鬼一族の若夫婦〜借金のカタとして嫁いで来たはずの嫁がやけに積極的で、僕はとっても困っている〜微エロ版

不確定ワオン

第1話夫婦の契り③前編

 

 ––––––あれ、おかしい。


 さっきまでベッドの縁で行儀よく正座をしていたはずなのに、気づいたら天井を見上げて寝転んでいる。


 ていうか、押し倒されている。


「––––––大丈夫、大丈夫です。経験はありませんが、そういう書物は沢山読みましたから––––––だから、えっと、だいじょうぶ」


 僕の両肩に体重をかけて、ナナカさんが僕のお腹の上に座った。


 柔らかい太ももの感触が、僕の着物の布ごしからでも感じられる。


「––––––えっと、えっと」


 昂りすぎて落ち着かないナナカさんの瞳が、いつのまにかはだけていた僕のお腹と胸を重点的に、キョロキョロとせわしなく泳ぐ。


「––––––だ、だいじょうぶ。だいじょうぶだからナナカ。おちついて、おちついて思い出すの」


 うわ言のようにボソボソと、その小さな唇から溢れで声と吐息。

 異常な熱を帯びたソレに気づかず、ナナカさんの顔が徐々に僕の首筋へと降りていく。


「––––––さ、さいしょは。せっ、せっ接吻から……」


 首筋にナナカさんの熱い息遣いを感じて、僕の身体がびくりと反応した。


 熱い。

 まるでふいごに吹かれた釜の熱風のように、熱い。


 熱いはずなのに––––––何故だかとても、気持ちいい。


 自分でも不思議なんだけれど、僕の思考はとてもおちついている。


 さっきまでバクバクと踊り続けていた心臓も、今では落ち着きを取り戻し、耳の内側––––––多分僕の鼓膜を––––––をとくんとくんと揺らしている。


 動転して混乱していた筈の脳みそが、今はとても冷静だった。


 冷静に––––––彼女ナナカさんに触れたいと考えている。


「あっ、あの––––––たっ、タオ様っ。目を、目を閉じてください。お願いします」


 左の耳元で囁かれる。


「はっ、恥ずかしくて……お顔を見れないのです。どうか––––––どうか一度、目を閉じて頂けますか?」


 恥ずかしさからか僕の左側のベッドシートに顔を埋めたナナカさんが、身体ぼく身体ナナカさんが触れるか触れないかのギリギリのところで身を捩りながら、ぼくに哀願した。


 切なそうに、でもはっきりとした意思の元。

 ナナカさんは僕の耳のそばで、か細い声で呟き続ける。


「––––––お願いします。タオ様、お願いします」


 こめかみから耳たぶに伝わる声の振動で、ぞくりと背筋にナニかが走った。


 ––––––もっと、聴きたい。


「あ、あの目を。目を閉じ––––––」


 右手が、ナナカさんの頭を抱くように抱えた。


 抱えたというより、勝手に抱えていた。


 そうだ。

 もっと聴きたいんだ。


 聴きたいし触りたいなら、ここで固定してやればいい。


「––––––あっ、あっ。たっ、タオっ、様」


 左手は彼女の腕を捕まえる。


 細い手首をぐるりと、優しく包む。


 折れそうなほど華奢なのに、とってもとっても熱くて––––––こんなに心地の良い熱は、生まれて初めて感じたかもしれない。


「タオさま––––––あ、あの……お気を悪く……されましたか……?」


 声が震えている。

 なんだか泣きそうだ。

 僕が怒ったと思っているのだろうか。


 違う違う。

 全然怒ってない。


 むしろ今、僕はとても上機嫌だ。


 上機嫌だけど––––––足りない。


 足りないから、欲しいものを欲しい分だけ、欲している。


「タっ、たおさ––––––」


「––––––ナナカさん」


 声を遮って、彼女が僕にしたように耳元で囁いてみた。


 あんまり大きな声を出すとびっくりしちゃうだろうから、本当に小さな声で、彼女の名前を呼ぶ。


「––––––ひっ」


 びくり––––––と、彼女の腰が揺れた。

 僕のお腹の上。

 薄い襦袢たった一枚の、とっても柔らかい肉に包まれた彼女のお尻。

 ずり––––––と、少しだけ前にズレる。


「––––––ナナカさん。怒ってないです。僕、全然怒ってないですよ」


「––––––あっ、あっ」


「––––––声、綺麗です。すごい綺麗……もっと」


「––––––ひんっ」


 僕が一声かける度に、ナナカさんの腰が揺れる。


 ––––––たのしい。


 なんだろう。なんでこんな楽しいんだろう。


「––––––もっと、もっと聴きたい。ナナカさんの声、聴きたい」


「––––––あっ、やめっ……たっ、たおさまっ。すこしっ」


 僕の唇が、ナナカさんの左耳に少し触れた。


「––––––ひぁあっ!」


 一際大きく、今度は背中も一緒に。

 ナナカさんの身体が揺れる。


「––––––可愛い」


 可愛い。

 歳上なのに、可愛いなんて失礼な言い方なのに。


 この人はなんて可愛いんだろうか。


 ヤチカちゃんや、サエやキララ。

 歳下の女の子達に感じる、微笑ましさから来る感情ではない。


 僕の声で、彼女は敏感に反応してくれる––––––こんな綺麗な女性ひとが––––––僕に。僕だけのために。


「ナナカさん」


「––––––た、たおさまっ。いちど、いちどおはなしっ……んっ! おはなしくださいませっ」


 ぐにゃりとナナカさんの腰が揺らぐ。


「おねがいしますっ。な––––––なんかへんなのっ。たおさまっ」


 小さな子供のような、舌ったらずな声だ。

 水気の含んだその声に、僕の気分は更に良くなっていく。


 耳元で囁いているだけでこうなら、『違う事』をしたらどうなるんだろう。


 やってはいけないと知りつつも、僕の好奇心はナナカさんの声と共にどんどん大きくなっていく。


 ためして––––––みよう。

 そうしよう。


「あむ」


「––––––っ!」


 今度は全身が、ぶるりと揺れた。

 大きく開かれているはずのナナカさんの口から、熱い息の塊だけが吐き出される。


「あむ。ぺろ」


「––––––っはっ! あっ! タオっさまっ! ダメぇっ!」


「くちゅ。あんむ」


「––––––おっ、おやめくださいっ! おねがいっ! あっ」


 ああ。


 たのしい。


 たのしい!


