冴草ちゃんはしゃべらない。

揣 仁希(低浮上)

冴草ちゃんとトースター



 朝日がわずかに開いたカーテンの隙間から差し込み、俺は目を覚ました。

 枕元にあるスマホの時間を見る。


「11時・・・」


 朝、いやもうすぐ昼か・・・

 まだ少し寝ぼけた頭をふり体を起こす。


「・・・・・?」

「ああ、悪い。起こしちまったか?」


 俺の腰あたりにしがみついて眠っていた彼女が薄っすらと目を開けるとまた眠りにつく。


 彼女の、クセのある跳ね返った金髪を撫でながらその美しい肢体を眺める。


 白磁のような白い肌に、ふわふわとした金髪。西洋人形のように整った容姿、あまり主張していない胸がゆっくりと規則正しく上下している。

 まるで仔猫のように俺にしがみついて眠る姿に自然と笑みがこぼれる。


 彼女は、冴草・ルカ・アーシュリー。日本と英国のハーフで俺の恋人だ。


 髪を撫でていた手を、鎖骨の辺りから胸、腰あたりまで滑らしてみる。


「・・・・・!」

「もうすぐ昼だぞ、そろそろ起きないか?」


 もそもそと俺の胸の辺りまで這い上がってきて寝ぼけ眼で俺を見つめる。


「ふふっ」


 俺は、薄い花弁のような唇に口づけしてからもう一度尋ねる。


「起きるかい?それとも・・・続き?」

「・・・・・♪」


 彼女は蕩けるような笑みを浮かべて俺におおいかぶさってきた。




 昼がすぎ、太陽がすっかり登り切った頃にようやく彼女が起きてくる。

 俺は、少し前に起きていたから彼女の好きなコーヒーを淹れ、トーストの用意をしていた。


「冴草ちゃん、とりあえずなんか着ような?」


 さも当然のようにスタスタと全裸で椅子に座ろうとする彼女にシャツを放り投げる。


「・・・・・・」


 彼女は、服を抱きしめてくんくんと匂いを嗅いでから、ムフッ笑みを浮かべてシャツに袖を通した。


 やれやれ。


「遅くなったけど、コーヒーとトーストな、砂糖とミルクいる?」

「・・・・・・」


「ミルクなしの砂糖1つね」


 彼女のコーヒーに砂糖を入れてトースターにパンをセットする。


「さて、今日はどっちからにする?」


 俺は挑戦的な笑みを浮かべて彼女にたずねる。


「・・・・・・」

「ほほう、俺からでいいと?後悔させてやるぜ!」


 俺は椅子から立ち上がってトースターの前で身構える。


 ・・・・・チーン


「うおぅぅぅりゃあぁぁぁぁぁ」


 すぽーん


 天高く舞い上がったトーストはひらひらとテーブルに落下した。


「くっ、さあ、冴草ちゃんの番だぞ」


 俺は悔しさを嚙み殺しながらトーストにバターを塗る。


「・・・・・・」


 肩をコキコキ鳴らしながら彼女がトーストに向き合う。

 某格闘技のリングインさながらに。

 そしてパンをセットして・・・


 ・・・・・チーン


「・・・・・!」


 ぱしっ!


 ドヤ顔で俺を見る冴草ちゃん。


「中々、やるじゃあないか。まぁ今日のとこらは負けを認めてやるさ。・・・おぅ!」


 負け惜しみを言う俺の弁慶に、キックボクサーかというくらいのローキックを叩きこみ、彼女はリビングのホワイトボードに勝敗を書き込みにいく。


 さえぐさるか 259勝

 だ〜りん 2勝


 戻ってきて椅子に座った彼女は満面の笑みでトーストに噛り付いている。



 寝てるときとセックスのときはあんなに可愛いのに、と彼女を見ながら俺もトーストに噛り付いた。






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