第20話 ゴブリンは拷問にかけられ、涙を搾り取られる

 支配人が立ち去ってからしばらくあたしは呆然としていたが、なんとか気を取り直し部屋に戻った。



 部屋では、ヒナとゴブリン子ちゃんが静かに、でも明らかにホッとした表情であたしを迎えた。



「二人とも、今日は大丈夫だった!? 


 護衛兵が部屋に入ってきたでしょう。知らせに来られなくてごめん……」



 そう声をかけると、二人は堰を切ったように話し出した。



「ナギ様もご無事そうで、よかった」


「急にこの宿泊所に足音が響いてきたので、ワタクシとっさに魔法陣を強化しました。


 あの男の人、ベッドの下や戸棚の陰、カーテンの陰なんかもくまなく調べて行きましたが、


 魔法陣が効いて何も問題はなかったです」


「そうなんだ、ほんっとゴブリン子ちゃんは凄かったよ。


 あの二人、見えないどころか気配すら感じてないみたいだったよね」



 ヒナの感心しきった声に、ゴブリン子ちゃんは心持ち胸を張ってみせる。



「もちろんです! ワタクシの魔法陣ですから」



 あたしは慌てる。



「ちょ、ちょっと二人とも、もう少し小声で話さないと、周りに——」


「大丈夫です! ワタクシの魔法陣、声も周囲には漏れません!」



 二人とも今日は緊張して身を潜めていたに違いない。


 安心していろいろ話したくなる気持ちはよく分かる。


 魔法陣から声が漏れないなら、おしゃべりでリラックスしてもらおう。



「そう——とりあえず、よかった。本当に、よかったわ」



 そしてあたしはといえば、今日起こったことを二人に話して聞かせた。


 昼、酒場に行ったらもう兵がいて抜け出せず、知らせに来れなかったこと。


 兵の持ってきた、特にヒナにそっくりな人相書きが、酒場だけではなく街道沿いにも貼られたこと。



 支配人に耳が尖ってきてると言われたことも。



 ——そして、最後にあの青年についても話した。


 冒険者と言うには上品で、大嘘をついているように思えること。

 例えば、あの晩、あの場に彼もいたとか……


 それを聞いて、ゴブリン子ちゃんが急にソワソワしだす。


「あの夜、あの場で部外者はワタクシとご主人様だけでした——あの、ナギ様、その方、見た目はどのような感じの人ですか?」


 あたしと同じことを考えているに違いない。


 あの青年が、もしかしたらゴブリン子ちゃんのご主人様ではないかと。


「見た目——そうね、身長はヒナくらいか、少し低いくらいね。髪は綺麗な栗色、目は多分黒か茶か……だったと思う。整った顔立ちだったわ。高価そうな、爽やかなコロンの香りがしてた」


「綺麗な栗色の髪に、黒か茶の目……爽やかなコロン」


 ゴブリン子ちゃんは眉をひそめてつぶやく。


「ゴブリン子ちゃん、もしかしたらあなたのご主人様かと思ってるでしょ? ……ただ、あなたのご主人様は、青い翼があるゴブリンだったわよね」


 心底驚いた顔をしてゴブリン子ちゃんは答えた。


「えっ!? 違いますけど」


「え!? ……だってゴブリン子ちゃん、昨日、あたしたちがあなたのご主人様と容姿が共通してるって——」


「ええ。確かに青い翼はありますけど——ゴブリンじゃないです!」


「えっ? 違うの? あたしはてっきり——」


「以前仕えていた方の秘密や情報は、主人が変わってもワタクシの口からは申し上げられないのですが——ナギ様と共通しているのは、そのみごとな闇色の髪と目です——闇色といっても、ワタクシのようなゴブリンにはない、気品と奥行きのある、尊い闇色……。」


 みごとな……。


 気品と奥行きのある、尊い闇色……。一体、どういう形容ですか。


 そもそも、ゴブリン子ちゃんの髪の闇色とあたしのが、どう違うかすらさっぱりわからないんだけど。


 彼女にすれば、美しい色なのね、このあたしの髪。


 あたしには、何だかとっても不吉な色に思えるけど——



 まあでも、確かにヒナのような金色に輝く青い翼になら、闇色の髪や目が美しく映えるかもしれない。



 ちょっと考え込んでいたゴブリン子ちゃんは、急に決心したように言った。


「ナギ様、ワタクシ、明日酒場にご一緒させていただこうと思います。その方を実際に見てみたいですから……」



 いや、それはまずいでしょう。



「あなた、今朝言っていたように、体に魔法陣を張って行くつもりなのね」


「そうです、もちろん!」



 ゴブリン子ちゃんは張り切って答える。



「でも、冒険者の中には術師もいるのよ。すごい術師なら、もしかしたらあなたの魔法陣を簡単に見破るかも……」



 黙りがちなヒナも言う。



「そうだよ、ゴブリン子ちゃん。危ないよ。ゴブリン狩りを生業にしている冒険者も結構いるんだからね」


「それに、あの人が明日も来るとは限らないし……」



 畳み掛けるようなあたしたちの言葉に、ゴブリン子ちゃんは見るも哀れなほどしょげてしまった。



「そうですか……」



 彼女の落胆ぶりがあまりにも激しかったので、あたしはついつい励まさずにはいられなかった。



「心配しないで。もしこれからも来るようなら、あたしが少しずつ、でもいろいろ探ってあげるから」



 ——そうゴブリン子ちゃんを慰めたけど、あの青年はあたしを十分疑いの眼差しで見ているようだったし……自信はない。



 とりあえず話を変えよう。



「で、あたしの耳なんだけど、どうしたらいいかしら。支配人が気づくってことは、放っておけば他の人も気づくわよね」


 ヒナがあたしをじっと見て言った。



「ナギ様、確かに以前より尖ってきてる……! 

 このままじゃ下手したらナギ様の方が……ゴブリン狩りに遭いかねないかも……」




 !!


 それは考えていなかった。


 単なるゴブリンぽい顔、ならまだしも。


 耳がどんどん尖ってきたり、鼻が曲がったり——ましてや万一、瞳の色がオレンジになったりしたら。


 本当に狩られるかもしれない。


 あたしの顔は……どこまでゴブリン化するのだろうか……?



 ゴブリンとして、狩られてしまったら。



 涙を絞り取って売るために、地下に閉じ込められ、ありとあらゆる拷問にかけられ——


 苦しんで、苦しんで、死んでいくのだ……。



 激しい悪寒が、あたしの背筋をつうっと這って行った。

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