 俄然調子に乗った僕は、彼女の制止の言葉を完全に無視してその小ぶりな可愛らしい耳を弄ぶ。


「––––––あっ! ごっ、ごしょうですからっ! たおさまっ! たおさまっ!」


「––––––ひっ! みみっ、かんじゃやぁっ!あっ、ぐちゅぐちゅしちゃ、やぁっ!」


「––––––んぐっ! ひあっ! ふぁっ!」


「––––––うふぅっ! んぁっ! あっ! あっ! あっーー!」


 時間を忘れて、しばらく彼女の左耳と身体の反応を楽しんでいた。


 ビクビクと震えるその身体はすでに力なんて入ってない。

 完全に僕の身体に体重を預け、いつのまにか僕の左手は彼女の左手と互い互いに結われている。


 汗ばんだ手のひらと身体の熱が妙に僕の身体にまとわりつき、またそれすらもひたすら気持ちよくて。


 いつのまにかナナカさんは言葉らしい言葉を発する事をやめ、短い呼吸音と喉からでる瞬間的な声しか聞こえなくなった。


「ふぅーっ」


 ようやく、仕上げとばかりに––––––小さな小さなナナカさんの耳の穴に息を吹き込んだ。


「––––––んんんんんっ!!」


 ビクビクビク! っとナナカさんの身体が小刻みに振動する。


「––––––はぁっ! はあぅっ! はぁっ!」


 固定していた右手を優しく離すと、ナナカさんの頭は荒い息遣いを立ててベッドシーツへと倒れ込んだ。


 今度は、どうしよう。


 そうだ。

 僕は、触りたかったんだ。


 お風呂上がりで上気した、彼女のツヤツヤで柔らかそうなその肌を、この手で触れたいと思ったんだ。


 そう思ったら今日が吉日。

 僕はナナカさんの右腕の腋に手を差し込み、上体を起こした。


 薄い襦袢の手触りの良い感触を感じる間も無く、僕とナナカさんの身体が入れ替わった。


「––––––あっ、だめ、たおさま。みないで」


 少し怖いぐらいに赤みがさしたその顔を、左腕で隠そうとするナナカさん。


 僕は無言でその腕を取り払う。


 弱々しい。

 今までので弛緩していたのも理由かも知れないけれど、やっぱりナナカさんは力の弱い女の子だ。


 今の僕の––––––『禁』を施されたこの力でも容易く身体を開くことができた。


 翠色の瞳が、羞恥に揺れている。


 背けたくても、右側頭部に置いた僕の手が邪魔をして背けない。

 うっすらと浮き出た涙の粒が顔の輪郭を伝ってベッドシーツへと落ちた。


「––––––ごめんなさい。怖いですか?」


 その涙で少しだけ、我を取り戻した。


 冷静だと思っていた自分の思考が、とても興奮している事実に内心驚愕する。


 ––––––どうかしていた。


 いや、今もどうかしている。


 怖いかと聞いたはずなのに、僕は彼女の返答を特に待ってはいない。


 ただ本当に––––––聞いただけだ。


「––––––こ、怖いです。なんだかタオ様、別の方みたい」


 でもその瞳は、まっすぐ僕へと向けられている。


「––––––そうですか?」


「はっ、はい。で、でも」


 でも?





