リコリス酒場のねえちゃんは、素顔を隠したモンスター!? 

志野実

第1話 とぐろを巻く冒険者たち。

 今日も冒険者でいっぱいの酒場。


 その大半が男だ。


 鬱蒼と茂る森に続く街道沿いの広い建物は、酒と食物、冒険者たちの体臭、その他わけのわからない——たぶん、狩ってきた獣やモンスターの体液だろう——悪臭が入り混じって、空気が恐ろしく淀んでいる。


 術師などの女の子と一緒に冒険をしているパーティなら、男性陣も結構身だしなみに気を遣っているのだけど。


 男だけのパーティや、男一人の冒険者となると、もうダメだ。


 水浴びもろくにしないので、本当に鼻がひん曲がりそうになる。


 酒場にもドレスコードを設ければいいのに。


 せめてひと風呂浴びること! って。


 それに、食事に立ち寄る者も多いけど、飲んでるだけの自称・冒険者がかなり多い。


 昼間から酔っ払って、冒険になんて行くつもり、本当にあるの?


 あたしはとかく皮肉に歪みそうになる唇を歯で押さえ込んだ。


「よお、ねえちゃん、梨酒もう一杯ね〜」


 カウンターでほとんど酔いつぶれた風のでっぷりと太った男が、あたしに声をかける。


 まったくもう、まだ飲むつもりなのか。


 あたしは大きなジョッキに梨酒をなみなみと注ぎ、どんっ、とばかりにカウンターに置いた。


「おい、ねえちゃん、乱暴だなあ〜〜。綺麗じゃないなら、愛嬌くらいないとダメだぞ〜〜……何せ……おっ、俺様は〜……これから……有名になる……勇者様だぞ〜〜……」


 そう呟いたかと思うと、目の前に置かれたばかりの酒には手もつけずに、男は寝てしまった。


 あたしは、盛大にため息をついた。


 どうせこの酒場の騒ぎの中じゃ、誰にも聞こえやしない。


 たまたまこの仕事に上手くありつけたけれど。


 果たして上手くやっていけるのだろうか……。



「お姉さん、大変そうですね」



 ぎくっ。



 振り向くと、端正な顔立ちで、小綺麗に身支度をした若い青年がカウンターの前に立っていた。


 少し妙な表情であたしを見つめる。



 ——どうせ、なんてブスなんだ! とでも思ってるんでしょう。



 彼もマントに剣、革のリュックという、いかにも冒険者の出で立ちだ。


「ため息の一つや二つ、吐きたくもなりますよね。彼が勇者様というなら」


 青年は、酔いつぶれた男を顎で指して微笑んだ。


「僕にも梨酒と、あと何か軽食を下さい」


 あたしは軽く微笑して見せて、軽食の準備を始めた。


 木の皿の上に数個のパンと、いく切れかのチーズ、数枚の干し肉を乗せるだけだ。新参者のあたしにもできる。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 青年は、上品に食べ始めた。


 汚れた皿を片付けながら、その仕草を横目で見ていたあたしは、急に違和感を覚えた。


 ——違う。この人は、単なる冒険者じゃない。おかしい……


 あたしの視線に気づいて、彼は話しかけてきた。


「最近、このあたりは冒険者が多くなってきましたね」


「……そうですね。おかげで酒場は大繁盛です」


 青年は、何気ない様子で口にした。


「僕もさっき聞いたのですが、聖女を攫ったモンスターがこのあたりに潜んでいるらしい、とか」


 そらきた。


 この人、自分の言ってることがわかってないのかしら。


 こんなに上品な物腰なのに冒険者の格好をしている、ってだけでも不自然なのに。


 その衣服は、今買ってきたばかりというように、一点の汚れも、ほころびもない。

 その上、よく気をつけてみると、なんだかいい匂いをまとっている。

 そう、これは高価なコロンの香りだ。


 冒険者、というにはあまりにお粗末だ。


『最近、冒険者が多くなってきましたね』と、自分は冒険者ではないような言い方。

 それに、彼自身がこの土地の者のように言う割に、モンスターの噂をさっき聞いた、なんて。


 もう何週間も前から、ここら一帯はその噂で持ちきりよ。

 知らないのはよっぽどの世捨て人か何かくらいよ。

 なんだかもう、支離滅裂じゃない。


「そういう噂でもちきりですね」


 あたしは内心の警戒を完全に隠し、軽く言ってみた。

 単なる冒険者なら、簡単にやり過ごせるだろうけど。


 気をつけなければ。

 あたしは今、単なるこの


 決して、あたしの正体に気付かれてはならないのだ。

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