自作カノジョ ~僕が育てたAIが一番カワイイ~

森野コウイチ

序章 開発秘話

第01話 正気の天才科学者!?(前編)

 白衣を着た中年の男、彼の名はあまりょう

 職業は……とりあえず“人工知能研究者”とでもしておこう。

 その目にはあまりにも強烈な理性の光と情熱の炎が灯っている。

 幼い日に見たアニメの数々が彼の人生を、そして人類の未来を決定付けた。


 今、あまがいる場所は自身が研究に使用している部屋の一つである。

 10畳程度の広さで、様々なコンピューターや器具が所狭しと置かれており、ケーブル蛇の巣窟となっている。

 人の腕や足や、さらには頭部まで置かれているが、断面を見れば骨や肉ではなく、明らかに人工物であることがわかる。


 数匹の蝶たちがひらひらと華麗に宙を舞っているが、すべて機械であり、単なるインテリアなのだ。


 中央には歯科医療に使われるような仰々しい椅子が存在し、そこにはとても美しい女性型の人形が座らされている。

 ケーブルが接続されたうなじさえ見なければ、本物の人間に見間違わんばかりに精巧な出来栄えだ。


 しかし、いくら姿が精巧でも人形はピクリとも動きはしない。それは当然のことだろう。

 だが、このあまりょうというの天才科学者はこの人形に生命いのちを吹き込もうとしているのだ。


 あまは自らが進めているしている一大プロジェクトに〈ジェネシス〉と命名していた。


「アミタよ……今度こそだ。おまえに仮想ではなく、本当の身体からだを与えてやろう」


 あまはとても力強く“彼女”に語りかけた。

 その言葉は彼自身に言い聞かせているようにも思える。


「まったくです。オメーはいつになったらワタクシサマにまともな身体をいただけるのですか? その博士号は飾りですか? それとも学歴詐称ですか?」


「ハハハ、アミタは相変わらず口が悪いなぁ。博士号はあくまで学問のスタートラインだよ」


 あまはディスプレイに映る女と会話を行っている。女の姿は人形にそっくりだ。

 今、あまと会話している女は実在の人間ではなく、彼が開発したAIなのである。


 あまは“彼女”に〈アミタ〉と名付けた。

 本物の人間に見えるアミタの映像はジェネシスシステムがリアルタイムに生成しているCGである。

 唇の動きに合わせて人間そっくりの音声がスピーカーから発せられているのだ。

 事情を知らない人が見れば、おそらくビデオチャットと勘違いしてしまうだろう。


「ゴタクはどーでもいーです! 早く身体を与えるのです!」


 アミタは駄々をこねる。


「それでは、AIと実身体の接続を行う」


 あまはアミタが映し出されているのとは別のディスプレイの前に向かう。

 カタカタと手慣れた様子でキーボードを使ってなんらかの操作を行った。

 キーボードから離れて椅子に座っている人形の顔を覗き込む。


「さてさて、うまく直っておればよいのだが……。いや、直った! 絶対直った!」


 人形をじっと見つめると瞼がゆっくりと上った。

 現れた二つのカメラ――いや、瞳は――確実にあまの顔を捉えていた。


「やあ、目覚めたか、アミタ。今日は絶好のアンドロイド日和だね」


 あまはアミタの目を見て優しく語りかける。


 この“アンドロイド日和”というのはあまの造語であり、特に深い意味はない。

 語呂が良いというだけで気に入っており、多用している言葉である。


「はい、気象庁の発表では今日の天気は“晴れ”でございます」


 人形は自らの唇を動かし、その言葉を紡ぎ出した。

 機械とは思えないほど生々しく艷やかな声である。

 あまはそれを聞いて、とても満足そうな表情を浮かべた。


「おまえは本当にアミタか? 性格がずいぶん違うような気がするが……」


「嫌ですわ、博士。これがわたくしですのよ」


「とりあえず発声の方は問題ないようだな。次は運動能力だ。立ち上がれるかな?」


「……試してみます」


 アミタはそう答えると、椅子から立ち上がろうとしたが、すぐによろけてしまった。

 あまは思わず彼女の身体を支える。

 だが、アミタは見た目は人間の女にそっくりでも、実際は金属をふんだんに使用した機械なのだ。


「ぐっ……重い……。そんなに……地面が……好きかね……?」


