第1章

01 生誕



 この世界がどうして欠けていたのか分からない。

 何が欠けてしまったのかも。

 ただ、世界が世界であるために、何らかの穴埋めが必要だったようだ。

 それはきっと、物でもよかった。

 場所でも良かっただろう。

 意思の無い、物言わぬものだった方がよほど都合が良かったにちがいない。

 なのに。

 それなのみ。

 生まれて来たのは人間だった。

 選ばれたのは【 】だった。


【 】は生まれながらに、世界から損なわれてしまった何かを埋めるという役割を課せられていた。

 けれど同時に、それ以上の事は望まれずに生まれ落ちたんだ。


「……」

 

 その日、その時、その瞬間に。

【 】は生まれた。


 最初にこの目に映ったのは、夜の暗闇だった。

 次に見たのは、星の海。

 その後で確認したのが、自分の現在位置と、自分の姿だった。


 歳は十代を少し過ぎたあたり。

 性別はたぶん男だ。

 髪は黒髪。

 瞳色は手元に鏡が無いから、ちょっと分からない。


 服装は夜闇に紛れてしまいそうな黒っぽい上着と、ズボン。

 あとは、下に白っぽいシャツを着ている。


 体格は細身。筋肉はあまりついていなくて、一見して女性と間違えられそうな姿かもしれない。


 一つ呼吸をする。


 どうやら【 】は、俺は……、自分? 私?

 いや【僕】かな……、僕は今この瞬間に生まれたらしい。


 何を言っているのか分からない人もいるかもしれないが、事実を正確に言っただけだ。

 確かに僕はこの瞬間に生まれ落ちたようだ。


 あるいは、この世界に出現した……と言った方がいいかもしれない。


 何かが足りない世界の、その空虚な穴を埋める為の数合わせとして。


 とにもかくにも、この世に生まれてしまったらしい。


 ゼロが一になったならば、後は始まるだけ。

 先の見えない人生という未知の上を、時間という壁に追い立てられながら歩いて行くしかない。


 たとえ、たとえその先に道が存在していなくても。

 生まれながらに、道がない事が分かっていたとしても。


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