第23話 やめて——!!!

 ゴブリン子ちゃんの魔法陣の香りを背後に感じながら、あたしは仕事を続けた。


 まったく動く気配はない。


 仕方がない。今日は好きなようにさせるしかない。下手にかまっていたら、あたしも怪しまれる。


 ——後で思いっきり、とっちめてやらなきゃ。


 ホント、見つかったら狩られるのはあなたなのよ。


「おねえさん、水を一杯いただけますか」


 今日は例の青年、食事が終わったからといってすぐに帰るつもりはないようだ。


 あたしがコップに水を注いで持って行くと、青年はあたしに小声で言った。


「おねえさん、仕事の終わりは何時ですか」


「はい?」


「仕事の後でいいですから——ちょっと、お話ししたいのですが」


 来た。


 来たよ。


 この青年は、何かあるとは思っていたけど……


 厄介ごとを持ってきそうな感じはしてたけど……


 万が一にでも危険を招くような展開は、望んでませんから!


「お話なら、今ここで伺えますけど?」


 さらっと流してみる。


 青年はめげない。


「いいんですか? ——今日は目立ちませんけど、あなたの耳の話とか——あと、あなたのつけている香水。これ、ゴブリンしか見つけられないという緑ヒナギクの香りがしますよ?」


 !!


 ゴブリンしか見つけられない?


 聞いてないよ、ゴブリン子ちゃん!!


 ……でも、ここで素直にOK出しちゃうと、あたしが何か後ろ暗いことがある、ということにもなってしまう。


 だってそうじゃない?


 ゴブリン製の香水でしょ、なんて言われて、わかりました、その話はあとで……なんて。


 何とかしのがねば。


「ああ、これは昔知り合いに頂いたものです。誰が作ったかは知りませんが……いい香りでしょう?」


 ニコッと微笑んで、でも唇を噛んで見せてから続ける。


「あと——あたしの耳って——確かに、あたし、あたしはお世辞にも可愛いとは言えませんよ。でも、容姿のことをあげつらって、面会を強要するなんて……あまり紳士のなさることとは思えません。あたしが可愛くないからって……」


 涙声も出してみせる。


 この作戦は成功したようで、青年は慌ててくれた。


「いや、すまない、その、そういう意味で言ったんじゃ……」


 ここで支配人が加勢に来てくれた。


「お客様、どうかしましたか。うちの者が何か失礼でもしましたか」


「あ、いえ、何も……ちょっとした会話を、と思っただけなんですが」


「だって、仕事の後で会いたいようなことおっしゃいましたよね?」


 さらに涙声で続け、話も盛ってみる。


「あたしが可愛くないからって……ひどい」


 この支配人、仕事には厳しいけれど、いざという時には雇い人を守ってくれる頼れる人なのだ。


 あたしが入りたての頃、ある酔っ払った冒険者が給仕のおばさんのお尻を触ったとか、手篭めにしようとしたとかで、 出禁にしちゃったことがある。


 まあおばさんも後で、『酒瓶で殴ってやろうと思ったけど、クビになったら困るからやめたわ』と高笑いしてたけど。


「お客様、この娘はまだ慣れていなくてね。お手柔らかに頼みますよ。さもないと——」



 出禁、出禁、で・き・ん!!


 ゴブリン子ちゃんに、青年のことを探っておくとは言ったけど。


 こんな人にウロウロされたら、気が休まらないわよ!! 出禁で!



 青年は続きを察したようにすかさず言った。


「すみません、すみません。ただ、知り合いに似てたもので……」


 慌ててポケットから銅貨を出して立ち去ろうとする。


 その銅貨が見慣れないものだったので、あたしはとっさに呼び止めた。


 偽物じゃないの、これ!


 色や形は似ているけれど、国王の肖像などはどこにもない。


 何やらよく解らない、文字とも言えない何かがびっしり刻まれている。


「すみません、この銅貨——」


 と、手が滑ってその銅貨を落としてしまう。


 硬貨はゴブリン子ちゃんのいる方に転がっていった。


 急いで拾おうとするも。


 魔法陣で姿を消したゴブリン子ちゃんが拾ったのか、硬貨が宙に浮く。 



 ちょっとゴブリン子ちゃ——ん!! やめて——!!



 支配人と青年は、宙に浮く硬貨をぽかんと見つめている。



 一瞬の後、手に持った硬貨を凝視したゴブリン子ちゃんが姿を現し、叫んだ。


「ああああああああああああ!!!」


 またも、断末魔のような悲鳴。


 酒場中の視線が、一斉にこちらに集まる。



 万事休す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る