第16話 救世主(笑)

「...」



さすがの染井先生も絶句のご様子だ。


俺だってテレビをよく見ていると本当にふざけた奴が世の中にはいるなぁ、


とは思うがここまでの奴はそういない



「ふん...鬼教師と呼ばれるだけあって流石な強面よのぉ...」



よ、よせ!


それは公認のあだ名じゃなくて、非公認なんだぞ!


先生の額の血管がピクッと動いたのが見えた気がした



「だが!

 教育者にあるからと言ってハルをいじめることは

 この私が断じて、許さん!」



腕を組んで高らかに言い放った


ホントに体の割りに声だけはハリがあるなぁ...



「...お前の名前は何だ?」



ドスのきいた声が横から聞こえて足の先から震えあがりそうになる



「お前...? 無礼なやつだな」



お前がだよ!


この方をどなたと心得る...!


恐れ多くも先にいや、もう鬼将軍となりそうな、染井公にあらせられるぞ!



「私は花山・エリー・薫...ふっ、名前の順も、カンペキだ!」



名乗ってしまったが最後な気がする...


コイツ、徹底的に授業で指されちまうぞぉ...!



「ほう...よーく覚えて置くぞ...これからよろしくな? 花山」



ああ、案の定じゃないか...



「む? 日本では目上の者に『さん』をつけるのではないのか?」


「!?」



もう声が出そうになる寸前だった!


コイツ、何てことを...



「ほ、ほう...」



震える手でサングラスをと、取ろうとしている!


これから閣下がお怒りになられるぞ!



「初めてだ...ここまで俺をイラつかせるのが上手い奴は...」



せ、席を立たれた!


もうダメだ...おしまいだ...


お前を守ってやれそうにない...見殺しにすることを許せよ...花山...



「今こそ...俺からの最大級の褒美をやろう...!」



そういうと花山の髪が舞い上がるようなスピードで生徒指導室を


出て行かれた



い、今のうちにコイツを置いて逃げるべきなのでは...?



そうこっそり立ち去ろうとした背中をポンと叩かれてびっくりした



「ひっ!」


「な、何をそんなに怯えておるのだハルよ


 アイツは私が追い払ってやったではないか...


 感謝するがよいぞ」



えっへん、と言った感じでまな板胸を張る


はあ...馬鹿って、苦しみも知らないで幸せだな...



「わ、分かったよ...じゃあ、後は頑張れよ」



今度はがっしりと腕を掴んできた



「どこに行くハルよ、いつでも私と共にあれ」


「俺はお前の力でもなきゃ精霊でもなんでもないんだよ! は、放せっ!」


「きょ、今日は朝から暴力がすぎるぞ! ハルよ! 思春期か!?」


「てめえも...だろうが!」



やっと腕を振り払った



「は、はっはっは...悪く思うなよ花山...? それじゃあ――」



この後のコイツの運命を思えば、


今生の別れとなる挨拶を軽く告げて立ち去ろうとした時だった


厚い胸板が俺の顔にフィットちゃんしてしまった



「どこへ行くんだぁ...? まだ話は終わっとらんぞ...?」



花山に時間を稼がれている間に


もう鬼は帰って来ていた


鬼の居ぬ間に洗濯が出来る奴がこの世に何人いるってんだ



「は、はひィ!」



すぐにぴったり花山の横に並んだ



「まったくハルめ...こんなに近寄って、

 やはり私の事が好きなのではないか...


 そういうのを確か...ツン...ツン...」



今やお嬢の戯言にツッコミを入れる余裕もないほどに脂汗が流れていた


なにせ


どう考えても目の前の染井公はおかしい


胸を張って後ろに手を組んでいるように見えるが、



恐らく...


あの後ろには......!!



「ジャ~ン...」



邪悪な笑みと野太い声の効果音はその脅威をまさに表現していた



ずっしりと年間に通して出される量のプリントでも多いくらいの紙が、


先生のムキムキの身体を以てしても重そうな程に

積みあがっているのが出てきた。



「ど~ぞ? 花山サン!!」



ガッデム!


くらいの勢いで『さん』が付け加えられた



「ほう...これが褒美か...重そうだな、よしハルよ」


「あ?」



おいおい、まさか



「これ持ってくれ」



本当に女の子に生まれて良かったなというくらいに


殴れないことの憤りが殺意の波動を噴出させている。


もう想像の中では窓の外までぶっ飛ばしている



「ほう...? それじゃあ、今からコイツを渡すぞぉ...!」


「ちょ、ちょ、待てよ――」


「どりゃああアア!!」



そうして叩きつけられたプリントの束をまともに腕で受け止めて



衝撃が体の軸の下半身に響くと




俺は人生初の魔女の一撃、


またの名をぎっくり腰を若くして患った

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