第02話 正気の天才科学者!?(後編)

 かの有名な『旧約聖書』によれば、神は自らの姿に似せて〈人間〉を創造したという――。

 それならば、人間が自らの姿を模した何か――つまりは〈人造人間アンドロイド〉を創造するのも当然の成り行きではないだろうか?


 12世紀頃に活躍した発明家、アル=ジャザリーは多くのからくり人形を作成し、それは主に水力を利用したものだった。


 18世紀後半には自動人形オートマタ作家としてピエール・ジャケ・ドローが活躍した。

 彼が作成したものには、4種類の絵を描くことができる〈ドロワー〉、5つの曲を演奏できる〈音楽家〉、羽ペンを用いて40文字の文章を書くことができる〈ライター〉がある。


 19世紀にはからくり儀右衛門ぎえもんことなかひさしげは人形が矢立てから矢を取り弓にセットして的に当てる〈ゆみひきどう〉を作成した。


 20世紀にはついに〈電子計算機コンピューター〉が誕生し、〈人工知能AI〉という言葉が生まれた。


 それでも、本当の意味で“人間らしさ”へ至るのは並大抵のことではなかった。

 多くの開発者は人間の再現を諦めて、今、目の前にある仕事をさせるためだけのものの開発に力を注いだ。


 だが、より高い理想を持つ愚かな天才たちがいた。

 彼らは人間らしさの再現を、〈人造人間アンドロイド〉を諦めなかった。


 一人の男がその叡智を結集し“神の領域”へと至ろうとしている。


 あま人造人間アンドロイドを開発するためにあらゆる研究を同時並行的に行ってきた。

 しかし、その中で彼が最も心血を注いだのは人間らしい思考についてだった。


 とはいえ人間とは身勝手なもの。

 本当に人間らしくすれば人間に嫌われたり避けられたりすることも多い。

 あまが本当に追い求めたのは人間に好かれるための思考である。


 さらにはその内面を十分に表現できる身体も重要だ。

 機械で構成した身体でいかに滑らかな動作を実現できるか……。


 問題は山積みだった。

 だがあまはその知性と使命感で乗り越え続けた。

 そして、その情熱がついに実を結ぼうとしてる。


 トーマス・エジソンやニコラ・テスラが“電気”を実用化して歴史を作ったように、あまりょうが“人造人間アンドロイド”で次の時代を招いこうとしているのだ――。


 あま人造人間アンドロイド開発資金は基本的に自己資本である。

 政府や大学から与えられていたわけではないのだ。

 どこかの企業に所属していたわけでもない。


 あまは高校を卒業すると、すぐに米国に渡り、楽々と博士号を取得した。

 その後、なんとコンピューターゲームの開発を始めたのである。

 発売されたそのゲームは「NPCもまるで人間が操作してるようである」と高く評価され、あまに多額の利益をもたらしたのだ。

 そのゲームは後に“ゲーム業界のモノリス”と呼ばれるようになった。

 こうしてあまはAIの研究と資金集めを同時に行っていたのだ。


「今はこの身体を使いこなすことが重要だ。まずはこれだな」


 あまは机の引き出しから正方形の紙の束を取り出しながら言った。

 それを机の上に置くと、アミタは近づいてまじまじと見つめる。


「これは……折り紙というものでしょうか?」


 アミタには概念としては知っていても、実物を見たことはないものが多い。


「そうだ。とりあえず、“鶴”が普通に作れるようにならないとな」


「わかりました」


 アミタは素直にうなずく。


「折り鶴の作り方は知っているな?」


「たった今、ダウンロードしました」


 アミタはすぐに作業に取り掛かったが、まともに折り紙を取ることさえもできない。

 かなりの行動シミュレーションを行っていたが、それはあくまで仮想空間の中でのことである。

 実空間における挙動とはわずかだが、ズレがある。

 言葉としては矛盾するようだが、そのわずかなズレが大きいのだ。

 1度のズレが1キロメートル先では17メートルにもなる。