「––––––嫌では……ないです」





 ぐっと、来た。

 心の中心。


 僕の知らない僕の真ん中を、彼女の言葉が射抜く。


「––––––そう、ですか」


 自覚したばかりの興奮が、今度は実感を伴って腹の下からせり上がってくる。


 喉元まで来たその昂りが、僕の首を––––––身体を勝手に動かした。


「––––––んっ」


 ぺろり。

 涙の跡をなぞるように、ナナカさんの顔を舐める。


 ––––––おいしい、のかな。


 わからない。

 涙はしょっぱいものだけれど、でも不思議と甘く感じるような。


 わかるのは、もう少しだけ舐めたいなって思ったことだけ。


「––––––あっ。た、たおさま」


 まるで子犬が小皿の水を掬い取るように、僕はゆっくりと––––––だけどしっかりとその肌に残る涙を舐めとっていく。


 目尻の下。

 頬の上。

 耳の下。

 頬の真ん中。


 唇の横。


 唇の上。


「––––––あっ」


 そして、上唇。


 咥えるように啄ばんだその柔らかさに、舌先と脳に甘い痺れが走る。


「んっ」


 艶やかで瑞々しい小さな唇。

 ここだ。


 僕がさっきから探していたのは、きっとここに違いない。


「あぅ」


 今度は下唇を食む。


 僕の唇に、彼女の歯が当たった。

 飲み込めなかった涎がやけに大きな水音を立てる。


 ここもだ。

 凄い。


 なんだろうこの柔らかさ。


 こんなに柔らかい物が、この世にあったなんて。


 だけど、もう少しだけ足りない。

 ここであってるはず。

 あってると思うんだけれど、でももう少しだけ––––––奥。


「た、たおさま––––––たおさまっ」


 何かに焦れたナナカさんが未だ掴んだままだった僕の腕を振りほどいた。

 そのまま僕の頭を両腕で掴み、無理やり角度を変える。


「––––––あむ」


「––––––んっ」


 唇が––––––いや口が重なり合う。


 雷鳴のように一瞬にして、僕の中に閃きが駆け巡った。


 これだ。


 これに間違いない。


 さっきから僕がずっと欲していた感触は、間違いなくこれに違いない。


「––––––あんむ」


「––––––んっ、んん」


 二人目を閉じ、ただ一心にお互いの唇を貪り合う。

 姿勢が定まらない僕は、彼女の背に腕を潜り込ませて、首筋を掴む。


 もう片方の手は体重を押さえるために、ベッドシーツに腕ごと食い込ませた。


 ナナカさんは掻き毟るように僕の頭を抱え、たまに撫でるように上下に動かす。


「––––––っは、んっ」


「––––––んっ、ちゅ」


 いつまでそうしていただろうか。

 ずっとこうして居たいけれど、でも多分––––––この先がある。


 この先には、きっと素晴らしい何かがあって。

 これはそのための準備でしかない。


 知識が足りない僕でも、きっと本能が知っていたのだろう。


 口と口を合わせて、息をすることすら憚られながら、僕は着物の上着を器用に脱ぎ払った。


 ナナカさんに覆いかぶさるように体勢を整えると、不意に何か柔らかい物が僕の唇を押しひらく。


 下の歯をゆっくりとなぞるその感触に、背筋にゾクゾクっと快感が走る。


「––––––んあっ、たおっさま。もっと」


 口の端に唾液の泡を浮かべて、ナナカさんが小さい声で漏らした。


 熱に浮かされたようなその表情を見て、最後の––––––本当に最後の理性の紐が切れた。


