか、髪の匂いが鼻腔をくすぐった。


小学生以来の女子の接近に童貞らしい反応が出てしまった。


綺麗な顔の人だ



うちの学校の上履きは体育の時も動ける運動靴なのだが、


色によって学年が違う。


咄嗟に目が合うことを避けて足元に目線を落とすと、


彼女は1年上の2年生の色であった。



綺麗であるというだけで安直だが、まさか黒田さんの姉か?


持っている箱は救急箱だった。




「え...あれはどういう状況なの?」



どうやら室内を見て察して同じく隠れたらしい。



「え、あ~...あれは...」



急な質問に口ごもった。


「何よ、覗きしてたんでしょ?」


「してなっ――」


「しっー!」



大きなリアクションで否定する前に制されて、口を急いで塞いだ


「ふ、ふみません...」



ため息と共に肩を落とすとこっちを見つめてきた。


冷静な説明を求めているようだ



「え~と、どうやら黒田さんは退学したいらし――」



「退学っ!?」



その一瞬で立場が逆になった。


俺が目を丸にして口の前に人差し指を立てて、


先輩が両手で口を押さえている。




だが今回ばかりは手遅れだったらしく



保健室のドアがガラガラと開いて





「...あなたたち、何やってるの?」





先生に睨まれて俺たちは苦笑いしか出来なかった。

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