08 卵とヒヨコ



 徒歩圏内にスーパーやコンビニがあるのは便利で良い。

 初染町は、都会でも田舎でもないところだが、生活する上で困る事が少ないのは大助かりだった。


「たまねぎ、じゃがいもに、にんじんと……」


 腕にぶら下げている買い物かごに、ウィンナーとカレールーを追加で突っ込んで行く。


 スーパーの区画をまわって行く時に、寄り道してお菓子をかごに放り込んでいくのも忘れない。

 小さな女の事一緒に、駄菓子コーナーを前にあれこれ悩むのはちょっとどうかと思ったけど、甘いものに年齢は関係ない。


 それで、あれこれやってるうちに、食べる予定だった夕ご飯が変わるのはいつもの事だ。


「今日のメニューはカレーにしよう」


 途中までは肉じゃがにしようかと思ったけれど、カレールーが安かったので、浮気した次第である。


「寝かせると美味しいんだよね。でも食中毒が大変だから、保存には気を付けなくちゃ駄目だね」


 気分が良いのか、いつもより独り言が多い気がする。

 調理にかかるあれこれは面倒に思うが、何かを食べるのは嫌いではなかった。


 そうして、スーパーをぐるりと一回りする頃には買い物かごの中はそれなりのラインナップになっていた。


 会計町の列に加わって、合計金額を計算していると、レジを出た所から少し大きな声。

 小さな女の子だ。


「お母さんの嘘つき! 卵を温めたらヒヨコが生まれるんだって本にのってたのに!」

「チヨちゃん。それは普通の卵の話で、スーパーに並んでる卵からヒヨコは生まれないのよ」

「嘘つき嘘つき! ヒヨコ欲しいって言ったら、スーパーの卵でも買えば良いって言ったのお母さんだよ!」


 会話の内容を聞くに、親子喧嘩でうっかり言った言葉を真に受けた女の子が、スーパーに来て目当ての物を買ってもらえなくてがっかりしてるってところだろうか。


 見ようによっては微笑ましい勘違いとも思えなくもないけど、少々周囲に人が多過ぎた。

 買い物客たちが、何事かと注目し始めていて、おんなのこのお母さんはオロオロしてるばかりだ。


 どうやって説明したものかと困り果てている母親だが、その前に一人の女性が現れた。


 メガネをかけてスーツをきているぴしっとした身のこなしの人だ。

 真面目とも、頑固で頭がかたそうとも形容できそうだ。


 女性はにっこり笑って、自分が持っていた袋の中から卵の詰まった一パックを取り出して、狼狽していた母親に渡した。


「良かったら、これをどうぞ。お子さんにあげてください」

「え、いえしかし」

「あまり気にしない方が良いですよ。小さい子供を持つ家庭にはありがちな事ですから」


 にこやかに卵のパックを差し出し続ける女性だが、その場からうごけずにいるようだ。

 見ず知らずの女性から受け取る事に罪悪感を感じているのか、不信感があるのか、またはその両方なのか。


 いずれにしても時間切れのようだった。

 女性は肩をすくめて苦笑する。


「そうですね。失礼しました。こんな時代ですし、隣人の善意を無条件に受け取るわけにもいきませんよね。お隣の町では、つい最近連続放火事件があった事もありますし。怖いですよね」

「は、はぁ……。いえ、その……せっかくなのに。すいません」


 母親の何とも言えない言葉を受け取った女性は、次に小さな少女へと目線を向けた。

 そして、視線を合わせるようにしゃがみこんで、優しい声音で語りかけた。


「いつまでだだこねてんだよ。泣きわめきゃあ、無条件で許されるのが子供の特権だとでも思ってんのか? スーパーの卵からヒヨコ? そんなもん生まれるわけねえだろ、ガキ」


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