04 主人公との遭遇



 かといってぼうっと立ってるよりはまあまあマシな時間の使い方だろう。壁に掲示されている文字を視線で追いながら、新入生用に用意されたあたりさわりのない文章を読み続ける。すると、ふと近くに人の気配を感じた。


「えっと……」


 女の子の声がする。

 声の主は、何やら困った様子で、きょろきょろと周囲を見回しているようだった。


「うーん」


 目に鮮やかな赤毛の長い髪の少女。

 髪型はポニーテールだ。


 白い服を着て、その下にはレースの黒いシャツを重ねあわせている。アイロンかけたてのような折り目正しい、赤い色彩のスカートが髪色によく似あっていた。


 年は多分僕と同じくらい。

 ひょっとしたら五年生で同学年という事もありえるだろう。


 その少女は、困ったような顔をしながら、周囲を見回して難しそうな表情になる。


「校長先生に言われて来てみたけど、緊張してたから……。どうすれば良かったかな」


 なにやらこの学校の偉い人に言われた事を思い出そうとして、けれど思い出しきれないと言った様子だが、どういった立場の人なのだろう。


 首を傾げながら見つめ続けていると、脳裏に情報が更新された。

 

「ああ」


 納得。 


 彼女は『主人公』だ。


 目の前の女の子は、僕とは決定的に何かが違っていた。


 オーラとか雰囲気とか、あと存在感とかがそうだろう。

 人目で分かる様な特別な技能が備わっている様にも見えない。

 個性の強さが性格に反映されていて、周囲から浮いている異端の人物である様にも見えない。

 けれど、自然と人の目を引き付けてしまう様な何かがあった。


 彼女と自分は、何から何まで違う。


 例えばそれは……。

 僕が、円滑な世界の作動のために自然発生的に用意された駒だというのなら、彼女は特別な何かをこなすために整えられた盤上に配置された駒だと表現できるだろう。


「へぇー……」


 今まで見て来た人物とはあきらかに異なる存在は、今日で初めて見た。


 彼女はこれから何らかの物語トラブルに巻き込まれる運命を持った、人物らしい。

 そして、その物語トラブルの中でも、登場人物達を率先して引っ張っていく運命を持った主人公らしいのだ。

 こうしてみる限り、押しの強さやカリスマ的な物はまるで感じられないが、それは物語ストーリーの進行にあわせておいおい身についていくものなのかもしれない。


 物語ストーリーの種類は異世界ファンタジー。

 冒険もののジャンルみたいだ。


「……ええと」

 

 赤い髪をなびかせながら、キョロキョロと周囲を見回しつつ、歩いていく背中を無言で見送る。


 ここでちょっと勇気のある人間なら、声をかけたりして相手の困りごとの解決に尽力するのだろうか……。


 今の自分にとって、そんな行動は無意味だ。

 なぜなら自分は……。


 諦める理由を探していたのに。


「「あ」」


 けれど、二つの声がかさなって、そうする事もできなくなった。


 声を出した理由は、どこから迷い込んできたのか分からないちょうちょが目の前を横切ったからだ。

 紫の、綺麗なちょうちょだった。


 ひらひらと舞うちょうちょがいずこかへと飛び去った後に、向かいに立っていた彼女と目が合う。

 合ってしまっていた。


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