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 夏フェスに出演するに向けて、サナ子さんが僕たちに三つの課題を課した。

 まず一つ目は、新しく曲を作ること。バンドをやっていく上で、曲作りというのは必須事項だ。僕らはまだ二曲(カバーを含めても三曲)しかない。そのため、少なくとも新たに三曲、夏フェスの演奏時間三十分をカバーなしで乗り切れる曲数まで増やすことが第一目標になった。最近は曲作りにも慣れてきたし、現状作成途中の曲もいくつかある。何より猶予はあと半年近くあるので、こちらは問題ないだろう。

 二つ目は、定期的にライブを行うこと。僕らは結成して間もないこともあり、圧倒的にライブ経験が少ない。ミヅキはともかく、キョウは長らくバンドをやっておらずブランクがあるし、僕とアマネに至っては前回が人生初ライブである。最低でも月一回、可能な限りライブを行い、ライブに慣れること、そしてその中での技術やメンタルの向上と、音楽性の確立へと繋げていく必要がある。

 また、単にライブをするだけでなく、僕らの音楽を聴いてくれる人、いわゆるファンの獲得も考えなければならない。極論ではあるが、リスナーのいない音楽に意味はない。金銭的な問題もあるので、ファン獲得はこれもやはり必須である。それにはライブでいい演奏をするのはもちろんのこと、宣伝戦略なども考えていくべきだろう。

 そして最後はバンド強化合宿だ。これはサナ子さんたちがすでに準備を進めてくれているらしく、夏フェス前の一週間、ある場所にこもりきりで地獄の特訓をするとのことだった。それぞれキョウにはサナ子さん、ミヅキにはケンさん、アマネにはリョウスケさんがマンツーマンで練習を見てくれる。

「あれ、じゃあ僕は……?」

 しかしその組み合わせでいくと、僕が余ってしまうことになる。僕の疑問に対し、サナ子さんは待ってましたと言わんばかりに口元を歪ませ、僕の肩に優しく手を置いた。

「安心しろ。あんたのことはあたしの師匠に頼んである」

「師匠?」

 彼女はしたり顔で頷く。彼女に師匠がいるというのは初耳だった。彼女の師匠ということは、僕にとっては大師匠である。一体どんな人なのか、想像さえつかない。ともかく凄まじい人であるのは間違いなさそうだ。

「あたしの百倍は厳しい人だから覚悟しとけよ」

 詳しい人となりは教えてくれなかったが、その一言だけで僕を不安にさせるには十分だった。リョウスケさんやケンさんもその師匠のことを知っているらしく、何とも言えない顔で静かに頷いている。まだずいぶん先のことなのに、僕は今から胃がキリキリと痛んだ。

「まあ合宿ではそこまでの成果の確認と、細かい部分の詰めを徹底的にやる感じだな。劇的に上手くなるすげえ特訓とか、かっこよく演奏できる魔法のアイテムなんてものはないから期待しないでおけよ。音楽ってのは案外地道なんだ」

 サナ子さんは豪快で大雑把な人なのに、音楽のことになるとこんな風にすごく真面目だった。しかし彼女の言っていることはもっともで、どんなロックスターだって最初からロックスターだったわけではない。部屋にこもって一人でギターを練習している時間があったからこそ、彼らはロックスターになり得たのだ。天才的な彼らですらそうなのだから、僕らに近道なんてあるはずもない。でもそれが音楽のいいところでもある。

「あたしたちも自分たちのライブに向けて準備をしなきゃいけないから、あんまりあんたらに構ってられなくなる。だから合宿までは自分たちで考えて、自分たちの力で道を切り拓いていけ」

 何だか急に、彼女たちが遠くに行ってしまったように感じた。そして彼女たちがいかに偉大だったかということに気付く。

「先行って待ってるよ」

 いつ追いつけるかわからないけど、少しでも近づけるように、一歩ずつ進んでいこう。僕は拳を少し強く握る。

「まあとは言え、ガキンチョ四人だけじゃなかなか難しいこともあるだろうから、あたしらもできることは手伝ってやるよ。一応マスターにも世話を頼んであるから、どうしてものときは相談してみな」

 彼女の見せてくれる優しさに甘えてしまいそうだが、できる限り自分たちでやってみようと思う。自分たちの音楽は自分たちでやるべきだ。そんなことを考えていると、彼女はいい顔になったな、と師匠らしいことを言ってくれた。

「おい、サナ子。そろそろ病院に行かないと……」

 話が区切れたところで、リョウスケさんが彼女に小声で耳打ちする。よくは聞こえなかったが、確かに病院と言っていたのはわかった。

「病院って、サナ子さんどこか悪いんですか?」

「いや、大したことじゃねえよ」

 彼女は答える気はないらしく、僕の質問を受け流した。隣のリョウスケさんは余計なことを言ってしまったといった風な顔をしている。二人の様子を見るに、僕らには秘密の何かがあるみたいだ。しかし病気か何かならきっとデリケートな問題だから、これ以上こちらから追求するわけにもいかず、僕は黙るしかなかった。

「じゃああとはあんたらでこれからのこととかを上手いこと決めてくれ。合宿についてはまた近くなったら伝える。ともかく夏フェスまであと半年、死ぬ気でやれよ」

 僕らは思い思い頷く。不安も多いが、期待や興奮の方が大きかった。

「その意気だ。あたしらも負けねえからな」

 彼女は僕らに拳を突き出し、悪戯っぽい笑顔を見せた。

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