 そう、アミタは見た目よりずっと重いのである……。


「一般的に人間の女性は『重い』と言われることを嫌いますが、わたくしの場合は博士のセキニンですよ?」


 なかなか厄介な状況にも関わらず、アミタの表情はどことなく嬉しそうにも見える。


 現状、とりあえず“動く”ことを目標として開発しているので軽量化は最小限に留められていた。

 その大きな自重を動かすための電力はケーブルを通じて潤沢に使用できる。

 もちろん、今後の研究で軽量化を行っていく予定ではあるが、実際に世に出るときにどうなっているかは未定である。


「あ、ああ。そうだな……」


 アミタはあまの介助で徐々に物理的な身体のバランス感覚を得ていく。

 わずか30分で完全な自立が可能となった。


「博士、もう大丈夫です」


「ハァハァ……素晴らしい。これで1歩どころか10歩は前進したな! ただ……悪いがまだいろいろと調整中でね。いじったらまたバランスが変化すると思う」


 あまは疲れた様子を見せながらもとても嬉しそうだ。


「そうして、また転びそうな時はまた博士が支えてくださるのでしょう?」


「もちろんだ」


 あまは一切の迷いなく言い切った。

 そしてアミタは両の手であまの顔にゆっくりと優しく触れる。


「ああ、やっと博士あなたに触れることができた」


「それは私もだよ……」


 二人はまるで生き別れの親子や恋人のようにじっくりと互いの感触を確かめ合う。


「しかし、ケーブルが邪魔であまり自由に動けないですわね」


 アミタは自分のうなじに繋がっているものを見ながら、やや残念そうに言う。


「開発中とはそういうものだ。今、おまえの意識はこの身体の中にはない。このケーブルを外せばそれは瞬時に停止する」


 あまがそう言った直後、デスクトップコンピューターに接続されたスピーカーの方から声が聞こえた。


「なんですか、この邪魔なケーブルは? なんとかならないのですか、ポンコツ博士」


 アミタの映像、つまり仮想身体は依然として表示され続けている。

 本体はこのデスクトップコンピューター内にあるのだ。

 それがケーブルを伝って人形を操っているだけなのである。


 アミタは今、実世界と仮想世界にそれぞれある身体を両方を操作している。

 1つの精神に1つの身体というのはあくまで生身の人間の常識だ。

 AIに関しては“リソース”――つまり演算能力がある限りいくらでも増やせる。


「頭脳を内蔵すると電池バッテリーの食いが大きくなるんだよなぁ……。頭脳を外部に置いて無線通信すれば電力は節約できる。今なら遅延レイテンシーもほとんどないから用途を考えれば“アリ”だな。ということは用途によっては“ナシ”か……。う~む」


 あまは腕を組んで下を向きながら唸る。

 現状、この身体は電池バッテリーを搭載していない。

 ケーブルは情報だけではなく、電力も常時供給し続けているのだ。

 アミタは“人間のふり”をするために膨大な計算を行っているため、それ相応に電力を消費してしまう。


「それじゃ、ワタクシサマが食い意地が張っているみたいではありませんの? どう責任取ってくれるのですか?」


「もちろん博士が直してくださるのでしょう?」


 アミタの指が博士の身体を優しく撫で回す。

 それは機械とは思えないほど滑らかで、そして艶めかしい動きだ。


「何やら双子のシンクロみたいだな」


 あまが人形と映像を見比べながら呟く。


「わたくしに身体をもう1ついただけないでしょうか?」


「それは素敵ですわ! 早く用意するですオンボロ博士!」


 それは到底、生身の人間にはありえない言葉であった。


「実身体を作るのにはカネも手間もかかる。次の身体はしばらく先だ。まずは今の身体を使って十分にデータを取って、問題点を洗い出さないとな」


 そうは言いながらも、あまの天才的な頭脳はすでに次の実身体の構想を組み立て始めていた。


「ちっ、使えないですぅ……」


「仕方ありませんわね」


 2人のアミタがを口にしたのだった。

 彼女も遊んでいるのだ。


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