 なんでこんなに、綺麗なんだろうこの人。

 こんなに綺麗なんて、許されないだろう。


 他の男の人に見られたら、きっと大変なことになる。

 僕以外の人に見られたら、どうするんだ。


 だめだ。


 この人は、僕のだ。


 僕のお嫁さんで、僕のモノだ。

 こんなに甘くて、こんなに柔らかくて––––––こんなに可愛いナナカさんは、もう僕のだ。


 本当に悪い人だ。


 こんな顔で男の人の前に出るなんて、本当に––––––イケない人だ。


 独り占めしないと。


 誰にも触れさせないように、この腕の中に囲い込まないと。


 逃げないように、どこにも行かないように。


 ずっと、僕の腕の中で守らないと。


「––––––ナナカさんっ」


「––––––んっ!」


 動かないようにしっかりと、その顔を唇で固定する。


 ナナカさんと同じように舌を口内に割り込ませて––––––前歯の一本一本を丹念になぞる。


 溢れ出る唾液を吸い上げて、飲み干す。

 汚いとは微塵も思わなかった。


 口の端から漏れ出た一滴すら惜しい。


 やがて、舌先に柔らかい感触が突き当たる。


 それがナナカさんの舌だと気づいた時には、すでにこの舌がそれを絡め取っていた。


 表面を擦り合わせるようになぞり合う。


 口内に溜まった空気すら逃がさないと、お互いの口の中の開いた部分を埋め合うように動かす。


 その間僕は一回も目を閉じていない。


 ずっとナナカさんの目を見て、潤んだ瞳の綺麗さに心奪われている。


 涙で潤んだ目を細く閉じ、でも僕の顔をじっと見つめて、ナナカさんは心なしか微笑んでいるようにも思える。


 その瞳の揺らぎにまた、思考が奪われていく。


 時間の感覚だけが曖昧な中、確かなのは僕ら二人の熱を帯びた生の温もり。


 足りない。


 もっとだ。


 さっき埋めたばかりの充足感が、風船から空気が漏れていくようにゆっくりと不足していく。


 何が邪魔なんだろう。

 ああ、そうか。


 着物が––––––邪魔なんだ。

 これが、僕とナナカさんを隔てている。


 汗でしっとりと濡れた薄い襦袢に手をかける。


 指先で微かに触れた肌の感触に少し驚いて、それでも僕の心に芽生えた新たな欲の塊が勝手に腕を動かす。


 我ながら乱暴だとは思う。


 未だ唇を合わせたまま肩口から脱がせたから、ナナカさんの体勢に少し無理をさせてしまった。


 名残惜しいけど、ここは一度離れなければ。


「––––––っぷはぁ」


「––––––はぁ、はぁ」


 ゆっくりと、僕たちは顔を離した。


 繋がっているのは、誰のともわからない唾液の紐。

 僕のかも知れないし、ナナカさんのかも知れない。


 滴る水滴の重さでぷつりと切れたその紐が、汗ばむナナカさんの首筋、鎖骨の部分に垂れた。


 なんだかもったいなくて、それをまた舌で舐めとる。


「んっ」


 口元をてらてらとした唾液で濡らしながら、ナナカさんがぴくりと反応を返した。


 あぁ、やっぱりこれ。楽しい。


 楽しいけれど、今は我慢しないと。


「はぁ、はぁ」


「ふぅ……ふぅ……」


 お互い荒い息遣いで呼吸を整える。

 どっちかというと、ナナカさんの方が苦しそうに聞こえる。


 だから僕は彼女の頭をゆっくりと撫でた。


「––––––ん」


 彼女はまるで猫みたいに目を細めて、気持ちよさそうに弛緩した。


「あ、あの。ナ、ナナカさん」


