02 勇気の家



 数合わせとして生み出された僕の家は、足元にあったようだ。

 というのは、僕はどこかのマンションの屋上に出現したようだったからだ。


 階下へと降りていく。

 屋上へと繋がる扉は開いていた。

 うっかり誰かが閉め忘れた「よう」になっていたのだろう。


 安全管理上どうかと思うけど、まさか壁を伝って下の階まで降りていくなんて非常識、さすがにするわけにはいかない。

 誰かに見られたら通報ものだろう。


 誰かさんのうっかりに感謝しながら、下の階へと移動。

 ハズレ。

 その階からは、何も感じない。

 もうちょっと下の階のようだ。

 階段を使ってまた降りていく。

 

 数分で目的の階層へと到着。

 ここに「ある」のだと感じた。

 この建物は全部で十階建てのようだ。

 暗いからはっきり見えないけれど、特に真新しさとかはない。


 建築されてから十数年は経っているような、どこにでもあるような集合住宅だった。

 マンションの名前は見た所確認できる様な表示板とかはないけど、でも大丈夫。

 ……今、頭に浮かんできた。初染はつぞめ住宅だ。

 そして、この町の名前は初染はつぞめ町。

 

 人間が生きてて社会を形成していて、空を飛び宇宙にロケットを飛ばすくらいの技術力を有している、そんな世界の小さな町。


 数分かけて僕はある部屋の扉の前に辿り着いた。

 廊下に並んでいる他の部屋の扉と何も変わらない。

 何の特別感もない。


 僕は、僕だけが感じる「何か」をたぐりよせて、ここに到着した。


 扉にあるのは、勇気の表札。


 僕の性は「勇気」らしい。

 だが、名前が書いていないので困った。


 生まれたばかりの人間に、自分で名前を決めろというのは何とも乱暴な話だ。

 けれど、ないのだからそういうものなのかもしれない。


 好きに決めろという事だと理解した。

 名前の候補はすぐには思い付きそうになかったので、保留。


 扉を開けようと思って、鍵はどうするんだろうと首を傾げたら。


「……あった」


 分かった。

 上着にあるポケットを探ったら、中に目的の物が入っていた。

 何の変哲もない鉄の鍵を取り指して、家の扉を開ける。


 室内は暗かった。 

 明りを付けるけれど、何の反応も帰ってこない。

 誰の気配も感じない。

 誰の声もしない。


 部屋の中は、ほぼがらんどうの空間に近かった。


 冷蔵庫とか洗濯機とか、生活に最低限必要なものはあるが、言うならばそれだけしかないという事。


 引っ越し前の転居先の家みたいな内装だった。


「ただいま、お邪魔しまーす……って行っても僕の家だけどね」


 家族は当然の様に存在しない。

『いない』のではなく『存在しない』のだ。


 その情報は僕の頭の中に入っているから戸惑う事はない。

 ここに来る前にすでに分かっていたことだ。


 何となくだが、自分がどうして生まれてきたのか、自分を取り巻く環境とはどんなものなのかは、分かる。頭に入ってくる。

 望めば答えがもたらされた。


 それはなぜ?

 と聞かれても困る。


 これはそういう風に生まれたのだから。


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