第26話 この青年にも、かなりバレちゃってるの……?
支配人は、立ち上がった。
「……君、ひどい顔色だよ。落ち着くまで、ちょっとここで休んでいなさい。
——昼食の客が捌けたら、夕食どきまでのあいだ部屋で休んできていいから」
「……あの、ただちょっと眩暈がするだけで……」
支配人は何か言おうと試みるあたしを残し、店に行ってしまった。
あたしは深呼吸した。
支配人は、ほぼそのものズバリの推理を、あたしに披露しちゃってくれた。
何にも返事はしなかった——肯定も否定も、しなかったけど。
そうよ。——まず、何か言う余裕がなかった。
いまさら支配人の推理を否定して、信じてもらえるだろうか。
……完全に、というのは無理だろう。彼は自分の鼻に相当自信があるようだし。
その推理とやらに従って、もし支配人が護衛兵を呼んだら。
あたし、すべてをごまかして、隠し通せるだろうか。
……不可能とは言わない——でも、明らかに疑ってかかる人間達を、騙しきる自信はない。
術師なんかまた連れてこられたら、多分、ゴブリン子ちゃんの魔法陣だって……。
——ごまかしてここに残るのは、難しい。
でも、逃げるなら。
逃げるなら、支配人の推理を——あたしたちが例の件に関わっていると、肯定することになる。
やっぱりすぐ追手がかかって——
今ではあたしの顔——ゴブリン顔も、割れているから。
逃げるのも、前よりもっと難しいだろう。
本当のところ支配人は、いったいどういうつもりなんだろう……
やっぱり、『逃げる必要はないよ』なんて安心させておいて……時間稼ぎをしている、と考えるのが妥当だろう。
時間稼ぎ——護衛兵にあたしたちのことを知らせ、彼らがやって来るまでの間の。
もしかしたら、今にも護衛兵に知らせる段取りをつけているかも……!!
——すぐに逃げなきゃ。
ヒナたちに話さなきゃ。今すぐに!
こんなところで休んでないで、部屋に戻ろう。
——あ、そういえばゴブリン子ちゃんを酒場に置いてきちゃった。
無事、外に出てくれたかしら?
逃げるとなったら、いろいろゴブリン子ちゃんに助けてもらわなきゃ。
部屋に向かおうとすると、休憩室のドアから今度はあの青年が入ってきた。
外に出ようとしたあたしと、危うくぶつかりそうになる。
「やあ。支配人と話し終わったみたいだったから。ちょっと失礼するよ」
って、ここ、部外者立ち入り禁止なんだけど!
青年は、早速切り出す。
「僕は聖女を探していると言ったけど……君、僕の言葉を疑っているでしょう」
そりゃそうよ。
というか、今のあたしは誰も彼も疑ってかからなければならないのだけれど。
ていうか、この人と話してるヒマはないのよ!
「すみません、あたし、今すごく急いでるんです。話は明日にでも——」
そんな明日はやってこないけどね。逃げるから。
「君、さっきのあのゴブリンとどんな関係なの?」
「え————」
何を知りたいんだ、この人は。
「言いたくない? ——でも、さっき酒場で君のこと……君たちのこと、助けてあげたよね?」
助けてくれと頼んだ覚えはないわよ! ——結果的にあの場はおかげで無事切り抜けられたけど。
でも。
そんなことで、自分たちの身を危険に晒すわけにはいかないもの。
「何が知りたいんですか? …あなたが聖女を探してるのと、あたしがゴブリンと知り合いかもしれないことと、どう関係があるんですか? ……本当に申し訳ないんですが、あたし、今本当に本当に急いでるんです」
とにかく、なんとか怪しまれないように逃げるしかない。
青年はあたしの言葉に構わず続ける。
「……さっきの、あのゴブリンだけど。あのゴブリン、もしや——」
と。
休憩室に、ふわっと百合の甘い香りが漂った。
ゴブリン子ちゃん、来たんだわ。
でも青年がいるせいだろう、姿は隠したままだ。
お願いだから、そのまま大人しくしていて!
ところが、青年は言ったのだった。
「この香り……来たね、あのゴブリン」
「!!!」
匂い……。
それだけで、どうして分かったの!?
この人、一体何を知ってるっていうの!?
——もう、何もかも、あたしの貧しい脳みそじゃ対処しきれないわよ——!!
早く逃げなきゃいけないのに!
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