 一度口内に溜まった唾を飲みほして、僕は次に進むための了承を得ようと口を開いた。


 だけど昂ぶった気持ちが揺れに揺れて、上手く言葉が紡げない。


「––––––は……はい」


 僕の目を見て何かを察したのか、ナナカさんはこくりと頷くと腰を浮かせた。


 僕の身体の下で器用に襦袢の袖を腕から外して、腰帯を引き抜く。


 これで襦袢は一枚のただの布と化した。


 あとはその身体から剥ぎ取れば、彼女の身はいとも容易く曝け出される。


「––––––た、たおさま」


 小刻みに揺れる唇を頼りなく動かして、ナナカさんは僕を呼ぶ。


 頬に手を当てると、すりすりと頬ずりをしてきた。


「––––––ほ、本当は私が……全部するはずでしたのに」


「ご、ごめんなさい。で、でも僕……あの……えっと」


 そうだ。


 実際僕は、この後に何をするのか全然知らない。

 気分と空気に流されてここまで来たけれど、果たしてこれは正解なのだろうか。


 彼女はさっき、僕が怖いと言っていたけれど。

 本当は、嫌がっているんじゃないだろうか。


「あ、あの……ぼ、僕は……えっと、ナナカさんが」


「––––––大丈夫です」


 僕の唇に、ナナカさんの指が触れる。

 右手の人差し指を縦にして、下唇と上唇を押さえるようにして、ナナカさんは僕の言葉を遮った。


「私は––––––ナナカは今、嬉しいんです」


「……うれ、しい?」


「はい」


 もう一回僕の手に頬を擦り合わせて、ナナカさんは笑う。


「怖かったのは––––––タオ様に拒絶されること。ナナカは自分に自信がありません。タオ様の前ではずっと泣いてばかりで、甘えてしまって」


 僕の手の上から自分の手を当てた。

 顔を少しズラして、僕の手のひらの真ん中に口づけをする。


「––––––だから、タオ様が本当は……こんな浅ましいナナカを嫌ってたらどうしようって……ずっと心配だったんです」


 もごもごと、僕の手のひらの中に本音を閉じ込める。


 それは彼女の弱い部分が言葉になった、嘘偽り無いもの。

 それを逃がさないように、隠してしまわないように。

 僕の『中』に閉じ込めた。


「でも、タオ様は––––––ナナカを欲してくれました」


 目尻に新たな涙の粒が生まれた。

 それは悲しみでも、苦しみでもない。


 喜びの涙。


「こんな私でも––––––タオ様が欲しいと仰って頂けるのならば……」


 添えた手に強く力を込めて、ナナカさんは僕の手を自分に押し当てる。


「––––––ナナカは全部、全部奪っていって欲しい」


「ナナカの中にあるもの、一つ残らずタオ様のモノにして欲しい」


「タオ様じゃないと生きていけないようにして欲しい」


「貴方の側にずっと居られるように、縛り付けて欲しい」


「もう、無理なの」


「全部一緒に」


「二人いつまでも居られるように」


「溶けてくっついて離れなくなるぐらい」


 吐息の熱が、僕の手のひらを溶かしているんじゃないかというぐらいに––––––熱い。


 やがて口元を隠していた僕の手から、ナナカさんが顔を出した。


 その目は懇願。


 お願いだから––––––聞いて欲しい。

 叶えて欲しいと、僕に訴えている。






「お願いタオ様––––––ナナカを欲しがってください」





 僕の理性は、その言葉で完全に切れた。

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