第11話 あの、すべてが変わった夜のこと
そう。
あの出発の前夜。
聖女職、つまり降って湧いた『王の妾になる話』が、どうしても受け入れられなかったあたしは、夜の闇を縫って逃げ出した。
あたしはひとりで逃げるつもりだったけれど……小さい頃からいつも一緒のヒナには、あたしの考えることなどお見通しで。
一生、お尋ね者で逃げ隠れする生活に、あたしを一人では行かせられない、と。
どこまでもついていく、と言ってくれた。
一生守るから、と……。
でも、王宮からの護衛たちの中には占者までいたのが、あたしの誤算だった。
その占者が、逃げようとするあたしたちに呼びかけた。
『聖女様、お見通しですよ。あなたは私共に守られて、王宮まで行くのです』
守られて!?
誘拐して、捕えて、の間違いでしょ!!
あたしたちは走り出した。
武装した護衛兵や魔法使いに狙われても、こちらは地元の強み。
抜け道や隠れ場所は知り尽くしている。
『護衛兵、張り切りなさい。あの娘を無事に王のもとへ連れて行けば、褒美も望むまま。
何しろ、あの娘は豊穣の星の下に生まれたのだ。王に輝くばかりの世継ぎをもたらすことができる』
何よ、世継ぎをもたらす豊穣の星って。腰がでかいとでも言いたいわけ!?
失礼しちゃう!!!
それから逃げて、逃げて、力のかぎりに走ったけれど。
追手はまだまだ、ついてくる。
多分あの占者が指示を出しているに違いない。あたしたちがどこに逃げるか、占って——。
そしてようやく深い森が途切れたところで、あたしたちは驚いて立ち止まった。
目の前に、数人の兵士たちと、魔法使いがいたのだ。
「待ちくたびれたぞ」
魔法使いが言う。
「聖女様。悪あがきはもうおよしになったほうが良いですね。私どもと一緒に、大人しくいらしてください」
彼は目を細めて、鼻ひげを動かした。
「でもまずは先に、その男を片付けさせていただきましょう。
——今夜、この場所はなぜか魔の気に満ちている。私の術を邪魔する魔気が——
私たちの目的を阻害するものは、一つ一つ確実に取り除かねば」
魔法使いは、杖——先には雫形に尖らせた紫水晶がついている——を差し上げ、ヒナに向かって振り下ろした。
紫色がかった光が杖からヒナに飛び……とっさにあたしは、おばあちゃんに教わったニンニクのお守りを掲げてヒナをかばった。
ニンニクの焦げる臭いとともに、光があたりに飛び散り——
ヒナの服が裂ける音。そしてその背に、青い翼が現れた……。
あたしは息を呑み、背を反らせて苦しむヒナを見つめた。
一瞬、魔法使いの放った光が目くらましのようになり、追手の動きが止まった。
「ヒナ、逃げるわよ!」
二人で走った。暗闇に向かって——
そして、降るように追ってくる矢。
その一つが、あたしをかばうように広げたヒナの翼を貫いた。
「ヒナっ!!」
咄嗟に、あたしたちは近くの岩の陰にうずくまった。
ヒナが苦しみに声を殺しつつ悶えるのを感じ、あたしは思った。万事休す……
しかし、なぜかあたしたちは追手に見つからなかったのだった。
夜が明けて、追手は総力を挙げてあたしたちの探索に当たっているようだった。
幾人かは、あたしたちのすぐそばを何度も行き来した。
「やはり、いないぞ」
「このあたりも虱潰しに、何度も探したからな」
「……逃げられたか」
そう。見つからなかったのは奇跡としか言いようがない。
しばらくすると、追手は村に戻って行った。
そして何刻かののち、夕暮れも近くなった頃、あたしを迎えに王宮から来た一団は、行列を成して王宮への道を帰って行った。
その後夕闇に紛れ、あたしとヒナは、無事に逃げだすことができたのだった。
そして、あたしは、まるでゴブリンのような風貌に少しずつ変わっていった……。
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