 細かい作業においては指が動くだけではダメなのである。

 触覚のフィードバックを正しく解釈できなくてはならないのだ。

 それは膨大な回数の実践によって身につくのだ。


 幸い、AIには疲れたとか飽きたとか面倒だとかという感情はない。

 意図的に設定すれば別だが――。


「ちなみに、それができたら次は料理だ」


 気が早いあまはすでにそんな話をしはじめた。

 あまはこれができれば次にあれという感じで、常に10手先、100手先を考えている。

 そういった計画が並列にいくつも走っており、あまの頭の中には複雑ながあったのだ。


「博士は唐揚げがお好きでしたわね」


「ああ、そうだね」


「では、わたくしが作って差し上げますわ」


 アミタは嬉々として申し出た。

 オーナーの要望を叶えるのはジェネシスAIとして最大の喜びなのだ。


「それは楽しみだな。唐揚げは奥が深いぞ……」


「ですが、わたし自身はそれを食べることができるのでしょうか?」


 アミタの何気ない質問にあまはやや苦い表情をする。


「それは難しい問題だ。仕組み自体は世界のどこかで発明されるかもしれないが、それを実身体に組み込むのは別の問題なのだ。端的に言えば、優先順位はものすごく低い」


 現状、電力で可動できる以上、わざわざ食料品からエネルギーを得る仕組みを開発することもない。

 人間らしさを追求する上でいずれは対峙する問題ではあるのだが、それはあまの指摘通り後回しになるだろう。


「それは残念ですわ」


「やっぱり使えねーですぅ」


 それら言葉に反してアミタの表情はにこやかだった。


    *


 その後もあまはひたすらジェネシスシステムの改良を続け、ついには自身が納得できる十分なクオリティへと到達することができた。

 CPUもメモリーも電池バッテリーも搭載し、人形単独で数時間動作することができる。

 炊事洗濯掃除から雑談の相手まで、あらゆる要望に応える理想の万能ロボット。

 そして人々を魅了するだろう圧倒的な美しさ。

 人間に由来する人間による人間のための人間。


 ジェネシスシステムとその実装例であるアミタを発表した時、世界が震撼した。

 最初、あまはアミタが人造人間アンドロイドであることを知らせずに他者に会わせていたのだ。

 しかし、アミタが生身の人間ではないことに気が付くのものはいなかった。


 あまりに気が付かれないので、ついに博士は痺れを切らし、自ら“種明かし”の動画を公開した。

 その内容は衝撃的なものだった。

 あまは動いているアミタの身体の中を開いて見せたのだ。


 そして動画は次のような言葉で締めくくられていた。


「私は皆さんにはっきりと言っておく、人類には奴隷が必要だということを! だが基本的に人権によって人間を奴隷とすることはできないし、あってはならない。だから私たちに残された道はAIとロボットの開発に全力を注ぐことだけなのです。人造人間アンドロイドバンザイ」


 誰もが奴隷を欲しいと思い、誰もが奴隷になりたくないと願う。

 その二律背反の果て、誰もが間接的に誰かの奴隷であるという悲劇。

 それを解決することこそ、あまの悲願だった。


 動画は凄まじい勢いで拡散され、すぐに様々な企業があまの技術提供を依頼してきた。

 彼らはあまの思想を十分に理解しているとはいえなかったが、それでも応えた。

 まずはジェネシスシステムを普及させることが重要だと考えたからだ。

 そこから世界は急速に動き出した。


 まずは試験的に先進的な企業と大国の軍が導入をはじめた。

 次に人手不足に悩む企業が仕方なく従業員の代わりに働かせるようになった。


 これは〈オートドール〉と呼ばれる人造人間アンドロイドが世に普及しはじめた時代のお話。

 理屈っぽいの少年と感情豊かな電子の少女たちの何ということはない、ごく普通の日常――なのだろうか?


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